第15話 迫り来る回転棒

 愛南が呼んだ応援の警官隊は、出動から十五分もしないうちに廃工場を包囲した。

 早朝の住宅街に武装した警官隊が並ぶ姿は物々しい。危険だからと叩き起こされ避難させられた近隣住人が不機嫌そうに見物していたが、それも工場から破壊音や爆発音がすると逃げ出していった。

 その武装警官の垣根を軽々と飛び越え、敷地内まで一足飛びに降り立ったのは、黒いゴシックドレスを着た小柄な美少女――ゼノビアだ。


「おお、もしや狛犬の方ですか!」


 最前列に立つガッシリした体格の武装警官が早速駆け寄ってきた。どうやら彼が指揮官らしい。防弾チョッキにヘルメットとジュラルミンの盾という重武装ながら、人の良さそうな笑顔が眩しいおじさんだ。

 事件現場に子供が首突っ込んできたら即座につまみ出されそうだが、こんな状況にドレス姿で現れるなんて狛犬か変人だけであり、悲しいことに一般的な認識としてその二つはイコールで繋がる。


「ひょっとして応援で来てくれたのでしょうか? いやー、助かります!」

「えっ!? いや、その……よ、よろしくお願いします……」


 妙にキラキラした笑顔から、ゼノビアはいたたまれない気持ちで視線を逸らす。ただの冷やかしです、とは言い辛い雰囲気だ。

 現場からちょっと歩けばマリルの家で、物騒な気配がしたので様子を見に来ただけなのだ。なお、マリルは出動要請が来ないからとまだ寝ている。


「実は早朝にこの工場から強力な魔物デーモンの反応が出まして、狛犬の方が調査に来たそうなんですが……なんと銃で撃たれたそうなのです!」


 聞いてもいないのに状況説明してくれる指揮官に、ゼノビアはますます引けなくなってしまった。内心狼狽する彼女を他所に、指揮官の話は続く。


「しかし突入しようにも中の様子が分からず、先程から物騒な音もしていますし、どうしたものかと考えあぐねていましたが――」

「あ〜、つまり私に偵察して来い、と?」

「やってくれますか! ありがとうございますっ‼」


 両手をガシッと掴まれ、深々と頭まで下げられ、いよいよやるしかないようだ。後ろに並んだ警官隊からも熱い視線を感じる。


(ええい! 迂闊に飛び込んだ私が間抜けだったってか、ド畜生め!! つーかお前ら、その装備は飾りか! 丸腰の子供に頼るな!)


 と思ったが、現実問題としてゼノビアならば銃だろうが爆薬だろうが効かないし、試したことはないが相手が戦車ぐらいならどうとでもなる。無駄な被害を出すよりマシ、と自分に言い聞かせ、工場へ近寄った。

 今は地響きを伴う破壊音も止み、不気味に静まりかえっていた。見れば入り口が崩落し、壊れた機械やら建材やらで塞がっている。

 強引に突破するより、二階の窓辺りから侵入する方が手っ取り早いと判断して、ゼノビアは軽やかに地を蹴った──と同時に、工場の壁ががいきなり爆発した。


「はぁっ!?」


 突然紅蓮の炎に覆われたゼノビアは、間抜けな声を上げながらも右手を高速で十字に振るう。その手には一瞬前まで存在しなかった長刀が握られており、空気を切り裂いた風圧で爆風と瓦礫を押し戻した。


「伏せろーっ!!」


 一拍遅れで指揮官から怒号が飛んだが、ゼノビアの耳には届かない。着地し、長刀を片手に爆発のあった場所を見据えていた。

 三階の壁と、巻き込まれた二階の一部が楕円形に崩れ、オレンジの炎が内部でごうごうと燃え盛るのが見て取れる。その炎を掻き分けて、獣のような影が飛び出してきた。

 炎で煤けた黒髪を振り乱して、鋭い眼光で爆発で空いた穴を睨むのは、下着同然の姿をした大柄の女だ。

 その美貌に、ゼノビアは覚えがあった。


「西城さん!?」


 呼び掛けた声が嬉しさのあまり上擦っていた。

 ここ二週間、暇さえあればデジタル画像で眺めていた顔だ。男女で骨格が違うのだが、紛れもなく忍であった。

 何故か自分と同じブランドらしきゴシックドレスを着ているが、袖が丸ごと焼け落ち、スカートも下半分ほどが焼失するなど酷い有り様だ。


「あんた、カル……あ~、ゼノビアさんだっけ?」


 忍も彼女を覚えていたが、どうしても苗字が出てこず、ファーストネームで呼び掛けた。

 気になる異性から名前で呼ばれたゼノビアは、自分でもビックリするぐらい舞い上がりそうになったが、忍から沸き立つ闘志を受けてそれどころじゃないと頭を切り替えた。


「ちょうどいい、手が空いてるなら手伝ってくれ!」

「大物ですか?」

「ああ。街中に放すには物騒なヤツだ」


 忍が工場の方へ向き直り、ゼノビアもそれに倣う。

 三階の奥からは断続的に地鳴りのような音が続いており、徐々に大きくなっていた。炎の内からぬうっと現れた巨大な手が穴の縁を掴んで握り砕き、のっそりと巨大な影が姿を現す。

 それは常人の五、六倍にも及ぶ、異形の巨人だった。

 姿を見せた、忍いわく『物騒なヤツ』とは、金属のフレームからなる機械の化け物だ。レール状のパーツや変形した金属板、無数のコードやケーブル、パイプが複雑に絡まりあって、不恰好ながら人型を形成していた。

 右手の甲で工業用ドリル、左手の五指でダイヤモンドカッターが狂暴に唸りを上げ、頭部の代わりに生えた二本の精密機器用クレーンアームが不気味に稼働していた。


「な、なんだこいつは!?」


 慌てふためく指揮官の声が背後からするが、訊きたいのはゼノビアも同じだ。物騒なヤツが三階から飛び降り、一際大きな地鳴りが起こった。


「西城さん、あれは!?」

「俺にも分からねえ。人間と放置された機械と、あとなんかが融合してなった」

「なんかってあんた……」


 忍が、ほんの一瞬だけ背後を確認する。愛南の姿を探したが、見える範囲にはいない。


「ちっ、タイミングの悪い! ともかくだ、ゼノビアさんよォ!! こいつはこの場でぶっ殺す! 話はそれからだぜ!」

「構いませんが……どうみても機械ですよ、あれ。『ぶっ壊す』の方が相応しくないです?」

「ははっ!! 可愛い顔して肝の据わったお嬢様だ!」

「かわ……っ!?」


 何の気もない一言に、ゼノビアの顔が自分でも分かるぐらいに紅潮する。幸い、忍はズシンズシンと間合いを詰めてくる物騒なヤツに集中しており、顔を押さえてあたふたするゼノビアには気付いていない。


『…………』


 物騒なヤツは、もう一歩踏み出せばドリルかカッターが忍に届く位置まで接近していた。ゼノビアも気を引きしめ直し、忍とともに武装警官隊が巻き込まれないよう位置を気にしつつ散開していく。

 互いの緊張が高まる最中、先制攻撃を仕掛けたのは物騒なヤツだった。

 頭部のクレーンアームの先端からビームを撃ち出し、左右に別れた忍とゼノビアを同時に攻撃した。


「なっ!?」

「うわたァっ!?」


 射撃直前に頭部が震えたのでギリギリ回避が間に合ったが、ビームの直撃した地面が瞬時に融解して煮えたぎっている。さすがにこれを喰らえばタダでは済むまい。

 さらに物騒なヤツは、足裏のローラーで高速旋回して忍の背後へ回り込み、回避直後でバランスを崩しているところへ右手のドリルを突き出した。


(早いっ!!)


 走行速度、上半身の挙動、いずれも隙がなく、さっきまでノシノシ歩いてたのは何だったんだと言いたいぐらいに物騒なヤツは敏捷だ。


「ずぇりゃっ!!」


 忍もさすがに高速回転する金属の塊を生身で受け止める気にはなれず、固く握った右拳でドリルを横殴りにして軌道を逸らした。

 直撃を免れたものの、殴り付けた右手が焼けたように痛む。

 だが物騒なヤツは少しも堪えた様子がなく、地面を粉砕しながら強引にドリルを振り上げ、薙ぎ払うように忍を狙う。

 そこへ待ったを掛けるべく、ゼノビアが大上段から斬りかかった。


「どっせい!」


 左腕の肩間接に垂直に斬り込む。金属部分を易々と両断した刃は、しかし間接の半ばで唐突に固まってしまった。


「何だ!?」


 まるで分厚いゴムに食い込んだような感触で、押しても引いても刀が抜けない。戸惑うゼノビアに、間接を無視した挙動で物騒なヤツの左手が襲い掛かった。

 開いた五指の先端ではカッターが高速回転しており、ゼノビアが刀から手を離して跳び退いた直後、残された刀がバラバラに砕かれた。

 その間にも物騒なヤツは忍を相手取って右腕一本で寄せ付けず、砕いた土砂による目眩ましも混ぜながら的確にドリルを突き出していた。

 さらに、ゼノビアが離れたことで左側にも余裕が生まれ、ドリルとカッターによる波状攻撃に切り替えて執拗に忍を追い詰める。


(あいつ、狙いは西城さんだけか? だったら!)


 その動きから、どうも物騒なヤツは忍の方を目の敵にしていると感づいたゼノビアは、頭部からのビームを警戒しつつ間合いを空ける。離れると、物騒なヤツは完全にゼノビアから注意を逸らした。

 ゼノビアは左手を突き出して親指と人差し指でL字を作り、そこに精神を集中しながら右手を添え、力を込めて視えないを引いていく。

 見る間にゼノビアの左手に手首と一体化した巨大な弓が出現、さらに引き抜いた右手にも本人の身長ほどもある槍が現れ、それを矢として弓につがえていた。


(狙いは、さっき斬り裂いた左肩!)


 槍の穂先に震え一つ起こさない。左の人差し指が目標にピタリと重なった瞬間、ゼノビアは右手を手放した。

 放たれたと同時に槍はほぼノータイムで着弾、物騒なヤツの左肩を撃ち貫き、今度こそ完全に破断させた。

 突き出そうとした左腕が唐突に爆裂し、頭部のクレーンが驚いたように左半身へ向く。その瞬間、物騒なヤツの動きが完全に止まった。

 それを見逃す忍ではない。


「おっ、ナイス!」


 懐に飛び込んできた忍に物騒なヤツが慌ててドリルを繰り出すが、リーチが仇となって密着された相手には届かなかった。


「うおらっ!」


 突進の勢いのまま、物騒なヤツの股間に頭から激突した。

 遥か後方で、武装警官の数人が内股になったが気にしない。

 物騒なヤツがたたらを踏んで後退りし、そこを追いかけて再度密着、相手の内腿に両手を滑り込ませる。


「必殺、ちゃぶ台返し! ほーらよっと!!」


 一旦腰を落としてから全身のバネをフルに使い、物騒なヤツを豪快に真上へぶん投げた。


「わーお……」


 ゼノビアを初め、呆気に取られる武装警官達の前で、全長10メートル近い金属の塊が宙を舞った。

 なすすべもなく背中から落下した物騒なヤツによって発生した、これまでで最大の地響きと衝撃は、近隣の民家に窓ガラスが割れ、戸棚が壊れるなどの被害を出すのだった。

 物騒なヤツはそれでも健在だが、仰向けの格好で手足をばたつかせてもがき、自力では起き上がれないようだった。

 その動きが徐々に緩慢になり、やがて物騒なヤツは手足を投げ出して大人しくなった。

 かと思えば、クレーンが素早く動いて忍に二条のビームを放った。


「甘い!」


 が、忍にばかり注視したせいで背後から新たな刀を手にしたゼノビアの接近をあっさり許し、クレーンを二本とも一閃される。

 そして肝心のビームも忍のサイコキャッチで受け止められ、掌をわずかに焼いただけとだった。

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