第25話 鬼哭
『この、アホンダラァッ!!』
ガラの悪い絶叫とともに、今度は鬼面武者の前蹴りがマリルに炸裂した。
「ちっ!!」
両手を使って受け止めたものの、両足で地面を削りながら大きく後方へ吹き飛ばされた。衝撃が骨にまで達し、体の芯が軋んだ。
鬼面武者がすぐさま距離を詰めて殴り掛かって来るが、その速度はマリルの想定よりずっと速く、加えて振り下ろされたのは拳より面積の広い張り手だった。
バックステップによる回避が間に合わず、巻き込まれた右腕の肘から先が千切れ飛んでしまった。
血の飛沫が、草原に赤い帯を引く。
「ちぃっ!?」
『ふふん、油断したわね!』
「いや、腕の一本でドヤ顔されても。どうせ生え変わりますし」
マリルは筋肉を隆起させて強引に止血し、地面に転がる腕をそのままに反撃に出た。
再度地面を爆発させて飛び出し、初速の勢いのまま鬼面武者へ蹴り掛かった。だが軌道が単純だったせいか、あっさり腕で防御される。
だがその腕を足場に真上に上昇、高度を稼いで地上の鬼面武者へ超高速で両脚を振るい、衝撃波を連続で撃ち出した。
胴体に直撃を喰らった鬼面武者が堪らず後退りし、マリルはそこへ上空から一方的な攻撃を続ける。
しかし鬼面武者もやられっぱなしではなく、攻撃にさらされながらも強引に両腕を突き出してくる。
殺気を感じたマリルはすぐさま攻撃を中断し、空中を蹴って大きく旋直する。直後、鬼面武者の肘から先が高速で射出された。
二発ともマリルが寸前までいた位置を素通りし、両腕が外れた鬼面武者へ、マリルは再度の特攻を仕掛けた。
地表を目掛けて瞬間的に加速し、頭から激突しに行く。
待ち構える鬼面武者は、今度は口から紅蓮の炎を吐き出した。
草原の草花が瞬時に自然発火するほど超高温の火炎放射だったが、マリルは空中で身を翻し、超高速の旋風脚で炎を薙ぎ払って掻き消した。
そのまま流れるように、後方から迫っていた鬼面武者の両腕までまとめて蹴り砕く。
鬼面武者の胴体の眼に驚愕の色が浮かぶ。炎を目眩ましにした死角からの不意打ちが、最初から分かっていたように防がれてしまった。
「何を驚いているんです?」
両腕を失った鬼面武者、その背後へ一瞬にして回り込んだマリルは、がら空きの背中を容赦なく蹴り上げた。
「ロケットパンチが誘導追尾式なのはお約束でしょうが!!」
僅かに浮かび上がった鬼面武者の巨体を、マリルはさらに力を込めて上空へ打ち上げた。
徐々に高度を増していく鬼面武者。マリルの動きはリフティングさながらな、重さを感じさせないものだが、一撃ごとに響く巨大な鉄球を叩きつけたような轟音が、蹴りの威力を物語っていた。
鬼面武者を相手の身長より高く舞い上げたところで、マリルはフィニッシュへ向けて一旦地上に降りた。そして落ちてきた鬼面武者を、オーバーヘッドキックで力いっぱいぶっ飛ばした。
『ぬおあっ!?』
ザナドゥからも悲鳴が上げる。
しかしマリルは止まらず、流星のようにかっ飛ぶ鬼面武者の落下地点まで走って回り込むと、またもや逆方向へと蹴り返した。
切りもみ回転して飛んでいく鬼面武者だが、またまたマリルは先回りし、さらにさらに別方向へ蹴り飛ばす。
速度を増しながら、鬼面武者は空中をピンボールのように何度も何度も蹴り返され、その全身に亀裂も走っていく。
マリルはトドメの一撃とばかりに右足へ赤銅色の光を集束させ、燃え立つような黄金の輝きを放った。
「どぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」
相手が突っ込んでくる勢いに合わせ、鬼面の眉間に怒号とともに胴回し回転蹴りを叩き込んだ。
打撃の威力だけでも鬼面を砕いて余りあり、同時に放った衝撃波でもって鬼面武者の上半身を木っ端微塵に爆散させた。
だが──、
(ヤツがいない!?)
ただの土塊となりながら霧散する鬼面武者の残骸の中に、ザナドゥの姿がない。追撃しようとしていた、マリルの動きが僅かに止まる。
その背後に、大型の銃を構えたザナドゥが光とともに出現する。
「プリズムレーザー!」
「!?」
「スピットファイア!!」
振り返ったものの一手遅く、銃口から放たれた数百条にも及ぶ虹色の怪光線がマリルを襲った。
拡散したレーザーがマリルの四肢を貫く。
「ぐぅぅぅっ!!」
身体中に無数の穴を空けられながらも、悲鳴を噛み殺してその場を高速で離脱する。
とにかく逃げようと必死に空を蹴ったせいで、自分でも軌道を制御できず地面へ向かって加速をつけてしまった。頭から墜落し、派手な土煙を上げながら地表を何度かバウンドしてしまう。
幸運だったのは、土煙に遮られてザナドゥからの追撃が届かなかったことと、急所を焼かれる前に敵の有効射程から逃れられたことだろう。
しかし被害も軽くない。全身いたるところが貫通痕で焼け焦げ、特に右半身が酷かった。ただでさえ肘から先がもげているのに、肩も胴体も脚にも感覚がない。傷口が高熱で焼かれたお陰で出血こそしてないが、その変わり血管から神経からズタズタにされていた。
(油断していたつもりはなかったのですけど! ふんぬ!!)
それでも、力を込めればどうにかまだ体は動いてくれた。鼻息を荒げて立ち上がれば、全身が巨大なペンチでネジ切られるような痛みに苛まれ、却って頭が冴えてくる。
周囲の土煙は晴れつつあるが、ザナドゥの姿は上空にはない。だが敵の気配はそこら中から感じられた。
(そしてここで再び物量ですか。多少は考えているようですね)
気付けば無数の光の柱に取り囲まれ、マリルの背筋を冷たい汗が伝わる。
現れた鎧の大男、翁、杖の女、槍の男──その後方で、ザナドゥが鬼面武者に勝るとも劣らぬ怒りの形相でマリルを睨み付けていた。
鉄仮面も割れ、傷付いた額から流れた血で素顔も真っ青に染まっていた。展開されたコンソールもところどころ欠けており、鬼面武者を壊されたのが相当堪えたようだ。
「ハア、ハア……今度こそ終わりよ、人間ッ!!」
「何を勝った気でいるんですか、あなた?」
「その体ではもう、先程までの動きは出来ないだろうッ! もう一度その人数を相手に戦えるか!? クハ、ハハハ──ゲボッ」
ザナドゥは咳き込みながらも高笑いを止めない。まさに鬼気迫るといった表情は、もはや女神というより般若のそれだ。
勝利を確信したザナドゥは、亀裂が走ったような凄絶な笑みを浮かべ、喉を潰さんばかりに絶叫した。
「さァ!! そいつを八つ裂きに……し──?」
だが、その号令はブツ切りで途絶えてしまった。
ザナドゥは何が起きたか分からない呆けた顔で、口の端からドロリと青い塊を吐き出し、
「グボェア──ッ!!」
胸からも大量の血を撒き散らし、膝から崩れて座り込んだ。
ザナドゥの胸からは人間の右手が突き出ており、千切れた肘から先だけが背中から貫通してきた。
心臓も肺も引き裂い胸から生えた右手を呆然と見下ろしていたザナドゥは、やがて瞳を虚ろに揺らめかせて顔を上げる。
棒立ちで動きを止めている自分の軍勢。その先で、マリルが「してやったり」とばかりにニンマリ口の端を吊り上げ、ピースサインの二本指を見せつけるようにチョキチョキと打ち合わせていた。
「さっき言ったばかりでしょう? ロケットパンチが無線誘導式なのはお約束だって」
「お、お前……サイボーグ、か……?」
「生身ですってば。それじゃ、さようなら」
「? お、前……何を言っ、……て!?」
突き出た右手がグリンと上向き、人差し指、中指、薬指の三本を立てる。
何が何だか分からないザナドゥだったが、薬指が折れて二本に、中指も折れて一本になったところで、全てを察して顔から完全に血の気が引いた。
「ま、待て!! 待って! なんでも話す、話すからそれだけは!!」
「残念ですが、手遅れです。
人差し指も畳まれ、カウントが零を指し示す。
右腕全体が赤熱して内側から膨れ上がり、亀裂が走って蒸気が噴き出す。
「ひっ――」
ザナドゥが小さく息を呑んだ声がした気がしたが、一瞬後に巻き起こった大爆発にかき消され、マリルの耳にすら届くことは無かった。
右腕を中心にビルの三~四階にも匹敵する火柱が上がり、熱風と衝撃波が棒立ちして動かない敵の軍勢を将棋倒しにしていく。
「うひゃあっ!?」
右腕を自爆させたマリル本人も、傷ついた体で上手く踏ん張れなかったのもあってみっともなく一回転しながら吹き飛んでしまった。
爆発の余波が過ぎるのを地面にへばりついてやり過ごし、落ち着いたのを見計らって顔を上げたマリルは、目の前の光景に気詰まりする。
「な、なんつー威力……右腕まるごと一本は多すぎましたでしょうか……」
爆心地のザナドゥは言わずもがな、彼女のいた地点には焼けて抉れたすり鉢状の大穴が残るばかりで、その周囲一帯も草花が全て炭化し、局所的な荒野と化していた。
その手前側で、ザナドゥに呼び出された大男や爺らが倒れたまま、ピクリとも動かない。
「本体のあの女が死んで、機能停止したのでしょうか? 使い魔にはよくある話ですが……」
本当に死んでいるのか確認しようとした、その矢先のことだった。
遥か上空から、巨大なガラスが砕けたような甲高い破砕音が響き渡ったのだ。
何事かと仰ぎ見たマリルは、そのまま言葉を失った。
中空に浮かぶ三日月を中心に、赤い空一面がひび割れていく。みるみるうちに地平線へと繋がったひびは、マリルが何事か考える間も与えずに彼女の足元にまで到達してしまった。
「こ、これってまさか……!?」
脳裡を経験から来る嫌な予感が通り過ぎるが、今一歩遅かった。
空と大地が軋むような音を立てて一斉に砕け散り、マリルは訳も分からないうちにマンションの屋上から20メートルほど横に逸れた空中へ投げ出されたのだった。
急な出来事に慌ててしまったマリルは、右半身の負傷も重なり、空中での姿勢制御も出来ないまま、およそ8階建ての高さから落下。頭からアスファルトの地面に叩きつけられ、大きなコブを作ったのだった。
――同時刻。
忍の部屋へ押し入ったサイバーパンクな全身鎧姿の女神アルカディアは、ゼノビアに刃を突きつけられたまま寝ている忍へ顔を向けた。
「エデン様……こちらにおわしました、か」
忍へ歩み寄ろうとするアルカディア、その進路を塞ぐようにゼノビアも一歩前へ出た。
「お前が『楽園の女神』か。そちらから来てくれるとは好都合だな、探す手間が省けた」
ゼノビアの小さな体から放たれた威圧感は、彼女に守られているはずの弥恵ですら思わず竦むほどだった。
自分より年下の少女でも、狛犬――戦いを生業とするものだと再認識しつつ、弥恵は眠っている忍にしがみつくようにして動向を見守っていた。
「……お前、とは随分だな。人間が、この
ゼノビアと対峙するアルカディアからは、特別殺気や怒気は感じられない。それ以前に生物かどうかも怪しく、静まった部屋にはアルカディアの体から発せられた低く唸るようなモーター音が響いているぐらいだ。
「神とは……人間を導くもの。人は神を崇めるもの……だろう。だが、貴様から受ける感情は……ひどく冷たい……敵意、だ」
アルカディアの顔の中心部分、X字型スリットの交差点にある赤いカメラレンズから、細かい電子音が連続して鳴った。ついでに、ピントでも合わせているのかレンズ自体が忙しなく回転してもいる。
もう女神というより、未来から来た殺人アンドロイドとか名乗られた方が納得してしまう。
「……お前、ロボットなのか?」
我慢できずに訊いてしまったゼノビアに、アルカディアはカメラレンズを殊更小刻みに動かした。
「当たり前、だ。私は『楽園の女神』……人間にそう造られた、のだから……」
さも当然のように言い切ったアルカディアに、ゼノビアは敵と対峙していることも忘れて弥恵へ振り返り、顔を見合わせて首を傾げるのだった。
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