第28話 境/界線
「……チッ」
不意打ちをしくじったゼノビアは忌々しげに舌打ちし、刀身を掴んで受け止めたアルカディアへ、逆の手に銃を作り出し発砲した。
ハリウッド映画の主役が持ってそうなゴツい弾丸が、アルカディアの顔に炸裂、鉄球でも叩きつけたような爆音が轟く。
アルカディアは衝撃に体をのけぞらせながら、掴みっぱなしの刀身を握り砕いた。
効果が薄いと見たゼノビアは、銃と砕けた刃を消して両手に小太刀を取り出した。音速を超えた振り抜いた二刀から衝撃波を放ってアルカディアを圧し退け、さらに連続して衝撃波を喰らわせた。
踵で地面を削りながら押し返されたアルカディアだったが、堪えていない様子でカメラアイを金色に変えた。続く衝撃波もノーガードで弾き返し、その場に踏み留まった。
「……乱暴、だな」
「知りたいことはだいたい分かったからな。もう死んでいいぞ」
「協力も嘘、か。残念だ」
攻撃の手を一旦止めたゼノビアは、右手の小太刀を消してナイフ四本を指に挟む形で作り出した。それを無造作に上空へ放り投げる。
高く弧を描いたナイフは、弥恵の四方を囲むように地面に突き刺さる。と同時に、彼女の周囲を包む光の四角錐が形成された。
「え、何これ?」
「バリアだ。窮屈だがしばらく我慢してくれ。巻き込んでしまったら、西城さんにも顔向け出来んからな」
アルカディアと対峙したまま、ゼノビアは背中越しに弥恵に告げた。その手の小太刀は日本刀に、逆の手には先程のゴツい銃が握られていた。
対するアルカディアも、両手に正月に飾る熊手のような鉤爪を展開している。
「何故、私と……戦う、少女よ?」
「はぁ?」
何を今さらとばかりに眉を潜めたゼノビアは、答える代わりに瞬時に間合いを詰め、アルカディアに斬りかかった。
鉤爪で刀を受け止めたアルカディアに、間髪入れず銃撃を浴びせる。最初の奇襲と異なり、杭のような弾丸でヘルメットを狙う。
アルカディアは首を反らして弾丸を躱すが、掠ったこめかみがひび割れる。しかし損傷に構うことなく、右手一本でゼノビアを押し返して地面に叩きつけた。
体が半ば大地にめり込みながら、ゼノビアは刀を盾に鉤爪を防ぐ。
金色のカメラアイが、それを冷徹に見据えた。
「再度問う。何故戦う、少女よ?」
「ふん。魂に刻まれた運命とやら、それは私にもあるのだろうな」
「無論、だ。全ての命に、例外はない」
「だからだよ、気持ち悪い!!」
鉤爪を留めていた刀身に、ゼノビアがさらなる力を加えた。白熱した刀身が形状を失い、爆発してアルカディアを吹き飛ばす。
後方に跳び退いたアルカディアの姿に損傷は見られず、黒煙の中で立ち上がったゼノビアもナイトドレスこそほつれたが無傷である。
お互いに、まだ牽制し合っている段階のようだ。
再度日本刀を構え、ゼノビアはアルカディアへ切っ先を差し向ける。
「そもそもお前、私たちを生かして帰すつもりなんて無いんだろ?」
「……何故、それを?」
「ふ、語るに落ちたよこいつ」
大地を砕くようんあ踏み込みから弾丸のような初速で突進したゼノビアは、刀を大上段から袈裟掛けに斬りつけた。それを鉤爪に防がれると瞬時に刀を消し、今度は素手で殴りに行く。
アルカディアも鉤爪で拳を受け止め、または弾いて逸し、同時に手刀による反撃を繰り出す。
ラッシュの応酬は弥恵の視力では捉えられない速度で繰り返され、甲高い金属音と重厚な打撃音とが大気を震わせ、大地を割る。二人を中心に地割れが縦横に広がるばかりか、空中にまでひび割れが生じていた。
やがて周囲の景色がガラスの砕けるような騒音とともに崩れ去り、その下から一面真っ赤な大海原が現れた。
「ひぇ……っ!?」
驚いた弥恵から情けない悲鳴が上がる。
幸い、バリアのお陰で弥恵が水に沈むことはなかった。そのうえ、楔の効果なのか波の荒い海原でもバリアが流されたり転がったりすることもない。
ゼノビアも同様、逆巻く高波を足場に平然と海面に立ってみせ、苦もなくアルカディアに殴り掛かっていた。
受けて立つアルカディアも当然のように海面で踏ん張りを効かせ、拳を額で受けて殴り返す。
ぶつかり合った衝撃の余波だけで海は荒れ、バリアがビリビリと振動する。これが割れたら、弥恵など水没するまでもなく紙のように千切れ飛ぶだろう。
「おおおおぉぉぉぉっ!!」
「くっ!?」
より鋭く、パワーを増していくゼノビアの猛攻に、アルカディアの鉄仮面から苦悶の声が漏れた。
両腕のガードを空中からの連続蹴りで強引にこじ開けたゼノビアは、半回転を加えたソバットを相手の頭部へ炸裂させる。
「ぐあっ!!」
たたらを踏んだアルカディアに、ゼノビアは刀を取り出しつつ今度は縦に一回転。勢いを付けて敵の右肩から左腰へ袈裟掛けに斬りつける。
「ちっ」
だが、クリーンヒットさせたハズのゼノビアはしかめ面で舌打ちし、空中を蹴りつけた反動でアルカディアから大きく間合いを離した。
刀の刃先を確認すれば、刀身がギザギザに溢れ落ちている。使い物にならなくなった刀を新品に切り替えながら、敵の姿を真っ直ぐに睨みつけた。
アルカディアの青みを帯びた鎧の切り裂かれた部分からは水銀のような液体が溢れ、損傷部分をパテのように覆っていく。
「液体金属?」
「高密度エネルギー体……我らの血肉……であり、頭脳だ」
「……ふ〜ん」
「分かって、ないだろ……お前」
「興味が無いからなァ!!」
ますます勢いに乗ったゼノビアが、刀を両手で構えて突撃した。
アルカディアも液体状のエネルギーを剣の形に変え、ゼノビアの斬撃を正面から受け止め、弾き返し、反撃に斬りつける。
ゼノビアも負けじと敵の攻撃を捌きながら次の斬撃を放つ。それを防がれても、即座に次の一刀。
さらにその次。次。次。次次次次次次──、
(も、もう何が何だか!?)
もはや弥恵の視力では斬り結ぶ二人の姿を実体として捉えることが出来ず、竜巻や暴風を眺めている気分だ。
現に衝突の余波で海が真っ二つに裂け、海水が天高く逆巻き、弥恵を守っているバリアも吹き飛ばされた。楔のお陰でかろうじてその場で漂っている有り様で、凧にでも括りつけられた気分だ。バリア内部が自動で水平を維持してくれていなければ、今頃激しくシェイクされながら全身を打っていただろう。
「何故だ」
「あん?」
「興味のない相手に、何故こうも……敵意を、抱く?」
千合を超えた打ち合いの最中、アルカディアがまたしてもゼノビアへ問い詰める。だが、刃の応酬は止まらない。
「確かに……私はお前も、あちらの少女も殺す……つもりだ。だがお前の……殺意はもっと、根深い……何故だ?」
「そんなもん──っ!!」
一旦距離を離したゼノビアは、正眼に構え直して大上段から突進を加えつつ振り下ろした。
「私がっ!!」
アルカディアも必殺の一刀を下から打ち上げるように受け止め、文字通りに火花を散らしながら激しい鍔迫り合いとなる。
互いの力は拮抗し、押し合いながらも動きを止める。
硬直状態の最中、ゼノビアは吼える。
「『運命』って言葉が大嫌いだからだ!」
「どういう……」
「『人間』を俯瞰して観てる存在……超越者……神の視えざる手……呼び方は何でもいいが、そういうものが気に喰わん! 私の人生は全て私が行動した結果で、誰かが決めたものじゃない!!」
「それは──」
「勘違いするなよ! お前の言葉の真贋なんざ知ったこっちゃないし、どうでもいい! そもそも『神』なんて信じてないしな。だが、実際に目の前に現れたんなら仕方がない!! 神を名乗るなら機械だろうが自称だろうが叩っ
気合いを入れ直したゼノビアの刀が白く、激しく光り輝く。同時に押し退ける力も増大し、アルカディアの剣に刀身が食い込ませた。
「神を……憎む、のか?」
「言っただろ、大嫌いなだけだ!」
ゼノビアの刀が、アルカディアの剣をついに破断する。
白熱した刃は青い装甲にさえ容易く牙を突き立て、首から脇へと抵抗なくすり抜けた。
刀身に刃溢れが無いのを確認し、返す刃で胴体を一文字に斬り裂いた。
一拍遅れて、水銀状の血液がアルカディアの切断面から噴出。よろけながら数歩後退りして、高波の海面に背中から倒れ落ちた。
思いの外に小さな水柱を上げ、アルカディアは赤一色の水底へ落ちるように沈んでいく。
「……え、終わり?」
刀身を白熱させたまま、ゼノビアがポツリ呟く。
荒れていた海面は落ち着き、今は波一つ立たない完全な凪ぎだ。見上げれば海と同じく赤一色の、雲も星もない空が蓋をしている。原色で塗り潰された天井のようで不気味だった。
「今度はかくれんぼか、自称女神?」
『自称では……ない』
空から降ってくるようなアルカディアの声とともに、弥恵の真下の海面が10メートルもの高さに盛り上がり、バリアごと彼女を持ち上げた。
「ひゃあっ!?」
水の塊は蛇のようにうねり、バリアの周りにグルリと巻き付くと、その先端から無傷のアルカディアがずるりと這い出して海面に着水した。
「だが……確かに本物の……神とも言い難い、か」
「な、なに独りでブツブツ言ってんのよ、コラ!! 下ろしなさい! 下ろせっての、聞いてるのひぎゃあっ!?」
水柱が締め付ける力を増し、バリアが軋んでヒビが入る。気炎を揚げていた弥恵も、これには瞬時に縮こまった。
ゼノビアが冷ややかにアルカディアを睨む。
「人質か」
「どう受けとるか、は……お前の自由」
「ふん。冗談か皮肉か分からんな。だが悪くない手だ」
右手を空けたゼノビアは、弥恵を見つめて小さく手招きをした。
その瞬間、バリア内部にいたハズの弥恵が何の予兆もなくゼノビアの腕の中へ移動していた。
空っぽになったバリアは、役目を終えたのか抵抗もなく潰され、水柱とともに海中へと没した。
「ほ……へ!? こここ、今度は何!!」
「こ、こらっ、暴れるなって!」
自分と変わらない背丈の少女に片手で抱き上げられた体勢で目を白黒させる弥恵に、ゼノビアがニヤリと野性味溢れる笑顔で返す。
腰に回された右腕はガッチリと弥恵を固定して、安定感も抜群だった。ちょっとやそっとで外れそうもない。
「怖かったら目を閉じていてもいい。すぐに終わるさ」
「そ、それはいいけど、なんだか愉しそうに見えるのは気のせい?」
「まさか。物足りない相手だから片手が塞がってちょうどいいハンデだ、だなんて思っていないぞ」
「思ってるんだ……」
ゼノビアが空いている左手に本人の身長より長い大太刀を取り出し、さらに白銀の粒子を放出して弥恵ごと全身を包む。
「さぁて、こっからはちょっと本気でいくぞ! 簡単に壊れるなよ、自称女神!」
「……ねえ、ひょっとしてそういう喋り方がゼノビアちゃんの素?」
「アガってるところに水差さないでほしいなぁ……」
ちょっぴり唇を尖らせたゼノビアは、弥恵を抱えたまま猛スピードでアルカディアへと突撃していった。
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