第一章 第2話 パンドラ②

 自分からの部屋を探してⅠ〜Ⅵの数字が書かれた部屋の扉を順番に見て回る100人余りの人の群れ。


 扉の横、チップリーダーの下にある画面に書かれた自分の数字を探していれば突然強い力で腕が引っ張られる。


「よぉっ! やっぱり神宮寺じゃねーか! しっかし、よりにもよってようやく見つけた知ってる奴がネクラの神宮寺とはなぁ」


 短い癖っ毛は襟首の所だけ伸ばされており、金と言うに相応しい程に明るい色に染め上げられた髪。 左耳には小さなリング状のピアスが5つも連なり、鋭い目付きと骨張った顔とが目を合わせてはいけない人だと物語っている。


 緩めたネクタイをそのままに、シャツのボタンを二つ外した風貌はヤンチャな若者そのもので、事実 《寺尾てらお 克之かつゆき》は剛達2年生400人を代表する番長格であった。


「おめぇ、部屋は……まぁいいや、ちょっと来い」


 連れて行かれた先は、自分で解散を告げたはずなのにその場を動かず、未だ踏み台の上にいたCパケッツの責任者ゆうこりんの元。


「なぁ、ゆうこりん。 お願いがあんだけど聞いてくれね?」


 やって来た二人に「なんぞ?」と視線を向ける目上の幼女に馴れ馴れしく話しかけるが、この中で一番偉い人物に向かってそれは無いだろうと目を丸くする剛。


「聞くだけならタダだよっ、言ってみるが良い、狼少年」


「おっ、そうか? あのよぉ、俺とコイツ、ダチなんだけどさ、一緒の部屋に替えてくんねーかなぁ? それくらい良いだろ?」


 意外にも怒るどころか嬉しそうな目で克之の話を聞き終わると、ポケットから端末を取り出して何やら操作を始める。


「んん〜そうだなぁ……確認だけど、そっちのボクちんは異存無いのぉ?」


「もっちろん、あるわけねーよなっ?」


 一瞬の隙も与えず首に腕を回して逃げ道を塞ぐと、剛が行き着く答えは一つしか無くなってしまう。

 それでも答えあぐねていると「なっ?」という確認の言葉と共に腕に力が入り、言外に「早く答えろ!」と迫られる。


「まぁ、パケ内の部屋の移動なんて問題無いから良いけどね〜。

 世の中には色んな趣味の人がいるからさっ、一応聞いておくんだけど、同じ部屋が良いって言ったけど一部屋に二人でって意味じゃぁ……無いよ、ね?」


 よからぬ事を期待して輝く幼女の目に、流石の克之も「コイツはヤバイ」と悟ったのだろう。 数センチだけ身を逸らし「ったりめぇだろ?」と答えれば「りょ」と素っ気ない返事を返して再び端末を弄り始めた。


「君達の愛の巣はⅣセクの2グルだよ。 もう一人同居人が居るから仲良く三人でヤッてくれたまえ。 病気予防の観点からも〈生理用品〉の使用をお勧めしておこう。

 でゎっ、検討を祈る! さらばじゃっ」


 ポケットから取り出した何かを有無を言わさぬ早業で剛の手に握らせると、片手を挙げて逃げるように去って行ったゆうこりん。


 肩を組んだままの格好で不審そうに見る克之の目に促されて手に押し込まれた ガサガサ いう何かを確認すれば、それを見て大笑いを始めた。


「あの幼女、頭イカれてるだろっ! クククククッ、あぁ〜腹痛てぇっ。

 っつかよ、さっき言ってた男の生理用品って何かと思ったらゴムの事かよ。 やっぱアホだぞ、アイツ」


 それは陰茎に被せて避妊を測る為の世間一般では “ゴム” と呼ばれる代物。


 現物を見れば、使った事の無い剛とてそれが何かを理解する事は出来る。

 しかし、だからと言ってそんな物を渡されても使い道などは無く、同性愛者だと勘違いされたことが心に重くのし掛かり、肩に回されたままだった克之の手を払い退けてしまった。


「まぁ、取り敢えず部屋に行こうぜ」


 自分が何をしたのかに気付き ハッとした時には克之は背を向けて歩き始めている。



(部屋に行ったら殴られる……)



 そう思いはしたものの、何処かに逃げ出す事も、ずっとここに立っている事も出来ないと理解が及べば “行きたくない” 気持ちとは裏腹に鉛のように重くなった足を動かしその後に付いて行くしかなかった。


「ほれっ、飲むだろ?」


 途中で自販機のような機械から水の入ったペットボトルを取り出すと、その一本を軽い感じで手渡してくる。

 その顔は剛の想像とは違い別段怒っている様子もなく、目立った感情のないごく普通の表情。


「んだよ、いらねーのか?」

「あ……ごめん、ありがとう」


 恐る恐る受け取れば、空いた片手で早速封を空け半分ほどを一気に飲み干すと、再び歩き始めてしまう。


「ねぇ、聞いてもいいかな?」

「あぁっ?」


 他人からの言葉に返すのではなく、自分から声を掛ける、人と接する事が苦手な剛にしてみれば勇気を振り絞っての行動。 しかも相手は400人を牛耳る番長、克之。 剛からしたら全力とも言える渾身の一言であったことだろう。


「あの……さ、なんでわざわざ僕なんかと同じ部屋に替えてもらったの?」


 今の今まで何にでも反応が早かったにも関わらず、立ち止まった克之は黙ったまま何も答えない。


 その態度を見れば地雷を踏んだと悟るのも無理はなく「ヤバイ」の一言が頭を埋め尽くした時だった。


「お前、さ……日本が消されたって信じてるか? みんな死んじまったって、信じてるの、か?」


「え? あの……し、正直なところ、よく分からない。 今は悲しさも実感も全然無いけど……あの放送と振動とが、なんとなくだけど真実なんじゃないか、と、思い始めてるよ」


「俺も似たようなもんだ。 みんなが死んじまうところを見たわけじゃねぇけど、あの振動は本物に思えてならない。 つまり家族もダチ公もみんな居なくなっちまったってことだ。


 そんな中でよ、禄に喋った事も無かったお前を見つけた時、妙に嬉しくなっちまったんだわ。 まったく知らねぇ大人達の中で、俺と同じ学校行ってたってだけのお前を見て、だぜ? 我ながら笑える話だけどよ、たぶん、俺、寂しかったんじゃねぇかな。


 だからよ、気が合うかどうかは知らねぇけど、生き残った者同士仲良くしようや」


 自分で言う通り、何とも言えない寂しさの混じる顔で振り向いた克之。


 苦笑いとも言える無理に作られた笑顔で拳を伸ばして待つ姿にどうしたら良いのか分からずにいれば、「嫌か?」と小さく眉が動くのが分かる。


 初めて言われた友達宣言に理解が追い付くと、心なしか剛の心に暖かいモノが宿った感覚に陥り嬉しくなって少しだけ顔が綻ぶ。


“YES” の想いを載せ、覚束ない仕草で手を伸ばして自分の拳を克之の拳とくっ付けた剛。



 彼にとっては小学校以来の友達が誕生した記念すべき瞬間であった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る