第26話 インベーダー現る!

 アルカディアからのモーターと甲高い電子音に、蒸気が漏れたような噴射音まで混じった。溜め息に聞こえないこともない。


「『楽園の女神』は、この世界の守護者……西暦一万四四九四年に木星のラグランジュコロニー『アンフィリア』で完成、した。そして多重次元貫航法によって紀元前二億年へと送られ……人類の歴史を管理・運営せよとの命令オーダーを実行し続けて、きた……」

「……ごめん、もう一回言って?」

「……『楽園の……女神』は……この世界、の守護者……西暦一万四四九、四年に木星のラグランジュ……コロニー『アンフィリア』で完成……した。そして……多重、次元貫航法によって……紀元前二億年へと……送られ、……人類の歴史を管理……運営せよとの命令オーダーを……実行し……続けて……きた……」


 聞いてもいないのに語りだしたアルカディアは、ゼノビアからの要望にも律儀に応え、一字一句違えずに繰り返す。二回目の方がいっそう辿々しく、言い終えたアルカディアからはため息のごとく蒸気の噴出音がした。心なしかやり遂げたような顔をしているようにさえ見える。

 ゼノビアは、刃を差し向けたまま後ろへ退がり、弥恵に小声で話し掛ける。


(弥恵さん、今年って二〇二八年で合ってますよね?)

(ええ。一万二千年以上未来から来たっていうの、これ?)

(いいえ。一旦白亜期まで遡って、今の今まで人類の歴史を管理していた……ということではないかと)

(白亜期に人類いなくない? 確か哺乳類の発生がその頃だった気がするけど)


 二人は改めて、じっと忍を見つめている(ように見える)アルカディアへ顔を向けた。

 青い金属質の装甲は、鋭角的に角張りながらも人型のフレームにピッタリフィットしており、無駄のないシャープな印象だ。ヘルメット型の頭部を注意深く観察すると、赤いカメラレンズの奥に目立たないよう無数の複眼レンズが内蔵されていた。

 観れば観るほど、女神というイメージから遠ざかっていった。


(SF感全開ね。言ってることはディストピア作品の管理AIっぽいから、ある意味じゃ『神様』かもしれないけど)

(真に受けない方がいいですよ。魔物デーモンにしろ何にしろ、は現実と乖離した存在なので、人間の視ているものと違う現実を認識してることも多いですから)

(……それって、忍やゼノビアちゃんみたいな超人も?)

(私は地に足着いてますからね! あと、その『超人』って呼び方、止めてください。人間扱いされてないみたいで、嫌いです)

(ご、ごめんなさい……)

「いつまで、ヒソヒソ話している……?」


 ほったらかしにされて腹が立ったのか、アルカディアのモーター音が大きくなった。


「私の目的は……その方を連れて、帰ること、だ。人間に用は……ない」

「連れて帰るって……うちの忍をどうする気?」


 思わず忍を庇うように前に出て──それでもきっちりゼノビアの陰に隠れた位置だが──、弥恵はアルカディアの赤いカメラアイを睨んだ。


「しのぶ……では、ない。我らが主にして、システムの中枢であせら…あらせれ、あら、あら……」

「あらせられる?」

「ありがとう。中枢であらせられるお方……お痛わしい、エデン様……人間によって地上へ引きずり、堕とされてしまった……」


 アルカディアから、金属同士が擦れて軋む音まで聞こえてきた。錆びた歯車を無理やり動かしたような騒音は、もしかすると泣いているのかも知れない。

 何だか可哀想に思えてくる弥恵であったが、ゼノビアは尚も刃をアルカディアへ向けたまま、反対の手で弥恵の左腕を掴んできた。

 弥恵がそれに驚く間もなく、アルカディアの胸部装甲がシャッター状に上部へスライドし、赤いクリスタル状の機関が露出した。

 ゼノビアは弥恵の腕を取ったまま、フェンシングの突きのような構えで謎の機関を狙う。

 しかし切っ先が謎の機関を捉える寸前で深紅の閃光が放たれ、刃の先端から前半分が唐突に消失した。

 閃光は部屋の全てを紅一色で塗り潰しながら眩しさを感じさせず、本当に光なのかも怪しい。そのうえ紅一色の世界には、アルカディアの姿だけが嵌め込まれた画像のようにくっきりと浮かび上がっていた。

 すぐそばにいるはずの弥恵と忍の姿も、光に呑まれて消えてしまっていた。

 さらに足元の感覚まで唐突に消え、まるで無重力下へ投げ出されたような気持ち悪い浮遊感が襲ってきた。


「忍っ!?」


 悲鳴に近い弥恵の声が、すぐ隣からした。掴んだままだった彼女の腕の感触もしっかりあった。残念ながら忍については何も分からないが、痩せても枯れても狛犬戦闘員だ。ちょっとやそっとで死ぬことはないだろうと、あえて頭の隅へ追いやった。


「いや、この状況はちょっとやそっとじゃないんだがな!」


 ゼノビアは折られた刃を消し、弥恵を腕の中へ抱き寄せる。


「弥恵さん!」

「ぜ、ゼノビアちゃん!? 忍が!」

「彼なら大丈夫だ! だから、舌を噛まないように注意してろ!」


 弥恵は泣きそうなのをグッと堪え、ゼノビアの言う通り彼女の胸元へ顔を押し付けるようにしがみつく。

 ゼノビアも彼女を放さないよう両手で強く抱き締める。浮遊感は強まる一方で、ジェットコースターの落下より酷いエアタイムが上下左右から襲ってきている。


「ザナドゥも、始めたようだ……お前たち、にも教えて、やろう」


 アルカディアの姿は、本来の部屋の広さを無視した遥か彼方にポツンと見えるだけなのに、その声は耳元で囁かれたようにハッキリ聞こえた。金属が擦れたような声色に不快感を覚えた弥恵が、小さく身動ぎする。

 やがて豆粒のようだったアルカディアの姿も見えなくなり、同時に落下していく感覚までも唐突に掻き消えた。

 さらに紅一色だった世界まで潮が引くように虚空へと消え去り、降り注ぐような満天の星空の下、空中で抱き合ったまま浮遊していた。

 見上げた空に思わず「きれい」と呟いたロマンチストなゼノビアだが、すぐに胸元の弥恵の様子を確認する。

 案の定、弥恵は真っ青な顔で白眼を剥きかけ、鼻から逆流した胃液が噴出するという美少女にあるまじき悲惨な形相であった。ギリギリ気絶していないのは、さすがに根性が据わっている。


「……吐く?」

「だいじょうぶ……ドレス、汚しちゃう……」

「気にするとこそこか」


 ドレスと言ってもゼノビアが着てるのは就寝時用のナイトウェアだが、肌触りからして高級品なのは明らかだった。

 ゼノビアは足元を確認し、何も見えないがひとまず踏みしめられる地面であることを判断すると、その場に弥恵を跪かせて背中を擦ってやった。

 弥恵は吐き戻しこそしなかったが、素手で鼻をかんで詰まっていた胃液を排出すると落ち着きを取り戻せたようだった。手に付いたベトベトは、拭くものがないので透明な床に丁寧に擦り付けた。


「スッキリはしたけど……何なの、ここ?」

「分からん。ともかく、私から──」

『穂村なんつー男は知らねえ。間違えんな』


 離れないように、と繋げようとした言葉は、足下からのガラの悪い不機嫌な声に遮られた。怒鳴るような声量ではなかったが、よく通る声で威圧感が強く、気が弱い者なら反射的に土下座しながら財布を差し出しかねない凄みがあった。


「い、今の声!?」


 弥恵の肩がビクリと跳ねるが、怯えて竦んだわけではないようだ。むしろ地面に顔を寄せて声の出どころを探そうとさえしている。


「あ!」


 弥恵が声を上げるのとほぼ同時に、ゼノビアも彼の存在に気付く。

 透明な床から数メートル下った辺りで、一組の男女が対峙していた。都合のいいことに、ゼノビアたちの位置からなら二人の横顔をしっかり見ることが出来た。

 女の方は輝くような銀髪に金色の瞳をした美女で、体幹バランスを無視したような豊満すぎる肉体を帯状の白い布で覆っただけの変態だった。

 ゼノビアも弥恵も、マリルを超える際どいファッションセンスの持ち主に身震いするも、そんなどうでもいい事は頭の片隅に追いやって、もう一人の男へと注目する。

 男の方も素肌に直接ノースリーブのジャケットを着るというロックな出で立ちで、女性のウェスト……とまではいかないが、太腿ぐらいはありそうな逞しい腕を見せつけている。

 背も高く、ガッシリした体格でありながら、その反面顔立ちは繊細で、女性と見紛うばかりに線が細い。


「忍ーっ!!」


 透明な床を叩き、精一杯に手を振って弥恵が存在をアピールする。


「忍! 忍ってば! 聞こえてないの!? あなた、普段の地獄耳はどうしたのよーっ!! しーのーぶーっ!!」


 普段の温厚で済ましたイメージとはかけ離れた、チンパンジーを彷彿とさせるハイテンションな弥恵を傍らで見守りながら、ゼノビアも忍の横顔をじっと見つめていた。

 眉間にシワを寄せて変態を睨む表情はどう見ても筋モンのだというのに、ゼノビアの知っているあの美女と寸分違わぬかんばせだ。弥恵は骨格が違うと言っていたが、顔立ちなどほぼそのままの造形である。


(やっぱり、キレイだな……。ちょっと……だいぶ? か、かなりガラが悪いけど、そこまで常識外れてる分けでもなさそうだし。それに同じ狛犬同士だったら一緒にいる時間も──あ、駄目だ。あの人彼女いるじゃないか……、ふぅ)

「駄目ね、聞こえてないみたい。向こうの声は聞き取れるのに、どうなってんのよ。ねえ、ゼノビアちゃん?」

「……ふぅ」

「ぜ、ゼノビアちゃん!?」


 見上げたゼノビアの憂い顔に、同性でありながら弥恵の鼓動がドクンと高鳴る。状況も忘れ、忍と変態もそっちのけで見惚れてしまった。


(や、やっぱりこの子ってば抜群に可愛いわっ! 絹糸みたいなホワイトブロンドとか、雪みたいな白い肌とかの下地もそうだけど、顔のパーツと配置が絶妙なんだわ! そこに今のこの……っ! 気怠げなのに切なさが込み上げてくるような表情が、もうっ!! まるで叶わぬ恋に人知れず嘆く深層の令嬢だわ! 子犬のようにか弱くとも、高嶺に咲く白い花のような気高さを失わない……っ!! これはもう、あれね。人間の形をした奇蹟だわ。本人は嫌がってたけど、事『美貌』という意味では人間の限界を超えているわ。まさに超人──いえ、超美少女!!)


 一人で際限なくヒートアップしながらも、そんなことなどおくびにも出さずに弥恵は得意のニマニマ笑顔でゼノビアへ熱い視線を注ぎ続ける。

 だが、まさか内心で大絶賛しているゼノビアの憂い顔が、自分の恋人に見惚れた結果だとは、夢にも思わない弥恵なのだった。

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