第5話

 どうにも気持ちが落ち着かない。

 頭の中をからっぽにしたくて、ガシガシとバスブラシを動かす。バスブラシの軌跡を示すように、洗剤の泡が広がっていく。

 濡れた床は滑りやすい。そこに洗剤があったな尚更だ。義足が滑らないように注意をしながらもブラシを動かす。


 さして広くもない浴室は、すぐにブラシをかけ終わる。

 シャワーからお湯を出して、洗剤の泡を流したら、最後にパイプ洗浄液を流し込む。

 浴室は湿度が高い分、汚れやすい。それに排水口も詰まりやすい。浴室の掃除だけじゃなく、パイプの洗浄も定期的に行わないと排水口が詰まってしまう。

 洗浄液を入れてから、洗い流すまでに数分置く。


 手が空いてしまうと、また同じことを考えてしまう。


 それは今日見つけたコメントだった。

 そのコメントには動画を馬鹿にする言葉と共にスーパーの名前が書かれていた。

 近所にあるスーパーの名前だった。

 チェーン店の一つであるスーパーだ。俺が使っている店とは限らない。同じ名前の別のスーパーである可能性もある。しかし、ない。ないだろう。わざわざコメントに残していったのだ。俺が日常的に買い物に出かけている、あの店を差しているに違いない。


 それを書きこんだのが誰なのか分からないが、スーパーで買い物をしているのを見られたのだろう。

 スーパーでの買い物は平日に一人で行っている。当然、買い物中は無言だ。動画で聞いた声だと気づかれることはない。


 それで俺を見つけたのであれば、知り合いの誰かということになる。

 コメントを書き込んだユーザー名を見ると、前にも暴言と片足の書き込みをしていたアカウントだった。


 声で気づいた誰か。

 そんな想像をしていた。


 では俺が行っているスーパーを知っているのは誰だ。

 仕事上であれば、営業だったのだから、取引相手が大勢いる。しかし、家の場所を知っているわけではない。仕事相手に住所を教えることはない。

 なら同じ会社だった誰かだろうか。

 会社を辞めても、引っ越しをしたわけではない。会社にはまだ俺の住所のデータが残っているはずだ。


 それに親しくしていた何人かは、正確な住所はともかく、どのあたりの地域に住んでいるのかは知っているはずだ。

 親しくしていた誰か。退職してから連絡は取っていない。親しくしていても、仕事上の関係だったということだ。しかし、わざわざ暴言を書き込む程に、嫌われていたとは思えない。


 会社のデータを見た誰か。

 それを見やすいのは総務部だろう。在職中は何度かミスをして迷惑を掛けた覚えもある。

 しかし、やっぱり今更の話だ。そして平日の昼間ばかり買い物に行っている俺を見つけるということは、平日に仕事を休んで見に来たのか。ありえないだろう。被害妄想にも程がある。


 生活圏に、俺を嫌って、暴言を書き込むような誰かがいる。

 それはとても大きなストレスだ。

 五体満足だった時ならともかく、義足の今は何かあっても、逃げることさえままならない。

 かと言って、コメントについているユーザー名は本名でもなく、ユーザー名から想像できるような相手がいるわけでもない。


 考えがまとまらない。

 頭を振って、洗浄液を洗い流す。

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