第14話 宝探しと似たような

 一夜開けて。

 朝からの出撃依頼に、忍は愛南を背負って今日も送電線を走り渡っていた。昨日買い揃えたメイク道具は、時間がなくてまだ試していない。


「ひぇぇっ!! こ、これなら安全ベルトぐらい用意すればよかったよぉ〜っ!」


 忍の走行速度はロードサイクルぐらいで、そこに自分と忍の腕力のみを頼りにしがみつくのは非常に心許ない。少なくとも忍が愛南の脚を手放したりしないと信じているが、怖いものは怖いのだ。


「おんぶ紐みてえになるぞ、多分」


 見返ることなく答えた忍は、すでに目的地が見えてるだけに表情が険しかった。目指す先は住宅地の再開発に取り残された、工業機械の工場跡地だ。

 閉鎖されて久しく、権利者の所在が分からないせいで放置されているのだが、今回はそこに天使が現れたと狛犬調査班から連絡が届いた。


『つきましては、西城戦闘員には現場に調査員一名を随伴させ、その護衛をお願いしたいのです!』


 そう改まって申告してきたのは、他でもない愛南本人だった。


『パパとか、他の調査員とも相談したんだけど。やっぱり起動状態の方陣を直接調べたくってねえ』


 とのことなので、望み通りに連れて行くことにした。危険は大きいが、仕事であれば全力を尽くすのがプロなのだ。

 もっともこの場合、圧倒的に危険なのは戦闘力を持たない愛南であるし、覚悟がいるのも愛南だ。一応護身用の拳銃が支給されているが、ただの気休めでしかない。


「愛南」


 自分の肩に回される愛南の腕に不自然な緊張を見て取った忍は、正面を見据えたままで呼び掛ける。


「お前の仕事の邪魔はさせねえ。だから上手くやれ」


 少し強目の口調だが、それゆえに明確な激励だった。まるで背中を乱暴に叩かれたような気がして、愛南の肩から適度に抜ける。

 だがそれよりも、忍の口からそんな言葉が出たのがあまりにも意外すぎて、愛南は思わず忍の顔を横から覗き込んでいた。


「なんだよ」

「い、いや……だってしのぶくんがそんなこと言うの初めてだから……。いつも弥恵ちゃん以外にゃ冷淡なのに」

「そうかよ」


 相変わらず正面を向いたまま、一瞥もくれない。表情どころか顔色一つ変えずにいた忍だが、そこへ進路上より高速で接近した物体が襲い掛かった。


「ふごっ!?」


 ガードが間に合わず顔に直撃を喰らった忍は、送電線から滑り落ちる。が、すぐに態勢を立て直して着地し、同時に住宅地の道路を全力で駆け抜けた。


「ひぃっ!?」


 耳元で愛南が息を呑む。この期に及んで何があったか訊く愛南ではない。敵から先制攻撃を受けたのだ。

 自動車の法定速度まで加速した忍に対し、愛南は戦闘の邪魔にならないよう両脚にも力を込め、あらん限りにしがみついた。

 お陰で両手が自由になった忍は、二発目の衝撃を今度は掴んで受け止めた。


(えっ、銃弾!?)


 掴んだ物を見て内心ギョッとするも、表情には出さない。掌にあるのは、潰れて歪んだ金属のピンのようなもの。狩猟用ライフルの弾丸だった。

 続く三発目と四発目も受け止める。拳で弾く方が楽だが、跳弾が民家に飛び込む危険性がある。

 銃声が聞こえないのを不審に感じながら、一発喰らった額を確認する。弾丸は皮膚で止まり、ちょっぴりコブになっているが出血はない。

 五発目を防いだところで忍は廃工場の敷地へ到達する。屋上からこちらを狙う銃口、そこを目掛けて一直線に突進した。


「!?」


 ライフルを構えていた、トレンチコートにシャッポを被った髭面の大男から、わずかに動揺が伝わってくる。引鉄に掛かった指が数瞬硬直し、その間に相手の正面まで一気に接近する。

 固く握ったゲンコツを、男の脳天へ振り下ろした。


「うおらっ‼」

「くっ‼」


 男は紙一重で避けた――つもりだったが、その風圧までは回避しきれず、衝撃波で顔面を潰されながらぶっ飛ばされた。

 あまりの威力に屋上の床ごと崩落させてしまい、着地する足場を失ったが、三階建ての高さ程度なら――。


「あ」


 ふと背中が軽くなっていることに気付いて、忍の顔から血の気が失せた。

 後ろを確認し、空中をすっ飛んでいく愛南を見つけた。パンチの風圧で吹き飛んだのは、謎の男だけではなかったのだ。

 忍は落ちていく瓦礫を蹴って加速を付け、いち早く地面へ着地した。慌てていたので頭から墜落するような形になってしまうが、転がるように立ち上がって愛南の元へ駆け出した。


「ジャッ‼」


 直後、工場内部の暗がりから、素早く何かが飛び出して忍を追う。

 体格は弥恵やゼノビアぐらい、黒い布で全身を覆った二つの影が、土煙を上げながら忍を追い上げていく。左右からの挟みうちで、両腕の鉤爪を突き出した。


「邪魔っ‼」


 相手に合わせて放った裏拳をカウンターとして叩き込み、影の顔面を潰しながら二つまとめて殴り飛ばした。構ってる余裕などない。


「ちぃっ‼」


 脇腹がチクッと痛む。鉤爪がちょっぴり掠ったようで、ドレスが無残に引き裂かれていた。また後で直さねば。


「それはそれとして!」


 地面が爆発するような踏み込みからの跳躍――。


「キャッチ!」


 落ちてくる愛南を抱き留め、着地の衝撃は回転で逃した。長い足をコンパスに地面に半円を描いて衝撃を逃がす。


「うおっ!」


 そこで抱えた愛南を大慌てで持ち上げた。直後、バンザイして無防備の腹部を銃弾が直撃する。

 多少堪えたが、コルセットと腹筋を貫くには至らない。


「し、しのぶくん!?」

「屁でもねえよ、こんなん! 悪かったな、愛南」

「こっちは平気だけど……こりゃ調査どこじゃないね」


 涙目ながらも愛南は気をしっかり保っている。あの状況で悲鳴一つ上げないのはさすがだ。


「一人で平気か?」

「あ、あたりきよ! ……気をつけてね」

「おう!」


 立ち上がった愛南の背中を押し、工場の敷地外まで走らせた。

 それを見送ることなく、忍は再び背後から飛び掛かった影二体を迎え撃つ。


「遅ぇ!」


 振り向きざまに振り下ろされた鉤爪を腕ごと掴んで受け止め、抵抗もなく握り潰した。


「ギャァァァ――」

「うるせぇ」


 耳障りな悲鳴を上げる口を、顔面ごと地面に叩きつけて塞いだ。一瞬だけ痙攣し、動かなくなる小さな影二体に見向きもせず、忍は再び工場へと突撃する。

 銃撃が止んでいるが、突き刺さるような殺気を感じる。撃っても無駄だと判断したのかもしれない。

 正面の入り口に飛び込むと、そこはベルトコンベアと複雑な機械が放置された作業場だった。二階まで吹き抜けになってかなりの広さがあり、身を隠すには打ってつけの地形だ。

 早速、入ってすぐにあった鉄板を裁断する機械に手を掛けた忍は、床と一体になったそれを床板ごと引っぺがして持ち上げた。


「どっせーいッ‼」


 怒号とともに二階の天井付近に見えたキャットウォーク目掛けてぶん投げる。

 直撃した通路が崩落し、機械と一緒に落ちてくる。長いこと放置されてサビだらけだったこともあり、崩壊が連鎖的に拡がっていく。照明器具まで落ちてきた。


「せやっ!」


 もう一つ、手近な大型機械を無作為に投擲した時だった。

 落ちてくる金属片から逃れようと動く気配を察知した忍は、足元の床の鉄板を一枚剥がして手裏剣のように投げつけた。

 高速回転する鉄板は、触れただけで鉄管だろうと錆びた工業機械やらを容易く切断する。


「うぷっ――」


 当然、人間の骨などひとたまりもない。黒いスーツにサングラスという如何にも怪しい白人男性を、右鎖骨から左最下段の肋骨に掛けて両断した。


「あん?」


 手応えのなさを不審に思いながら、活け造りになった男に駆け寄った。

 だいたい3:7で亡き別れになった男の体、特に体積の大きな下半分が、切断面から噴水のように鮮血を噴き出して膝から崩れ落ちた。微かに蠢いている上半分の傷口からも、赤い血潮が床へ広がっていく。

 ギリギリ生きている死体予備軍を注意深く観察し、忍は首を捻った。


「……人間か、これ? 何かおかしいっつうか……おい、なんで俺を狙った?」

「あ、う……」

「って、もう喋れねえか」


 苦悶の表情を浮かべる男は放置しても死ぬが、傷口が鋭利すぎて時間が掛かりそうだった。ブーツの踵で踏み潰し、トドメを刺す。

 完全に動かなくなったのを確認し、持ち物を物色しようとするが、どうやら敵も仲間をやられて隠れるのを止めたらしい。あちこちから殺気が全身に突き刺さる。せいぜい二人か三人かと思えば、十人近い多所帯だ。

 床に転がった錆びたナットやボルトなどを拾い集めながら、忍は口許を歪めた。


「たくっ、ここは日本だぜ。パンパンパンパン撃ちやがって」


 無造作に前へ踏み出した忍に、多方向から銃弾が放たれた。消音器付きらしく、火薬の破裂音や発火炎はしない。左側頭部と左右の脇腹に命中した。

 ちょっとチクッっとしたが、その程度だ。むしろ銃弾の角度から相手の位置が割り出せたので、拳の中のボルトを親指で弾き飛ばして反撃に出た。


「げチュッ」

「ぱぎゃ」

「――っ」


 命中したようで、工場の三箇所から血飛沫が上がった。

 辺りの殺気が薄れ、無言のどよめきが染み渡る中、忍は声を張り上げた。


「お前ら! 誰だか知らねえが、素直に降参するなら命だけは勘弁してやる。だが続けるなら覚悟しろ、俺は手加減はしない主義だ!」


 反響した自分の声が意外と高くて驚いている間に五秒が経ち、十秒が過ぎる。

 忍の耳に、銃の撃鉄が起きる音が届いた。


「オッケぇ、全滅だ」


 それが戦闘にすらならない、狩りの開始の合図だった。

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