第16話 物騒なヤツ、後半戦
「あつつ……ん?」
背後からガリガリという音がして振り向く忍だが、そこには何も見当たらない。気のせいと言うには音がハッキリしすぎており、同時に見渡す景色に違和感を覚える。妙にサッパリしているような……。
「上だァーッ!!」
指揮官の怒号に、若い上田巡査が「え、おれ!?」と狼狽える。しかし実際は部下の叱責ではなく、忍の上空への警戒を促したものだった。
それが功を奏した訳でもなく、上からの殺気に反応がわずかに遅れた忍は巨大な左腕に押し倒されてしまった。
「あぐっ!?」
中指と薬指のダイヤモンドカッターが両肩口に食い込み、裂けた皮膚から鮮血が噴き出す。
先程覚えた違和感は、切り裂かれた巨大な腕が見当たらないことだったようだ。
「西城さ──うわぁっ!?」
救援に向かおうとするゼノビアにも、物騒なヤツのドリルが襲い掛かった。見れば、右腕の付け根からケーブル状の間接を延長させ、物騒なやつは横着にも仰向けに寝たまま攻撃してきた。
左腕も切断面から伸びたコードやケーブルが再接続させて動かしているようだ。ビームを目眩ましに修復していたらしい。
「ちぃぃっ、やるじゃないか!!」
まさかの搦め手に感心すら覚えつつ、ゼノビアは大きく飛び退いて間合いを空けた。姿勢を下げながら両手に刀を取り出し、突っ込んでくるドリルに正面から突撃した。
「どっ──」
ドリルの回転軸に合わせ、二刀を交差させて振り抜く。
「せいっ!!」
相手の右腕もろともドリルを十文字に斬り裂き、剣圧から生じた真空波で本体と繋がるケーブルまで切断した。
無数のケーブルとともに、コールタールのような粘つく黒い液体が血のように四散する。
「やるな、おい! 俺も負けちゃらんねえ!!」
ゼノビアの活躍を見た忍もまた、口が裂けたような笑みを浮かべ、両肩に突き刺さった二本の指に掴み掛かった。
カッターの刃は鎖骨を切断できずにそこで止まっており、それを強引に引っこ抜く。傷口は盛り上がる筋肉の怒張で塞いだ。
そのまま鉄骨に指が突き刺さるほどの握力で、カッターの根本を圧壊させた。
「せーのっ!!」
両手で持ち上げた中指と薬指を、交差させるようにねじってへし折った。
左腕はすぐさま、残った指で握りつぶそうと忍に掴み掛かる。
だが忍は隙間が空いた指二本の間に身を滑り込ませ、小指を踏みつけながら人差し指を押し上げ、逆に左手を真っ二つに引き裂いてみせた。
切断面からは、またもコールタールのような液体が噴出して忍のドレスを汚す。
「これもう着れねえな、おい」
茶化すような物言いながら、残った物騒なヤツの胴体を睨む表情は地獄の鬼のようだ。血走った眼で口許だけ吊り上がっていた。
「西城さん、パワータイプなんだ。すご……っ」
ゼノビアは忍の怪力に関心を見せつつも、モゾモゾと身をよじる物騒なヤツから注意を逸らさない。
ようやく上体を起こした物騒なヤツは、失った両腕の代わりにケーブルを束ねた新たな腕を形成、さらに膝を曲げて脛全体をローラーに変形させる。
さながら人型戦車と呼べる姿に変形した物騒なヤツは、ローラーからもうもうと土煙を上げながら爆走を開始した。
「芸が達者だな、おい!」
「西城さん!」
「俺が引き付ける、後ろからやれ!!」
猛スピードでの突進に、忍はその場を動かず堂々と受けて立った。
その姿に胸の鼓動が加速する感覚を覚えたゼノビアは、蒼い瞳をキラキラさせて敵の進行方向から跳び退いた。
「来な、鉄屑!」
忍は両手を大きく広げて、相手を真正面から見据えて待ち構える。
が、物騒なヤツの両膝が巨大ドリルに変形するのを見るや、顔色を変えて横っ飛びに逃げるのだった。
目標を失った物騒なヤツは敷地外の民家へ激突、幸いにも住民の避難は済んでいたが、家屋は哀れ全壊である。
弓を構えたゼノビアから、冷たい視線が突き刺さる。
「いや、あれは無理だろ!? さっきのよりドリルでかいし!!」
「何も言ってませんけど?」
「言ってたよ、その瞳が! 雄弁に!」
特別批難したつもりはないのだが、ゼノビアは自分の顔を触ってみた。なりふり構わずヘッドスライディングで逃げた姿が間抜けだったな、とか格好つけた直後にそれかよ、とかちょっと思っただけだ。
「それよりも、次が来ます。構えて」
注意を促しつつ、ゼノビアは武器を刀に持ち替え、正眼に構え直した。
バックして忍へ向き直った物騒なヤツの膝では、先程よりも二倍以上太いドリルがそれぞれ外向きに高速回転している。巻き込まれたら最後、二つのドリルの間で磨り潰されてタンパク質とカルシウムと衣服の繊維が混ざりあったペーストになるのは火を見るより明らかだ。
「もう出し惜しみできる相手ではないようですね」
「どうすんの?」
「切り札を出します。どうやら住人の避難は済んでいるようですので、万が一巻き込む心配はないでしょうし!!」
刀を持つ手に気合いを入れ、力強く目を見開いたゼノビアの全身から輝く雪のような粒子が溢れだす。
日中でもハッキリ分かるほど、ゼノビアの体が煌々と輝いた。
「おおっ!」
美しいとも思える光に、忍も思わず感嘆する。
「なんだっけ、それ。
「
「……口調変わってね?」
ゼノビアが声を荒げたところへ、物騒なヤツが拳を振りかぶって突っ込んできた。ドリルとパンチの波状攻撃は厄介極まりなく、パンチを下手にガードするとドリルの餌食になりかねない。
二人同時に左右へバラけて跳び退いた。
「いかん! 素ボケにツッコんでたら斬り損ねた!」
「だから、こっち睨まねえで向こう見ろって」
「そりゃそうだ! よっしゃッ、見てろ私の剣捌き!」
ドリフトして華麗なUターンを決め、三度突撃してくる物騒なヤツ。間接を伸ばした左腕を大きく振りかぶって殴り付けてきた。
地面を平然とかち割ってくる拳、その動きを見定め、なんとゼノビアは物騒なヤツの腕に跳び乗った。
そのまま肩まで駆け上がり、白熱した刀身で腕の付け根から逆袈裟に斬り裂く。
切断面が真っ白く燃え上がり、炎が切り落とされた左腕まで瞬時に呑み込んで跡形もなく焼失させた。
「ちっ、浅かったか!」
だが、胴体の切断面の炎はすぐに鎮火してしまう。それでも無傷ではないらしく、溶けて飴のようにテカテカした切断面からは新しい腕が生えてくる気配がない。
痛手を負った物騒なヤツは、すぐにゼノビアから距離を取ろうと背を向けて走り出す。
が、そこに立ち塞がる男が一人。彼女の技を見てメチャクチャ対抗心を燃やした忍である。
「逃げんなよ、こっちの技も喰らってけ!」
忍の固く握られた右の拳、そこに深く眩しい緑の炎が灯った。どうじに、かろうじて残っていた右手のグローブが蒸発し、女になっても武骨な拳が露になる。
「ふんッ!!」
気迫とともに、その場で右足を強烈に踏み込んだ。
その瞬間、工場の敷地全体に地割れが走り、爆発でも起きたかのように大地がドカドカと隆起する。
(なぁっ!?)
ゼノビア、そして物騒なヤツも、人間大の岩石やら地中の健在やらとまとめて上空へ吹き飛ばされる。
小柄なゼノビアは、空中で身を翻して上手く爆風をいなす。
だが巨体な上に重量もある物騒なヤツにそんな真似が出来るハズもなく、仰向けのまま慌てふためくばかりだ。
そこへ地上から、驚異的な脚力で跳躍した忍が迫る。
「うらァ!!」
強烈な頭突きを背面から喰らわせ、物騒なヤツの胴体が軋ませた。だが貫くには至らず、勢いを失った忍の体が落下を始める。
が、忍は落下中に巻き上げた岩石を足場に再度跳躍。より激しく加速を付けて物騒なヤツをもう一発蹴り上げた。
「まだまだァ!!」
さらに落ちていく岩石を利用して二度三度と蹴りを浴びせる。金属質な物騒なヤツの胴体にヒビを入れ、膝のドリルを根本から粉砕した。
「これでフィニッシュ!!」
最後の一撃、物騒なヤツを追い抜かした忍は、全身を豪快に縦一回転させた強烈な踵落としを叩き込み、ついに胴体を粉々に打ち砕くのだった。
あのコールタールのような液体と、バラバラになった破片が落下しながら急速に形を失い、地面に墜落するころには半分以上が消滅していた。
着地した忍は、ゼノビアの姿を見つけると、ニカニカと子供のような笑顔で親指を立てる。
「どーよ。俺の方が派手だし、キッチリとトドメも刺したぜ?」
得意気な様子の忍だったが、一方のゼノビアは冷めた態度で溜め息を吐く。
「派手なのはいいが、アンタなぁ……」
「ん?」
彼女の視線を追った忍が目にしたのは、半壊した工場と、敷地に出来た巨大なクレーター、そして倒壊した周辺の民家だった。
いずれも忍が地面を巻き上げた衝撃による被害で、特に工場の敷地と隣接していた民家の壁など全損しており、中身が丸見えである。
「……へへっ、やっちまったぜ」
「やっちまったぜ、じゃないだろうが!」
ゼノビアが刀の代わりに取り出したハリセンは、忍の軽い頭を叩いてスパンと小気味良い音を住宅街に轟かせた。
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