第4話

 浮かない気分のまま、電子レンジをセットする。

 今日の昼食はうどんにした。一人分の冷凍うどんを電子レンジで温めて、市販の濃縮つゆをお湯で割ったものに入れるだけだ。

 ああ、妻に怒られるから、卵も落としておこう。


 最近は動画のネタにしていることもあって、いろんな冷凍食品を食べている。

 中には主菜だけでなく、付け合わせの野菜までセットになっている冷凍食品もあるし、冷凍のラーメンだって野菜や焼き豚までセットになっている。

 たまに素うどんで済ませるくらい問題ないと思うが、妻としては何もトッピングがない、うどんのみは許せないらしい。


 うどんをすすりながらも、頭の中を占めるのは少し前に見たコメントだ。

 否定的なコメントは、いつも目につくようになった。

 そうでないコメントからすれば少ないが、割合が少なくてもコメントの総数が増えれば否定的なコメントも増える。そういうコメントは出来るだけ気にせずに、目に映るだけにして流すようにしている。でも、そのコメントは目に留まった。


 そこには罵倒する言葉と共に「片足」の文字があった。

 動画では事故のことも、義足をつけていることも言ってはいない。

 映像は机の上と、レポートする冷凍食品を撮ったものばかりだ。自分の顔を出しているわけでもない。


 どこで足のことを知ったのか。

 それが気にかかってしょうがない。


 もしかして、映像の隅にでも映ったことがあっただろうか。それとも知人が動画を見て、俺だと気づいたのだろうか。

 顔は出していないとは言え、レポートする声は自分の声だ。今であれば読み上げソフトがあることも知っているが、動画投稿を始めた頃には、自分の声でレポートする以外の方法を知らなかった。だから知り合いがたまたま動画を見て、声で気づく、という可能性はある。


 前職では営業だったのだ。

 社内だけじゃなく、取引先まで含めるとかなりの人数と会話をしてきている。

 もっとも、仕事上の会話だけの相手が、動画の声で気づくかというと疑問だ。記憶というものは割りといい加減なものだ。毎日のように顔を合わせていても、それがスーツ姿であれば、休日の私服姿ですれ違っても気づかない。動画の声を聞いて、いくつもある取引先の中の、一人の営業職を思い出せるものだろうか。


 多分、俺には無理だろう。仕事先で会った顔はある程度覚えていても、声までは覚えていない。

 それに、もし気づいたとして、わざわざ罵倒するコメントを残すだろうか。

 仕事上での付き合いでは、嫌いな相手も、苦手な相手も居た。別に友人というわけでもない。あくまで仕事上の付き合いなのだから、別に仲良くしなければいけないわけでもない。


 それは相手にとっても同じだろう。

 俺を嫌っていた奴も居たはずだ。

 仕事相手にそれを見せるかどうかはともかく、居たはずだ。

 それでも、仕事を辞めて、関係がなくなった相手に、わざわざ罵倒を残すほど嫌われる相手がいたかは分からない。

 声というのも推測でしかないし、どこまで考えても確信はもてないのだろう。それだけに気持ちは沈んだままだ。


 午後は動画編集の前に、気分転換の方法を考えたほうがよさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る