四 はこべら × 若手女性社員

春・はこべらはらっぱ

 チュン、チュンと声がする。

 小柄な女性が声のする方を目で追う。小さなスズメが4〜5羽と、その間に混ざったハトが1〜2羽、木々の間をよたよたと歩きつつ地面をつついていた。


 この公園には、小鳥が多い。どこにでもいるスズメやハトやヒヨドリに加え、ムクドリやハクセキレイ、セグロセキレイ、シジュウカラまで見かける。

 女性が会社に入ってはじめて公園でお昼ごはんを食べた時、最初の印象は「ビル群の間にしては鳥が多い地域だな」というものだった。しかし、昨日会社の周りを散策して、その認識を改めた。

 —―この地域に鳥が多いんじゃない。この公園に鳥が集まってきてるんだ――

 だから今日は早めにお昼を食べ終えて、公園の中をくまなく散策するつもりだった。なぜこの公園に特別鳥が多いのか。突き止めるまで歩く。そのために、今日の昼食はすぐ食べ終わるハンバーガーだ。ベンチに腰掛け、黙々と食べる。


               ・・・


 15分後、女性は手早く紙袋を畳んでゴミ箱に入れる。早食いの人は10分かからず食べ切るのだろうが、「ごはんはよく噛んで食べること」を信条にしているので致し方あるまい。立ち上がり、ひとまずすぐそばにいるスズメとハトが何をつついているのか観察を始める。

 —―何か、土の上に落ちているものをつついてる。でも、小さいのかな。ここからじゃ何をつついてるのかまではわからないな—―

 とはいえ、食事中と思しき彼らを押しのけてまで近くで見ようとまでは思わない。女性はいったんその場から離れ、別に鳥たちが集まっている場所が無いかを探すことにした。

 女性は時折、食後に会社の周りを散策している。家の近所でも、学生時代に行ったことがある場所でもないため、少しでも歩くと新しい発見がある。入社してから一年が経つが、未だにそうだ。

 この前は、公園の一本後ろの通りにカレー屋さんがあるのを発見した。先輩方と一緒に行く店のレパートリーの中にも無いお店だったので、同じ会社の社員とは会わないかもしれない。カレーを食べたい気分になったら来てみようとメモしておいた。


 よくお昼ご飯を食べるために訪れる公園も、散策したことはあまりなかった。お昼時はサラリーマンを除いて閑散としている街中とは違い、公園内は小さいこどもを連れたお母さんたちが井戸端会議をしていたり、もう少し大きいこどもたちが走り回っていたりする。女性はこどもが少し苦手だった。決して嫌いではないが、突然話しかけてくると何を言ったらいいのかわからなくなる。だから、こどもに絡まれるのを避けたくて、彼らが集まる広場周りや遊具周りから離れた道しか通っていない。今日は半ば無意識化で行っていた交通制限を撤廃して、広場を突っ切り歩く。女性にとっては幸いなことに、今日は人が少なく「足元で動くもの=鳥」と判断してよさそうだった。


 広場を囲むように置かれたベンチ脇にも、鳥が何羽かうろうろしている。こちらはハトやヒヨドリなど、やや大きめの鳥ばかりだ。ベンチに座ってサンドイッチを食べている警備員さんらしき人の足元で立ち止まり、じっと見上げているハトもいる。

 —―お昼ごはんの「おこぼれ」待ちか――

 ここにいるのは、人が食べるものを分けてもらっている、知恵の回る鳥ばかりのようだ。少し目的と違うので、女性は方向を変えて歩き始めた。舗装された道の脇にも、スズメやセキレイがちょこちょこ歩いている。


 —―それにしても、広場以外のところにいる鳥は、みんな土の上を歩いてるんだな—―

 人間にとって歩きやすくしてある、固いレンガ張りの舗装地面。鳥たちにとっては歩きにくいのかもしれない。小さい鳥たちが舗装道路の上を歩いているのを、少なくともこの公園の中では見たことがない。

 —―鳥の足って平べったいわけじゃないから、道が固くて平べったいと爪がひっかかったり、足の裏が浮いたりして痛いのかな。ハイヒール履いてるみたいな感じで—―

 ハイヒールで出勤している世の女性たちと、舗装路を歩く小鳥は同じ思いをしているのかもしれない。そんなことを思いながら、足は自然と遊具の方へと向かっていた。


 ―—こどもたちがたくさんいるし、ボールが飛んでくることもある。鳥が群れるのにいい環境とは思えないけど。今のところあきらかに「これだ!」と思える要素が無いからな――

 今日も遊具コーナーでは、2〜3人の子どもがすべり台で遊んでいる。普通に滑るのではなく、すべり台の上にドッチボール転がし、上と下でキャッチしているらしい。

 —―子どもは謎の遊びを思いつくよなあ。あれくらいの発想力が欲しい—―

 子どもたちの遊びをぼんやりを眺めているときだった。


 チチチッ、チチチッ


 今日の公園散歩ではじめて、ハトともスズメとも違う鳥の鳴き声が聞こえた。周囲を見渡すが、足元にそれらしき鳥影はいない。上を見上げても、葉の無い木々の間に鳥が留まっている様子は見受けられなかった。

 —―だとしたら、この先か――

 女性は立ち上がり、遊具の方へと近づく。念のため遊具の中も覗いてみたが、鳥がいる様子はない。


 チチチッ、チチチッ


 鳴き声はだんだん大きくなってきている。遊具から目を移したそのとき、女性は思いがけないものを見つけた。

 —―公園なのに裏道が、ある――

 こどもだけが通れるようなけもの道ではない。きちんと舗装された、ひと一人がやっと通れるくらいの細道が遊具の脇から伸びていた。女性はその道沿いにある、フェンスに囲まれた場所に目を向ける。鳥のさえずりは、そこから聞こえているようだった。近づいていき、中を見る。


 チチチッ、チチチッ


 そこには確かに、飛び回るハクセキレイの姿があった。庭に置かれた草の束を、しきりにつついている。芝生の上には他にも、ハクセキレイが何匹も歩いている。

 ――見つけた――


「鳥を見てるのかい?」

 女性の視線に気付いたらしい。家主と思しき妙齢の女性が、家の中から姿を現した。黙って頷くと、家主の女性はフェンス越しに言葉を交わす。

「束ねてる草はね、この時期になると庭にたくさん生えるんだ。小さい花が咲くんだけど、チューリップが見えなくなるくらい生い茂るもんだから、定期的に刈るのさ。刈ったものを捨てずに放置してたら、こうして鳥が集まってくるようになったんだ」


 家主の女性は草の束を見てから、すぐ外に見える遊具を指差した。

「この家、公園に隣接してるだろう? 鳥が集まるとそこで遊んでるこどもたちが喜んでね。それも悪くないかと思って、刈った草はほっぽっとくことにしてるのさ。まあ、あまり鳥につつかれて散らかされたら困るから、しっかり縛ってはおくけどね」

 言われてみると、小鳥がつつく草は端と真ん中辺りに紐がかけられており、多少引っ張ったくらいでは散らからなさそうだった。


「この草、美味しいんですかね?」

 問いかけると、家主の女性はさあね、と首をかしげる。


「人間からすればただの雑草だけどね。ああ、でもこの前鳥を見ていった子どもが言ってたよ。『ひよこ草だ!』ってさ。その子の親いわく、鳥が集まることでちょっと名のしれた草らしいね」

「ひよこ草……かわいい名前ですね」

「もう少し田舎に行けば、畑作業で生えた雑草を刈ってひよこの餌にしたりするんだろうねぇ。実際こうして小さい鳥が集まってくるから、鳥はみんな美味しいと思うのかもしれないね」

「そうですね。これだけの種類の鳥が、こんなビルの間で見られるとは思いませんでした」

「そうだろう」


 家主の女性は誇らしげに頷く。そして、フェンス越しに鳥の様子を眺める女性の服装にちらりと眼をやった。

「あんた、この辺の会社の人かい?」

「はい。この近くのビルで。わたしは西納にしなといいます」

「ははっ、名乗らなくてもいいけどさ。あたしは向こうの大通り側に表札出してるからわかると思うけど、田辺っていうもんだ。鳥が見たければ、息抜きにいつでもみていっていいから。ひよこ草があるのはこの時期だけだけど、一応他の季節も、鳥が来るようにいろいろ工夫してるからね」

「はい! ありがとうございます」

 家主の女性にお礼を言って、女性はその場をあとにした。


               ・・・


公園の出口に差し掛かってから、スマホで「ひよこ草」を調べる。

 ――ひよこ草……ハコベ、ハコベラ。春の七草――

 確かに春の七草なら、生えてくるのはこの時期だけだろう。それにしても、いい息抜きスポットを見つけてしまった。

 午後の仕事も頑張ろう。そう思い、女性は公園を後にした。

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