同窓会は突然に

結城彼方

同窓会は突然に

 インターネットが市民に浸透し始めて間もない頃、こんな言葉が流行った。“インターネット自殺。”今となっては説明しなくても誰でも理解できるくらい一般的になった。要は一緒に自殺するメンバーをインターネットで探し、実行に移すことだ。しかし、その言葉が流行りだした当時の俺は、まさか将来、自分自身がそのメンバーに入ることになるとは思っても見なかった。

 俺が死を決意した理由は社会の“歯車”になれないことだ。言い方を変えると、“社会人”というカテゴリーの人間を演じるのに疲れた。という感じか。他人から見れば些細な理由なのかもしれない。友人や同僚に相談しても「みんなそうだよ。」という返事をされるのが関の山だ。だが、俺はどうやらその“みんな”すなわち“歯車”や“社会人”でいるためのキャパシティが“みんな”より少なかったらしい。すでに限界を超えてしまったのだ。いわゆるキャパオーバーだ。

 自殺を決意したと言っても、1人というのはなかなか心細いものだ。その時にふと思い出したのだ。昔流行った“インターネット自殺”という言葉を。俺はさっそくネットでメンバーを募った。この日本では毎年何万人と自殺者がいるんだ。メンバーはすぐに集まるだろう。そう思っていた。だが、その考えは甘かった。日本の自殺者は単身昇天希望が多いらしい。なかなかメンバーは集まらなかった。

 自殺メンバーを募ってから1か月後、やっと1人からメッセージが来た。「私で良ければ一緒に死にませんか?」この人の自己肯定感の低さが文字から伝わってきた。(こんな弱気な相手で大丈夫だろうか?直前で逃げ出したりしないだろうか?)そんな不安もあったが、贅沢は言えない。俺は「よろしくお願いします。」と挨拶をし、当たり障りのない言葉で自殺の日時、場所、方法を打ち合わせて言った。俺の不安とは裏腹に、打ち合わせはスムーズに進み、あっという間に自殺予定日が決定した。

 自殺決行日当日。自殺予定場所の近くのコンビニに車を止めて相手が来るのを待っていた。一緒に自殺する相手は男で、年齢も俺と同じという事くらいしか解っていなかった。その為、コンビニに自分と同い年くらいの男が入店すると(あいつか?)と、ちょっとした緊張を感じた。しばらくすると、コンコンッと車の窓をノックしてきた男がいた。俺が窓を開けると、男が聞いてきた。


「富田さんですか?」


「はいそうです。貴方は伊藤さん・・・ですかね?」


「はいそうです。初めまして。」


「こちらこそ。今日はよろしくお願いします。どうぞ乗ってください。」


俺は伊藤さんを助手席に乗せた。このまま予定の場所まで行く事もできたが、さすがにそれは躊躇われた。自殺にマナーもクソもないのだろうが、なんとなく、お互いの事を少しは知っていないといけないような気がした。気まずい沈黙が漂う中、窓から外を眺めている伊藤さんを、俺はチラチラと見ていた。そしてあることに気が付いた。俺はこの人を見た事がある、と。俺は必至で思い出そうとした。(誰だ?取引先の相手か?それとも大学時代の知り合いか?)そんな事を考えていると、伊藤さんが口を開いた。


「そろそろ・・・・行きましょうか。」


俺はその言葉にビクッっとして、上ずった声で同意した。


「はっ・・・・・はい。」

 

 車内では相変わらず沈黙が続いていた。伊藤さんは相変わらず窓の外を眺めているが、俺は伊藤さんが誰だったか思い出すのに必死だった。ミキサーのように高速回転する頭の中から、“伊藤”というワードに関連する情報を見つけ出すことに集中力を振り絞っていた。だが、そんな事をしてる間に目的地へ到着してしまった。その瞬間、頭の中のミキサーは停止して、(もう止めよう。どうせ死ぬんだから、相手が誰だろうと関係ないさ。)という言葉が浮かび上がって来た。

 予定していた自殺方法は練炭自殺だった。伊藤さんと二人で準備を進めた。七輪を社内に運び、窓をダクトテープで密閉して火を起こした。俺は、最後の時を、大好きな映画「ガタカ」のサントラを聴きながら迎えることに決めていた。ヘッドホンを装着し、目を閉じて音楽に集中していた。ふと、伊藤さんがどう過ごしているか気になって、チラッと見てみた。彼は最後の時を、本を読んで過ごしていた。その内、徐々に全身から力が抜けていくのを感じた。


「ひょっとして、東第二中学の富田さん?」


突然伊藤さんが声を発した。俺は力の入らない体から、絞り出すように声を出した。


「そうだよ。そう言うあんたは誰なんだ?」


「同級生の大村だよ。親が離婚して今は伊藤って苗字だけどね。」


「そうか。大村だったか。死ぬ前にスッキリできて良かったよ。」


「俺もだよ。ずっと窓の外を見ながら考えてたんだ。」


「奇妙な同窓会になったな。」


「まったくだよ。」


俺達はお互いに笑みを浮かべていた。相手がかつての同級生だと解り、話したいことも出てきたが、もう遅かった。全身の力は完全に抜け、もう喋る気力も残って無かった。激しい頭痛と共に、走馬燈が映画のように脳内上映された。中学時代の思い出の順番が来ると、確かにそこには伊藤もとい大村がいた。(ああ・・・そういえばこんなヤツだったな。)走馬燈が終わると、映画の終わりのように真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同窓会は突然に 結城彼方 @yukikanata001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ