第10話 犬種もいろいろ

 カルディナレ・ゼノビア――。

 日本に帰化したイタリア人の父と、同じく帰化したドイツ人の母の間に生まれた、出自と外見に反してバリバリの日本人である。

 昨年末に現役最年少の十三歳で二級狛犬戦闘員の資格を取得したが、それ以前から邪神級の魔物デーモンの討伐作戦にも参加して戦果を上げており、次代の超新星として全国でも注目されていた。

 その西洋人形のような整った容姿と類まれな戦闘能力から、去年の春から狛犬公式ホームページのトップに彼女の画像が使われており、広告塔としての活躍も期待されている。

 そんな期代のホープの人柄は、というと――。



「マーリルぅーっ‼」

「ぜーのーびーあーっ!!」


 比留芽市警察署のロビーで、ブロンドヘアの眩しい美女とホワイトブロンドが神秘的な美少女が、映画のような感動の再会シーンを演じていた。

 一見するとスローモーに走り寄った二人、そのまま抱擁でもするかと思いきや、マリルの長い脚から繰り出された回し蹴りをゼノビアがハイキックで受け止めた。

 マリルの剥き出しの脛に、ゼノビアのパンプスから繰り出された蹴りが突き刺さり、重厚な金属同士が打ち合ったような音が響く。

 なんだこれ? と忍が遠い目をして眺めていると、そこからカンフー映画ばりのアクションでの組手が始まった。

 警察署の署員は遠巻きにしながら気にした風もなく職務に取り組み続けていた。慣れたものであるが、たまたま訪れていた一般人は何事かと目を見開いていた。


「ふふふ。しばらく見ないうちに腕を上げましたね、ゼノビア」

「あの、最後に会ったの昨日の夜なんですけど……それと、やっぱり人前でこういうのは恥ずかしいので、出来ればこれっきりに……」

「甘いですよ、ゼノビア。いざとなったら衆人環視の中で怪人とも戦わなければならないのが狛犬なのです!」

「それはそうですけど、こういう大道芸みたいなのとは違いますよね!?」


 続けて漫才のようなやり取りが初まってしまう。それからさらに二言三言会話してから、ゼノビアはマリルを引き連れて忍の元へ戻ってきた。


「もういいんすか?」

「はい。ご案内、ありがとうございます」

「さっきぶりですね、西城君!」


 照れくさいのかバツが悪いのか引きつった苦笑いのゼノビアとは対照的に、マリルは何事かやりきったようなま爽やかな笑顔であった。


「ごめんなさいね。例の女神のことはまだ何も分かってないのです」

「いいんすよ、こっちも急な頼みでしたし」

「ううん。他でもないあなたの頼みです! すぐにでも取り掛かりましょう!」


 そう言って、マリルが力こぶを誇示するように腕を曲げてみせた。とてもパワーがあるようには見えない細腕だが、彼女も上級の狛犬である。最低でもコンクリートの壁ぐらいなら素手で割れるだろう。

 そんなマリルが忍にヤケに協力的なのは、何でも昨日のモール火災に彼女の恋人の娘が巻き込まれ、忍に命を救われたかららしい。

 マリルにとっても実の娘同然の相手らしく、深い恩義を感じてくれているようだった。


「そういえば、八雲さんと娘さんは一緒じゃないのかしら?」

「実は――」


 忍はマリルに、モールで天使と遭遇してからの一件を説明した。

 現在、栄一と愛南は忍がふっ飛ばしてしまった天使三匹分の魔晶の回収作業を行っている。栄一にしてみれば余計な仕事が増えたようなものだが、放置してはおけない。

 もちろん、初めは忍が自力で探そうとはしたのだが、愛南から、


『いらない。しのぶくん、モノ探すの絶望的にド下手くそじゃん。代わりに僕が残るから、カルディナレさんを警察署まで案内してあげて』


 と、厄介払いされてしまったのであった。

 なお、警察署に来たのは狛犬の拠点がここに置かれているためだ。警察と狛犬の業務は密接に関わっているため、どこの自治体も自然とそうなっていったらしい。


「昼間っから人目も憚らずに天使、ですか」


 話を聞き終えたマリルは、顎に手を当てて思索を初めた。


「それに新しい単語が出てきましたね。『楽園の女神』なんて私も聞いたことがありません。しかし、人の運命に干渉するような大きな力を持つ神性であるなら、もしかすると特殊戦略武装警察APSSのデータベースにならあるかもしれませんね」

「マジっすか? けどAPSSって……」


 忍の疑念に、隣でゼノビアも頷いた。

 警察署に常設されている専用端末からなら、ライセンスがあれば誰でも狛犬のデータベースにアクセス可能だ。しかし上位組織のAPSSとなるとそうはいかない。セキュリティクリアランスも高いし、そもそもどうやってアクセスするのかも検討つかない。

 だが、そこでマリルが自信満々に平たい胸をドーンと叩いた。


「任せなさい。これでも特級の狛犬ですよ? データベースへのアクセス権だって持ってるのです!」

「マジか」

「そんなの初耳ですよ、マリル?」

「ええ。だって使う必要がありませんから。だいたいの情報は狛犬側で事足りちゃいますし」


 マリルによれば、APSSと狛犬のデータベースサーバはリンクしているので、アクセス権があってもわざわざAPSS側に接続する必要性はないのだとか。

 一応、狛犬発足前の古い資料についてならAPSSサーバの方が充実しているらしい。だが職員ならいざ知らず、狛犬の任務でそんな情報を使う機会などほとんどない。

 マリルも特級になった直後、面白半分で閲覧して以来、使ったことがないのであった。


「というわけで前は急げ! 情報室へゴー、ですよ!」

「いいんすか? カルディナレさん、山吹さんに用事あったんじゃ?」

「ご心配なく。さっきのでだいたい片付きましたので」


 道すがら聞いた話では、ゼノビアとマリルは昨日まで地方に出現した大型魔物デーモンの討伐作戦に参加していた。

 作戦自体はつつがなく完了したのだが、件の娘が病院に担ぎ込まれたと報を受けたマリルは事後処理を任せて一足先に比留芽市に戻ってきたのだった。

 しかし、デブリーフィングや報酬の分配などであればメールや業務用SNSで事足りる。なのにわざわざ、ゼノビアが自分の拠点がある東京都市部からそこそこ離れた比留芽市まで足を運んだかといえば――?


「その娘さんが私のファンらしくて。一度会ってほしいと言われたら、断れません」


 頬に手を当て、悩ましくも照れくさそうに微笑むゼノビア。齢十三歳とは思えない色気である。それでいて育ちが良いのか本人の素養なのか、立ち居振る舞いにはいちいち気品すら感じられた。


「あんた可愛いな」

「へっ!?」

「間違えた。人がいいな」

「どう間違えたんです、今の!? あと、それだと褒められてない気がするんですけど!」

「うん。ただの感想だし」


 上げて落とされた気分のゼノビアからジト目で見られながら、忍はマリルの後ろに付いて情報室へ向かう……かと思いきや。


「そういえばここ来るのって初めてかも。西城君、案内ヨロシク!」


 そう言いながらマリルが戻ってきたので、結局忍が情報室まで先導していくこととなったのだった。



 所変わって、再び紅葉の丘ショッピングモールである。

 火災でただでさえ痛ましかった外観が、今や空爆でも受けたかのような有り様だ。忍が力み過ぎた結果である。

 特に天使を叩きつけたクレーターは被害が凄まじく、深さ3メートルに達していて建物の基盤まで崩していた。


「はぁぁ〜、もう。あの加減知らずめ!」


 崩れたクレーターの縁を覗き込んで、愛南が愚痴を溢す。もっともその口調は、弟のヤンチャを叱る姉のように親しみ深い。

 クレーターの底では、警察の怪事件捜査班が栄一の指示で魔晶を探している。彼らは一般の警察官だが、有事の際には狛犬の指揮系統に組み込まれる人員だ。


「恐ろしいものですね」


 不意に背後から呼び掛けられ、愛南は振り返る。現場の責任者だった中年の刑事だ。

 固太りの体格にヨレたトレンチコート、そして履き潰された革靴は、テレビドラマに出てくる男性刑事そのまんまだ。


「恐ろしいって狛犬――うちの西城が、ですか?」


 ストレートな愛南の物言いに、刑事が後頭部をガシガシ掻きながら愛想笑いを浮かべる。だが上手く笑えておらず、表情が固い。お世辞とか言わないタイプかな、と思ったが、黙っておく。


「お仕事の邪魔をする形になってしまって、申し訳なく思ってます。どうにも彼は手加減が苦手で」


 一応フォローを入れておくが、本心では「しのぶくんは派手にぶっ壊すのが好きなので」と言ってしまいたかった。

 狛犬には戦闘保険制度――任務中に起こした物的被害を補填するものがあり、ある意味狛犬組合で一番重要な制度とも考えられている。これがないと、最悪狛犬が暴れるせいで街が滅びた、なんて事態にすらなりかねない。

 今回のモールの被害に関しても、この制度が適応される――とは思われるが、元の建物がすでに商業施設として壊滅していたので、取り壊し費用までしか出ないと愛南は考えている。全ては明日やってくる、狛犬の監査員次第だが。

 だが、いくら金銭で補填されるとはいえ、自分の所有物が破壊されて喜ぶものはそういない。

 被害を省みずに暴れる狛犬に忌避感を持つ者も当然おり、それは協力関係にある警察や消防の中にこそ多くある考えだった。


「あたしも長くこの仕事してますんで、狛犬の戦闘員とご一緒することも何度かありました。その度に思うんですよ。もうどっちが化け物なんだかって」


 歯に衣着せない刑事の物言いも、愛南は否定しない。気持ちは分かる、とまでは言えないが、戦闘員よりは彼らの立場に近いつもりだ。


「すみません。でも彼らは狩人ハンターなので、みなさんのような人を守る立場ではないので。それにので、早急に駆除する必要がありますから」

「でも、あんたらは普通の人間なんでしょう? よく一緒にいられやすね」


 そこで、刑事は部下に呼ばれ、愛南に一礼して慌ただしく走り去っていった。

 言いたいことだけ一方的に言われた気がする。だが、その行動を否定するつもりももちろんない。


「あの人たちだって人間だよ、刑事さん。ちょっとズレてはいるけど」


 愛南の呟きはとても小さく、すぐに空気に溶けて消えてしまった。

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