第30話 手首にもモーターが搭載されているらしい
弥恵を抱え直し、しっかり掴まっているよう忠告したゼノビアは、刀を構えたまま二人の女へ詰め寄って行く。
ニルヴァーナも虫でも噛み潰したような顔で、シャンバラと水晶を庇うように前に出た。
一触即発の空気、緊張が高まる最中、シャンバラもコンソールを素早く操作し、ニルヴァーナとゼノビアとの間に格子状のレーザー網を出現させた。
これにはゼノビアと弥恵だけでなく、ニルヴァーナも目を見開いた。
「そ、そのレーザーバリアには触れないことを……お、おすすめするよ。分子レベルでぶ、分解されるから」
「むう……」
一人でならともかく、弥恵を連れてわざわざ危険に飛び込むわけにもいかない。ゼノビアは忠告に従い、大人しく足を止めた。
「どういうつもりだ、シャンバラ。これではこちらからも手出し出来ん。解除しろ」
納得出来ない様子でニルヴァーナが抗議しても、シャンバラは首を振って拒否を示す。
「そ、そっちの白髪……体にアルカディアの残存データが付着してる。あ、あれを斃した相手に突っ掛かるのはき、危険過ぎる……」
「私が人間に遅れをとるとでも?」
「ザナドゥたちもお、同じこと言ってた……よ?」
嫌味の利いた切り返しに、ニルヴァーナはますます顔をしかめるも、渋々ながら引き下がった。
その間にもゼノビアはバリアを破ろうと刀を投げつけ、触れた瞬間に消滅したのを確認していた。強行突破を断念して悔しそうに唇を尖らせている。
そこへシャンバラがコンソールごと180度反転し、ゼノビアたちへ向き直った。
「ぼ、ボクはシャンバラ……そっちのおっかないのがニルヴァーナ、だよ。察しの通り、ボクらも『楽園の女神』だ」
「自己紹介なんてどーでもいいわよ!! そこの石の中で寝てるの、うちの彼氏なんだけど。あんたら何してるの? 事と次第によっちゃ(ゼノビアちゃんが)容赦しないけど、正直に答えなさい、今すぐ!」
「どうして君が居丈高になってるんだ!?」
横から割り込んで鼻息を荒く捲し立てた弥恵に、すぐ隣のゼノビアも思わずツッコミを入れてしまった。女神二体も「なんだコイツ?」とばかりに眉を潜める。
「も、申し訳ないけど彼を返すわけにはい、いかないんだ。か、彼には新しいエデン様の
「あんですって──むぐ!?」
言い返そうとした弥恵を唇を銃を持った左手の人差し指で塞いだゼノビアは、険しい表情のままシャンバラの話の続きを促した。
「エデン様はずっと、ずっと、人間の歴史を見守ってきた。ぼ、ボクらの造られた時代に起きる『滅亡』を超えられる、強い生物になるよう……そっちの君のような生物の限界を超えたに、人間が生まれたのも、エデン様の導きがあってこそだ」
シャンバラが枯れ枝のような指で、ゼノビアを真っ直ぐに差す。
「ふ〜ん」
「ど、どうでもよさそうだね!?」
「いや、だから何だって話なんだが。逆に聞くが、エデン様とやらがいなくなって私に不都合があるのか?」
「え?」
ゼノビアが聞き返した途端、険しい表情で突っ立っていたニルヴァーナともども、ポカンと口を開けてフリーズした。
「いや、『え?』じゃないんだが。お前ら自分とこの都合ばっか話すけど、そもそも『楽園の女神』ってのがいなくなると何が大変なんだ?」
「だ、だってエデン様がいなかったら、人類の歴史はい、今とまったく違うものになってて! き、君らだって生まれなかったかもしれないんだよ!?」
「それは今までの話だろう。この先どうなるかを聞いているんだ、私は」
「えっと……」
シャンバラは迷子の子供のように視線を右往左往させた挙げ句、ニルヴァーナに顔を背けられたことで、観念したようにガックリ肩を落とした。
「……ない」
「ん?」
「変わらない……何一つ、影響ない……た、多分」
ポツリと呟いたシャンバラを見て、ゼノビアが「それみたことか」とふんぞり返った。
シャンバラはボソボソと言葉を続ける。
「た、確かに今の歴史はえ、エデン様が定めたものだけど……い、今さら過去が覆ったりはしないし……。輪廻転生自体はし、自然現象だから……」
「お、おいシャンバラ!?」
話しながらどんどん暗く沈んでいくシャンバラに、ニルヴァーナも自身無さげな様子で狼狽えている。顔の険しさも先程とはまた違ったもののようだ。
ここぞとばかりに、弥恵が身を乗り出した。
「だったらもう、つべこべ言わずに忍を返しなさいよ、あんたたち!!」
「だっ、だっ、だっ、駄目だ駄目だっ!! や、やっぱりこの世界はエデン様がみ、導いてきたからこそなんだっ!! そ、走行中の車から運転手がいなくなったらどうなるか……わ、分かるだろっ!?」
「大丈夫よ。その人だってブレーキ付いてないダンプカーみたいな生き方してるけど、今日まで元気に生きてるし。……周りに被害が出てないわけじゃないけどね♪」
「そっそっ、それ全然大丈夫じゃないんだけど!?」
「ふう。そろそろいいか」
話がまた変な方向へ逸れそうになったが、ゼノビアにはちょうどいい時間稼ぎになった。
銃を刀に切り替えたゼノビアは、話している間に蓄えていた力を刀身に集中させる。刃の表面を、薄らと白い光の膜が覆った。
「よっと」
手首を返すような、速度重視の剣撃で目の前のレーザー壁を円形に斬り裂いた。
ちょうど小柄な二人が通れる程度の隙間ができ、ゼノビアは弥恵を抱えたまま壁の向こうへ悠々と侵入したのだった。
ニルヴァーナとシャンバラが、揃いも揃って目を見開いた間抜け面をさらした。思わず弥恵も吹き出してしまう。
「どっ、どっ、どっ、どっ!?」
「落ち着きなさい。こんな壁、ゼノビアちゃんの剣の前にはベニア板みたいなものよ」
「どうして君が得意気なんだ……ま、まあいいけど」
何故だか鼻を鳴らした弥恵に呆れながら、ゼノビアは改めて刀を構えて女神たちを見据えた。
合わせてニルヴァーナも一歩前へ。両手に円盤状の刃を出現させて身構えた。
「私も鬼じゃないからな、一応警告してやる。大人しく西城さんを返すなら見逃してやろう。さ、どうする?」
挑発的な笑みで告げたゼノビアに、ニルヴァーナの表情が一瞬にして憤怒に染まった。
「きさ──」
「わ、分かった、返す……よ」
「ま……えっ、えええぇぇぇぇぇーっ!?」
ところがシャンバラがあっさり降参してしまい、振り上げた拳の行き先を見失ったニルヴァーナは声を裏返らせてずっこけてしまった。
ご丁寧に白旗まで取り出したシャンバラに、ゼノビアどころか弥恵まで気を削がれてしまった。
「どっ、どういうつもりだシャンバラァーっ!!」
「か、返してくれるならそれに越したことはないんだが……」
「すっごい勢いで掌返したわね……」
ニルヴァーナが頭から湯気が出そうな勢いでシャンバラに詰め寄る一方で、ゼノビアたちは呆れながらも警戒を緩めない。
「ま、どうせ『ただし○○をしたらね』とか『連れて帰れたらの話だけど』とか言って、素直に返さないんでしょうけど」
「えっ!?」
「いや、だから『えっ!?』じゃないんだが」
しどろもどろなシャンバラだが、口でどう言おうとも手先が高速でコンソールを叩き続け、その度に忍入りの結晶と周囲のモニターが目まぐるしく明滅するのを見れば、腹に逸物抱えているのが丸見えだ。
ニルヴァーナからまで冷たい視線を浴びせられたシャンバラは、ぐったりと項垂れながらも最後のキーを叩いた。
忍入りの結晶が赤く光だした。
「ゼノビアち──うおぁっ!?」
弥恵に言われるまでもなく、ゼノビアは太刀を構えて結晶へ突進していた。急な加速に、弥恵から雄々しい悲鳴が上がった。
「させんっ!!」
回り込んできたニルヴァーナが、円盤で太刀を受け止めた。
だが、体格で劣り、左腕一本のゼノビアの太刀は、円盤ごとニルヴァーナを一刀両断に斬り捨てた。
「邪魔」
「うおっ!?」
真っ二つのニルヴァーナを脇へ蹴り飛ばすと、まだ生きているようで呻き声が聞こえた。だがゼノビアは構わずシャンバラへ向かう。
「あわわわわわっ!?」
シャンバラは性懲りもなくレーザー壁を自分の周囲に展開するが、一度破った障害など物の数ではない。首筋を狙った真一文字の一閃で、紙のように切り裂かれた。
「ん?」
手応えのなさに違和感を覚えたゼノビアが視線を下げると、シャンバラが床に額まで擦り付けた姿勢で斬撃を回避していた。
土下座同然の姿勢だが、顔だけ上げてゼノビアを見たシャンバラは「してやったり」とばかりに卑屈に嗤っていた。
シャンバラは土下座姿勢のまま、床に吸い込まれるように姿を消したのだった。
しかし逃げた相手より、ますます光を強める結晶が気になる。
「せいっ!!」
ゼノビアは躊躇なく結晶を太刀で突き刺した。
結晶は鉱物的な外見に反してスライムのような手応えで、抵抗もなく切っ先を飲み込んだ。が、刃の半ばまで食い込んだ辺りで急に硬質化し、押しても引いても抜けなくなった。
仕方なく太刀を消したものの、結晶に刺さった部分が消えず、内部に残ってしまった。
(なっ、なんだこれは!?)
「忍っ!!」
「っ!! 弥恵さん、ストッ──」
いつの間にやら弥恵が結晶に手を伸ばしており、止める暇もなく触れてしまった。
その瞬間だった。
結晶の放つ光が一気に強まった。ゼノビアと弥恵の視界が塗り潰され、目を瞑っても瞼をこじ開けるように眼球に光が突き刺さる。
さらに、光と一緒に凄まじい突風まで発生し、二人の体を引き寄せようとする。
「し、しのぶ……っ」
「弥恵さん……うわぁ!!」
ゼノビアの抵抗も虚しく、二人まとめて光る結晶へと吸い込まれてしまった。
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