第9話 やっぱりヒラヒラ
床を陥没させるほどの初速で飛び出した忍は、次の一瞬には一番手近にいた銀髪に肉薄していた。
弾丸のような加速から空中で体を豪快に半回転させ、相手の首を狙って浴びせ蹴りをお見舞いする。
完全なる不意打ちに成すすべなく蹴り飛ばされた銀髪は、モールの駐車場に猛烈な勢いで突き刺さり、地面を削りながら滑走していく。
残り三匹が異常に気付くも、忍はすでに身を翻してピンク髪の頭頂部を踏み付けていた。
「とあっ‼」
「ぎぇっ――」
ピンク髪の頭を足場に忍は跳躍し、踏み台にされたピンク髪は反動で地面へ真っ逆さまに叩きつけられた。
モールの壁に飛び付いた忍は、壁面を屋上まで垂直に駆け上がる。
「くっ! 行くぞ‼」
「おう!」
青髪と緑髪は翼から黄金の粒子を盛大に噴出し、急上昇して忍を追った。
屋上に着地した忍は飛び降りて追撃しようし、顔を出したその瞬間を青髪の槍に狙われる。
「おわっ!?」
穂先が忍の鼻先を掠めるギリギリのタイミングで体を反らして回避し、バックステップで屋上の縁から距離を取る。髪の毛の先端がいくらか消し飛んだ。
青髪と緑髪は忍を見下ろせる高さで停止しており、武器を持っていない方の手に力を込めて忍を睨んでいた。
「むぅん!」
「ふっ‼」
両者の手がバチバチと放電を初め、何をする気か様子を見ていた忍へと突き出される。
そして次の瞬間、放出された雷がビームとなって忍を襲った。
「げっ!?」
さすがに光の速さには対応できず、直撃を受けた忍は実物の雷にも匹敵する電圧に全身を焼かれた。
が、それだけだ。
「い、いってえな、ド畜生が!」
口が耳まで裂けたような凄惨な笑みを湛えた忍は、自分に突き刺さった電撃レーザーを素手で掴んで受け止めた。
「ぬっ!?」
緑髪が異常に気付くが、手遅れだ。突き出した左腕が、鎖で縛られたように動かせない。
「なんだ!?」
青髪も慌ててビームを引っ込めようとするも、エネルギーを無理矢理引きずり出されているようで止められない。
これぞ相手のエネルギーに干渉し、掴んで固める狛犬の基本戦術――サイコキャッチである。
念動力などの不可視の力を、掴んで受け止め投げ返す。またはサイコキネシスを引き千切って反撃する技だ。
さらに相手から直接放出されているエネルギーを掴めば、このように逆用して拘束することすら可能である。
「うおりゃっ‼」
忍は力任せにビームを引っ張る。
緑髪と青髪が粒子を大量噴出して抵抗を試みるが、細やかな時間稼ぎにもならず両者は空中で激しく衝突させられた。
「ごあっ……!?」
「ぐおっ‼」
くぐもったうめき声が双方の口から漏れるが、忍はそこで終わらせるお人好しではない。
深く腰を落とし、床に両足が沈むほど踏ん張ると、空中で一塊にした二匹の天使をぶん回し始めた。
腰を支点に上半身全体を豪快に大回転させ、周囲に猛烈な旋風を巻き起こし、モール全体を震わせる。
風を切る音がどんどん甲高くなり、忍の足元から床の亀裂が拡がる。
肉眼では捉えきれない回転速度に達した先端の天使たちだが、まだまだ余裕のある忍はますます調子に乗って獲物をぶん回した。
「秘技、人間大旋風ッ‼ とぅあ‼」
そして床が崩落する寸前で、回転を維持したまま再度跳躍した。
当然バランスが崩れて地面へ真っ逆さまだが、最初から飛び降りるつもりだったので問題ない。
屋上の縁から飛び出した先、忍の落下地点には――。
「いったた〜っ、あんにゃろう!」
陥没したアスファルトから立ち上がろうとするピンク髪がいた。
それを目掛け、忍はビームを持つ手に渾身の力を込めて振り下ろす。
「美少女の頭を足蹴にしやがって! マジ許さ――」
屋上を見上げたピンク髪が最期に目にしたのは何だったのか。
忍は重武装の天使二匹に高速回転を加えて質量武器へ変え、ピンク髪にそれを叩きつけた。
断末魔の悲鳴などない。駐車場の地面を土台の深さまで捲り上げた衝撃が、地域一体に局所的な地震となって響き渡る。
肉体を文字通りに爆裂させて瞬時に魔晶化した天使三匹も土砂と一緒に飛び散り、あまりの威力で結局モールの屋上も崩落、地下エリアまで露出させてしまった。
栄一を含めた警察関係者や消防隊も、大慌てて外へ飛び出してくる。
そして、その惨事を引き起こした張本人は自分で作ったクレーターの中心で、
「……気持ち悪ぃ」
と呻きながら目を回し、大きな尻が持ち上がった間抜けなうつ伏せ状態で突っ伏していた。完膚なきまでの自滅である。
「何だ、こりゃあ!? 隕石か!? まさか
栄一がドカドカと怖いもの知らずにも穴の縁へと走り寄っていく。しかし穴の底で悶える忍を認めると、露骨に肩を落としてガッカリした。
「な〜んだ、また西城君か。駄目じゃないか、こんなことして!」
「すんませぇ〜――うげぇ」
返事をするために首を動かした忍は、それだけでジェットコースターで急降下したような酷い目眩に襲われる。
それでも伝えるべきことは伝えようと、吐き気を堪えて声を張り上げる。
「て、天使に襲われました! もう一匹、仕留めてねえのがいます‼」
「何だって!?」
辺りを警戒した栄一は、すぐに地面を抉りながら何かが滑っていった痕跡に気付く。
それを辿った先では、ヨロヨロと立ち上がった銀髪の男が、背中の羽根から黄金の粒子を噴射して飛び立つのが見えた。
「こ、こりゃいかん!」
すぐさま追いかけようとする栄一。だが彼は狛犬とはいえ調査や鑑定が本業で、愛南同様に一般人並みの戦闘力しか持たない。
やや情けなくも聞こえる声色で、近くにいた警察官に大声で呼び掛けた。
「け、警察の人ー! あいつを撃ち落としてくれー!」
「え、えぇ!? そんな、急に!?」
「急いでくれー! あいつを逃がすわけにはいかないんだー!」
残念なことに、その場の誰もが現場で銃を撃ったことなどなかった。守るべき市民がいるならいざ知らず、咄嗟の事態に混乱している間に、銀髪天使はフラフラながら電線より高い位置に到達していた。あれではもう警察の銃では届かない。
もう打つ手が無い、と思われたその時だ。
飛行している銀髪の頭部に、どこからか飛来した槍がざくりと命中。突き刺さった勢いのままこちらへ戻ってくるではないか。
銀髪は忍が作ったクレーターから3メートルほど離れた地面に縫い付けられた。すでに息絶えているようで、全身の輪郭が急速に薄れて魔晶化していく。
銀髪に刺さっていた槍は、むしろ銛に近い形状で、銀髪の頭蓋骨を貫通していた。栄一が思わず顔を背けるぐらいには痛々しい有り様だ。
「何だ!? どうなったんすか!?」
ようやく忍がクレーターから這い出してくると、遠くからよく通る可愛らしい声が聞こえてきた。
「そこの人ー! これでよかったですかーっ‼」
右手に自身の背丈ほどもある大きな弓を携えた少女が、大きく手を振りながら走り寄ってくる。
弥恵とそう変わらない体格の少女だ。瞳は蒼く、きめ細やかな白い肌に彫りの深い顔立ち、ホワイトブロンドの髪を両肩からみつ編みにして流した、西洋人形を思わせる美少女だった。
人形っぽいのは無機質なほど整った美貌だけでなく、服装のせいもある。黒を基調とした装飾の少ないゴシック系のドレス、そして裾が大きく開いた膝丈までのV系スカートは、地方都市の住宅街では限りなく浮いており、ある意味では天使以上に現実感が希薄だ。
その表情は活き活きと輝いており、自信に満ちた満面の笑顔が眩しかった。
「って、あぁぁぁーっ!?」
かと思えば、立ち上がった忍に目を見開いて驚愕し、前傾姿勢で一気に加速。
「そこのお姉様ァァァァッ‼」
その叫び声がこちらに届くよりも速く忍の懐に潜り込み、サラシが取れて剥き出しになっていた両胸を鷲掴みにした。
「あんた何つーカッコしてるんですかーっ!? ちゃんと隠して――どうしてコートの下が裸なんだぁぁぁっ!?」
どうやら、忍の胸が衆目に晒されぬよう庇ってくれたようだ。そういえば青髪の攻撃を避けたときにサラシだけ持っていかれていたが、そんなことはどうでもいい。
(こいつ、動きが視えなかっただとッ!?)
忍とてボーッと突っ立っていた訳ではない。だというのに、一瞬ブレた少女の姿が目の前に現れるまで反応出来なかった。
もしも少女に害意や敵意があれば、今ので致命的な一撃を喰らっていたかもしれない。
(まさか……こんな弥恵と同じぐらい小っこい女の子が、俺より強い!?)
自らの予測に全身の毛穴が開き、冷たい汗が背中に滲む。
だが一方の少女もまた、この事態に困窮していたのだ。
「うわ……すごいふわふわぁ〜……わ、私も将来これぐらい――はっ!?」
丹念に忍の胸の感触を楽しんでいた少女だったが、ふと冷静に自分の現状を省みて、紅潮させていた顔を瞬時に青くした。
「はわわわわっ!? 見知らぬお姉様、咄嗟のこととはいえとんだご無礼を! で、でも出来ればすぐにでも前を隠して頂けると、私も手をどかせるんですけど……」
(ただ者じゃねえのは確かだな。人間のようだが、狛犬か? こう見えて年上だったりする? つーかよく見なくても可愛いな、こいつ。こういう服、弥恵も着てくれねえかな……いや、今の俺ならこういうのも……)
「どうして無言でニヤニヤしてるんです!? そーゆーのが一番怖いんですけどっ!?」
「ん……ああ、悪い」
忍は考えが明後日の方向へ脱線しかけたものの、少女の両手を解放するべくコートの前ボタンを閉めようとした。
しかし凶悪なまでの質量を封じ込めるのは一苦労で、せっかく掛けたボタンが今にもはち切れそうな有様だった。やはり、服装を根本から見直す必要があるようだ。
「……あれ、もしかして君は……」
その時だ。ここまで黙って忍の胸――もとい、動向を見守っていた栄一が、何かに気づいて少女の顔を覗き込んだ。
掌に残る感触を反芻してデレデレしていた少女が、瞬時に表情を引き締めて栄一へ向き直った。
「比留芽市狛犬組合長殿ですね? 狛犬二級戦闘員のカルディナレ・ゼノビアです」
狛犬には決まった敬礼がないので、ペコリとキレイなお辞儀をしたゼノビアに、栄一は「おお!」と感嘆の声を上げた。
「君がゼノビア君か! 噂は聞いているよ、会えて光栄だ!」
自己紹介しながらゼノビアと固い握手を交わしている栄一に、事情が分からず二人を交互に見比べていた。
「ねぇぇぇ〜! いい加減に誰か気付いてよぉぉぉ〜っ!」
そこへ聞こえてきた声に、三人とついでに周囲の警察官達も揃って上を見上げる。
さっきの忍の一撃で廊下が崩落し、そのせいで上階に取り残された愛南が、半べそ掻いた恨みがましい表情でこちらをじーっと見つめていたのであった。
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