第24話 楽園地獄
光の柱から現れた三人の男女のうち、身長2メートルに達する白銀の鎧を着込んだ大男が、身長よりもさらに長大な斧を振り回してマリルへ突進する。
「グオォォッ!!」
男の目には生気が無く、あるのは純粋は破壊本能だけである。
ギリギリでの回避は危険と判断したマリルは、地面を蹴ってその場から大きく飛び退いた。
「フンッ!!」
打ち降ろされる斧が、爆発のような衝撃を巻き起こす。
距離を取ったハズのマリルにまで砕けた岩盤が襲い掛かって来る。それを空中を跳ね回って回避するも、飛散する土砂に紛れた小柄な影が背後から奇襲してくる。
(速いっ!?)
さっきの天使とは身のこなしのレベルが違う。こいつを豹に例えるなら、あっちはアザラシかその辺りだ。
(けど、まだまだこの程度!)
しかし、十分対応できるレベルである。
相手はゼノビアよりも小柄な爺だ。両手の甲から突きだした二本の剣を脳天へ振り下ろしてくる。
マリルはそれを右前腕で受け止めた。
甲高い金属音が響き、腕の薄皮一枚切られることなく刃を弾き返す。
すかさず捻りを加えた左の手刀で爺の鳩尾辺りから貫き、臓腑を引き裂きつつ背骨を掴みに掛かる。
(この手応えは……!? いえ、考えるのは後です!)
掴むと同時に背骨を握り砕き、動かなくなった爺を真後ろから接近しつつあった三つ目の敵影へ蹴り飛ばした。
三人目は標準的な体格の若い女だ。杖を携え、その先端が赤く発光しているのを見るに、そこから何か飛ばしてきそうな雰囲気だ。
女は飛んできた爺を杖で叩き落とし、マリルの予測通り杖からバスケットボール大の火の玉を射出して反撃してくる。
(ファンタジーな攻撃ですね!)
火の玉には拳銃並みの速度があったが、マリルはそれを軽々と飛び越えて女に肉薄する。
「ッ!?」
女が苦し紛れに杖を振るうが、それが届くより先に顔面へ横蹴りを食らわせ、粉微塵に打ち砕いた。
脳漿混じりの黒っぽい血飛沫に、マリルの片眉がつり上がる。
(青くないですね。ということはこれは人間ですか? しかしさっきの老人といい、何か……)
左手に残った血も、まだ新鮮な赤である。舐めたところでなんの変哲もない鉄の味しかしない。
「ウオォォォォッ!!」
ちょうど最後の一人も斧を振り上げて突進してきた。
大上段から唐竹に振り下ろされた斧の表面を滑るように相手の懐に潜り込んだマリルは、刃先が地面に着くより先にがら空きの胴体に肘を叩き込む。
「ギッ──!?」
鎧もろとも肋骨をへし折り、肺と心臓にまとめて突き刺した。
だめ押しに顎へアッパーカットをお見舞いし、脛椎ごと粉砕して完全にトドメを刺す。
その血もやはり赤い色をしており、
(人間のようで、そうでない……本当に何なんです、これ?)
ザナドゥへ振り返ると、彼女は鉄仮面の双眸から血の涙を流しながら、口許に手を当て嗤うような仕草を見せてくる。
「そら、おかわりよ!」
新たな光の柱を、今度は六本呼び出していた。
二回目なのでローディングも早まったのか、さっきの大男と爺と女がそれぞれ2セット、出現するや編隊を組んでマリルへ突進してきた。
「何度やっても同じだと思いますが」
姿勢を低くしたマリルは、その場に残像が残る程の速度で駆け出した。
手近な大男の攻撃を前方宙返りを加えた跳躍で回避し、踵落としで首をへし折る。
女が放った火の玉は蹴り返して爺に当て、背後から迫るもう一組の大男と爺を、後方宙返りで飛び越えて背後に回り込む。
「イエェェェアァァァーッ!!」
大男が振り向き様に斧を振り回す。それを紙一重でかわすも、斧の影から爺が間髪いれず刀剣を突き入れてきた。
「おっと」
それを右手で掴んで受け止め、相手の腕ごと振り上げて大男へ投げつける。
「ヌン!」
大男に邪険に振り払われた爺は、首をあらぬ方向へ曲げて地面を転がっていった。
「ひどいですねぇ。仲間じゃないんですか?」
残ったのは大男と女二人。もう一人の爺が黒い炭の塊になってるところから、あの火の玉を喰らうのは遠慮したいな、と思う。実際、さっき蹴飛ばした足がヒリヒリしている。
「……ん?」
背後からまた別の殺気が沸き出してくる。警戒しながら確認すると、新たな光の柱が次々に出現していた。
今度は青い鎧に槍を持った男、緑のローブに杖を持った爺、耳が尖った軽装の女など、バラエティーに富んだパーティだ。
正面にもザナドゥを守るように光の柱が沸いており、敵の人数は二十人を越えていた。
その光景は、歩と二人で進めているMMORPGのレイドバトルさながら、しかも自分がボスのポジションときた。
「たはは……私がレアアイテム持ってるように見えます? まったく……あはははっ」
前後から迫り来る敵集団に、マリルの口許が歪につり上がる。地面を叩く爪先から火花が散り、固く握った拳から銀色の光の粒子が迸る。全身から燃え立つ炎のような白光が逆巻いた。
「ぬぅん!」
「ふぁっ!!」
前後から同時に繰り出された斧と槍が、一見無防備に構えていたマリルを切り裂いた。
だがそれはただの残像で、軽やかに跳躍したマリルは半円を描くようなローリングソバットで二人の首をまとめて刎ね飛ばす。
マリルは着地を待たずに空中で再度跳躍、ザナドゥから距離を取るついでに何人かの頭を蹴り潰しながら敵集団の後方へ降り立った。
「ふっふっふ、たまには思い切りやりますか!」
振り返ったマリルは、体の底から湧き上がるマグマの如き闘志に浮かされ、凄味の効いた笑顔で拳をボキボキ鳴らす。久方ぶりの修羅場に胸を高鳴らせているようで、迸る白光も勢いを増していた。
その姿が一瞬消え、足元の地面が爆ぜた。
強烈な蹴り足が文字通り爆発的なロケットスタートを生み出し、超音速で敵陣へ強襲を仕掛けたのだ。
槍の戦士の強烈な刺突を飛び越え、空中で一回転を加えた踵落としで兜ごと頭部を潰しつつ武器を強奪。
すかさず無数の火球とつらら、電撃のビームが杖を持った女と老人から浴びせかけられ、さらにその隙間を縫って爺と黒装束の小男が一斉に飛び掛かって来た。
マリルはそれらを奪った槍で片っ端から打ち返し、叩き伏せて敵陣のさらなる奥へと食い込んでいく。
「その位置ッ!!」
敵が最も密集した中心付近へ飛び込み、槍を豪快にフルスイングして一瞬の空白地帯を作る。
四方から火球の十字放火が迫るが、それを真上に跳躍して回避。続く空中へ向けた第二波も二段跳躍で躱す。
十分な高さを得たマリルは、天高く掲げた右足に力を込め、回転を加えたつつ今度は地表へ向けて下向きに跳躍した。
「せやァっ!!」
気迫を乗せた踵落としが地表を貫く。一瞬の静寂を挟んで周囲一帯の地面がまるごと隆起し、敵集団を全員まとめて上空へぶっ飛ばした。
鉄仮面の下でザナドゥの顔も驚愕に染まる。
「オオオオオォォォォォッ‼」
マリルは大気を震わせるほどに咆哮し、叩きつけた右足を支点に大回転。身に纏った白光が加速しながら周囲を荒れ狂う。そのエネルギーの暴風が竜巻となって大地を削り、巨大な真空が土砂と敵軍を一緒くたにすり潰しながら、マリルの方へと猛烈に吸い込んでいく。
旋風に赤い霧が混じり、もはや竜巻の中の敵の兵士たちが原型を留めなくなるが、彼女の起こした竜巻はさらにさらに勢いを加速させる。
「これでフィニッシュ!!」
左足の光を爆発的に増大させ、マリルは巨大竜巻をザナドゥ目掛けて思い切り蹴り飛ばした。
「くっ……!!」
猛スピードで接近する竜巻にザナドゥも不愉快そうな唸り声が漏らし、コンソールを高速で操作するとその場から瞬時に姿を消す。
そうして竜巻が通り過ぎた後、何食わぬ顔をしてその場で再出現した。一息ついたようにザナドゥが鉄仮面の額を拭うが、その行動に意味はあるのだろうか。
「危なかった……。な、なかなかやるわね──じゃなかった! やりおるな、人間よ」
「いえ、まだ終わってませんよ?」
「うん?」
ザナドゥは、まるで綱引きでもしているかのような動作をするマリルの意図が理解できないようで、首を傾げた。
そして訳も分からぬうちに、マリルがサイコキャッチで手前側へと引き戻してきた竜巻に背後から直撃され、悲鳴も上げずぶっ飛ばされるのだった。
洗濯機に流される泡沫が如く、ザナドゥの姿が土砂や血肉片に紛れて消えていく。
「……あ、しまった」
と、そこに来て勝ち誇っていたマリルの表情が一転、慌てた様子で顔を青くする。情報を得るつもりが、勢い余って殺してしまった。
しばらく無かった実戦に、テンションが上がりすぎてしまったようだ。手加減という言葉が頭から完全に抜け落ちていた。
「あぁぁっ、もう! せっかく向こうからノコノコやって来てくれたのに! 私のバカ! マヌケ! 雌雄同体──は、悪口じゃないです……ね?」
頭を抱えてどうしたものかと唸っていると、風光明媚な草原には似つかわしくない異音が耳に飛び込んできた。
無数のモーターがバラバラに駆動するような不協和音が、竜巻の中心部分からやかましく響いている。音が大きくなるに連れ、竜巻も内側に折りたたまれるように萎んでいった。
残ったのは、空中に浮かぶ土砂と血肉の固まった歪な球体が一つ。まるで剥き出しの心臓のように脈動しつつ、それはゆっくりと地上に降りてくる。
思わず、マリルはホッと胸を撫で下ろしていた。
「いや~、よかった。まだご存命のようで何よりです」
『どこに安心する要素があるっていう──あるというのだ?』
岩の塊からしたザナドゥはまるで古い録音機材を通したようにノイズが混じっていた。しかし、言葉の裏からは肌を刺すような殺気と怒気がありありと溢れ出していた。
「そりゃあ、あなたは貴重な情報源ですからねぇ。正直な話、こうして拳を交えているのに、どうしてあなたが襲ってくるのかも私は知らないものでして。まさか通り魔的犯行です?」
『はっ! わざわざ人間に話すことではないわよ、この馬鹿!』
「連れないですねぇ。ていうか、威厳のある口調崩れてますけど、よろしいのですか?」
『ぐぬぬ……っ、フンッ!』
そっぽ向いたように、ザナドゥが思い切り鼻を鳴らす。
ザナドゥの溢れる怒りも、今のマリルには自身を高揚させるスパイスでしかないようだ。爪先で地面を叩きながら、光の粒子が激しさを増していく。
『いいわよいいわよ! こうなりゃヤケのヤンパチ、我が戦闘形態を見るがいい、人間!』
ザナドゥの語調に呼応するように、球体の表面が熱を帯びて赤熱し、その形を歪な星型へと変形させていく。
『最期に教えてやろう教えてやろう。我の目的は我らが主、女神エデン様を取り戻すことよ』
「それが西城くんと何の関係が?」
『あの男の肉体には、エデン様が封じられている。あの男はな、現世と黄泉の間で死者の魂を導いていたエデン様の元へ生きたまま乗り込んだ挙げ句、殺して遺骸を現世へ持ち出したのだ』
ザナドゥは自身の怒りを表すかのように、土塊を憤怒の形相の赤鬼の面へと姿を変えた。さらに面を胴体として太い手足を生やし、常人の四倍にも及ぶ身長の、三頭身の人型として完成させる。
鬼面の頭頂部、人型の頭部に当たる部分は目の部分がスリット状になった武者兜となっており、そのスリットに現れた金色の瞳が、ギロリとマリルを睨みつける。
『故意か事故かは知らぬが、あの男の体はエデン様の肉体と融合したことで変容したのだろう。性別が変わった程度で収まっているのは疑問だが、本来であれば人と女神という全く異質なもの同士の融合だ。いつ自我を喪失し、ただの怪物と成り果てても不思議はない。その前にお救いするのが、我らが地上へ降り立った理由だ』
鬼面武者は、その太い指先を開いたり閉じたりし、肩を回して体を解すような動きをする。同時に赤一色だった全身が金と黒に縁取られ、胴体の鬼面にも金色の瞳が灯った。
戦闘態勢へ移行していく鬼面武者に、マリルは身構えつつも新たな疑問を投げ掛けた。
「……目的は分かりました。ですが、それならいきなり襲ってくることないじゃないですか。それに、街中で天使を使ってコソコソしているのは? それも『エデン様をお救いする行為』の一環なのです?」
『? 何の話だ?』
「何のって……街中に天使を使って方陣を刻んでいるでしょう!? それもあなたの仕業じゃないのですか?」
『ちょっと待って! 街中ってどういうことよ!?』
ザナドゥは本当に意味が分からないらしく、口調が素に戻っている。鬼面武者も立ち上がり動作が停止し、体を前方へ不自然に傾けた不安定な姿勢で硬直していた。
『私が地上に来たのは昨日の朝が初めてだわよ? それっていつの話?』
「ここ二週間ちょっとの話ですけど」
マリルの返事を聞いてからザナドゥは押し黙り、妙な沈黙が周囲に流れる。鬼面武者の瞳も消えていた。
今のうちに破壊してやろうかと思ったマリルだったが、その矢先に鬼面武者の頭部から打撃音──苛立ちのあまり机の天板を殴ったような音とともにザナドゥの怒鳴り声が聞こえ、思わず後方へ飛び退くのだった。
『あのアマ、ハメやがったな!!』
激しく地団駄を踏んだ鬼面武者は、一層怒気と殺気をみなぎらせてマリルへ向き直った。心なしか、鬼面の表情も険しくなったように思える。
「ど、どうしたんですか!?」
『身内の話よ!! ともかく、さっさとお前をブッ殺してやる理由が出来たわ!』
「お急ぎでしたら、私のことはお気になさらず──」
『はんッ! 甘いわね、人間!』
鬼面武者が、太い人差し指をビシリとマリルへ突きつける。
『この際だからぶっちゃけるけど、お前のように「楽園の女神」の存在を知った人間を殲滅するのも仕事のうちなのよ!』
「何ですって!?」
マリルが焦るのを見て、ザナドゥは一層得意気に声を張り上げた。
『お前が「楽園の女神」についてどこで知ったは予想がついたけど、んなこたもう重要じゃない。我々の情報を地上に残すわけにはいかないのよ』
「……まさか、探して一人ずつ殺そうとでも?」
『しないわ、そんな面倒なこと。お前を基点に呪いを掛けて、お前から情報を得た人間を殺すってのが手っ取り早いかしらね』
「……っ!?」
『あっは♪ その顔、もしかしてもうかなりの人数に拡散しちゃったのかしら? 情報化社会の弊害よねぇ。お前が残した文章も、録音した音声も、あらゆる媒体が情報ごと人間を抹殺する。あ、ネットの掲示板になんて上げてないわよね? それ読んだ人間が何人死ぬか分かったもんじゃないわよ?』
ケタケタと愉快そうに笑っているようで、ザナドゥの声色は恐ろしく冷たい。
対峙するマリルも目付きの鋭さをそのままに、口許の笑みが消えていく。
「マジですか?」
『大真面目よ』
「そうですか」
マリルは静かに瞑目し、そしてゆっくりと瞼を開く。
その瞳が、灰色から蒼色へ変わっていた。同時に全身から噴き出していた光も、眩い白から燃え立つような赤銅色へと変化していく。
『お前、それは……っ』
夕焼けの空を思わせ色、そして肌が焼けつくほどの物理的な圧力を放つマリルの闘志に、ザナドゥも僅かにたじろいだ。
「あなた、さっきから私を『人間』と呼びますが」
刃で突き刺すような冷たい声で、マリルは告げる。
頭の中のスイッチを『生け捕り』から『排除』へ切り替えた。
「生憎とこっちはそんなもん、とっくの昔に辞めてるんですよ。世間じゃ私らはこう呼ばれてます。超人……てね」
その体が深く沈んでいく。姿勢を極限まで下げ、顎が地面すれすれまで接近した、その瞬間。
音速を遥か超越し、マリルは鬼面武者へ殴り掛かった。
『ッ!?』
テレポートさながらに急速接近したマリルの突撃を、間一髪で両腕を交差させて防御する鬼面武者。だがその巨体は地面と平行に打ち出され、突っ込んできたマリル以上の速度で吹っ飛ばされた。
しかし何もない空中を蹴ったマリルは更なる加速をみせ、鬼面武者を易々と追い抜くと今度は逆方向へ蹴り飛ばした。
『ふぐぉぉぉっ!!』
太い指で地面を掴み、急制動を掛けるものの、鬼面武者の指跡は大地に数十メートルに渡って刻まれた。
『ふう、ふう、ふう……ち、超人……だと?』
息を荒げながらも、ザナドゥは鬼面武者を立ち直らせて追撃に備えようとした。
だが数手遅く、すでにマリルの姿は鬼面武者の懐深くまで潜り込んでいた。
『なぁっ!?』
「でぇぇぇいやぁぁぁぁぁぁっ!!」
鬼面の眉間や目、人中といった顔面の急所を拳で滅多打ちにし、トドメとばかりに強烈な前蹴りで容赦なくぶっ飛──
『調子乗ってんじゃねえよ、ああんっ!?』
──そうとしたところを、鬼面武者がマリルの蹴り足を掴んで受け止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます