第一章 第2話 パンドラ①

 世界を見回してもその大きさが見劣りすることのない規模を誇る四十万しじま府立、久城崎くしろざき大学附属医科学病院。


 その地下150メートルに存在する世界でも類を見ない大きさの巨大地下施設である核シェルター《パンドラ》は、《ヴィルカント》と呼ばれる六角形をした中心部から、ドイツ語で区画を意味する5つの《パケッツ》へと枝分かれしている。


 健康状態の優劣によりA〜Eまでの5つのグループに振り分けられた避難者達は、それぞれのパケッツへと別れて行き、更に細かく分けられる事となった。



 各人に与えられるのはおよそ三畳の個室。

 ベッドと収納式の机、それに折り畳み式の椅子があるだけのシンプルな部屋ではあるが、エアコンは勿論のこと空気清浄機に加湿機能まで加わった快適性を追求した部屋となっている。


 個室が4つで1つの《グループ》となり、グループに1つのシャワー室と、2人掛けのソファーが2台置かれた五畳のリビングが用意されている。


 更に、1〜6まで番号の振られた6つのグループで1つの《セクション》と呼ばれ、その真ん中に位置するスペースに洗面台とトイレが設置され、Ⅰ〜Ⅵまでの6つのセクションで1つの《パケッツ》となっている。




 出口で待ち構えていた黄色のナースキャップが慌てふためく姿を見て不審がるのは当然の反応だろう。


 マイクロチップの埋め込みが終わったたけるが逃げるように出てきた場所は4メートルもの幅のある広い通路。 その場所はヴィルカント、つまりシェルターの中心部で、目の前の壁の向こうには集中制御室と一部の管理者達の部屋があるのだが、そんな事は知る由もない。


 指示に従い歩き始めれば、3つ目の角を曲がったところでようやく目的の扉に辿り付く。


 スペースを目一杯使い〈C〉と書かれた二メートル四方の扉の横にあるチップリーダーに左手をかざせば、画面に〈554〉と表示され、 ピッ と言う電子音と共に画面が赤から緑へと変わったと思った次の瞬間には二重になっている鉄の扉がゆっくり開き始めた。


「やっと揃った」


 愚痴るように告げたのは3人の黄色ナースキャップの内の一人。


「私の名前は《天野あまの 秞子ゆうこ》このパケッツの責任者だよ。 気軽にゆうこりんって呼んでねっ!

 このCパケは体調が良くも悪くもない方達の暮らす場所になってますぅ。 健康状態の悪化には十二分に気を付けてくだっさい」


 100人ほどの人の前に立ち、踏み台に登り見下ろしていたのは身長140㎝も無いだろうと言う小柄な女性で、失礼ながら見た目からしたら小6か中1かと言った幼い容姿。


 もしもその頭に黄色のナースキャップが無かったとしたら、いくら同色のナース服を着ていようとも「止めなさい」と台から引きずり降ろされている事だろう。


「このだだっ広い場所は《ルーエ》で〜す。 ドイツ語で憩いや安らぎと言う意味ですがぁ、その名の通り食事や運動、他の方とのコミュニケーションの場となりますねぇ」


 責任者がこいつで大丈夫なのかと思ったのは多数派の意見だろう。


 だが、「そんなの関係ない」とばかりに幼女ゆうこりんの口から始まった核シェルター《パンドラ》の説明と、守らなければならないルールの抜粋。


「パンドラの最大の特徴は電気と水が使い放題という事です! これって凄くなぁい?


 ここより更に深い層にある地下水脈に設置された最新型の発電装置は、その能力を最大限に発揮して地下シェルターに居ながら今までと同じように電気のある暮らしが可能になってま〜す。 つまり避難生活にも関わらずちょ〜快適って事ですね!


 そして地下水脈と繋がっているという事は当然のように水が使い放題って事なんですけどぉ、無駄遣いは止めましょうっ。

 この水はですね、放射線は勿論、水質検査をして常に監視されている安全な水……な、の、で、す、がっ! 硬水に近い成分なので、飲むのは用意された飲料用のペットボトルの方がお勧めですね〜」


 避難生活と言えばただ ジッ と時が過ぎるのを待つだけの苦しい時間だと思われがち。 例え蓄電池等で電気があったとしても節電して極力使わないようにするのが常識だろうし、水なんて飲料水ですら出来うる限り飲まずに取っておくのが当たり前だろう。


 しかしこのシェルター、パンドラに関してはそんな窮屈さを感じさせない仕様。 それこそ本当に避難生活なのかと疑わせるような快適性を兼ね揃えていた。


 しかも最も重要な食事に関しても十分な蓄えがあるらしく、日本人の大好きな白米も食べられる上に、材料の許す限り自分で作りさえすればパンも食べられるというから驚きだ。


「ここでの生活を健康に過ごしてもらう為、ご飯は一日三食必ず食べる決まりですっ。 それぞれ時間が決められていますのでぇ、各自でキチンと採ってくださいねっ。

 また、何度か採られない事が見受けられますとぉ、警告の末、改善が見られなければ罰則もあり得ますのでご注意されたしっ!」


 快適そうに聞こえるパンドラの生活だが〈管理〉という点に関しては少々窮屈かも知れない。


 扉を開けるのに左手に埋め込まれたマイクロチップをかざせば済むのは鍵を持ち歩かなくて良いので便利かも知れないが、それがシャワーやトイレまでとなると首を傾げなくてはいけなくなる。


 食事や水を貰うのにも当然のようにチップリーダーに手をかざす必要があり、それは全て『健康管理の為』と言い切られてしまえば反論など出来はしない。


 まぁもっとも、その程度の事を拒絶して焼け野原となった日本に投げ出されでもしたら目も当てられないので、日本が壊滅したというのが半信半疑ながらも意見を述べる者は誰もいなかった。


「残念ながら大した娯楽はありませんが、運動不足解消の為にジム施設はありますっ! これも一日15分の使用義務がありますのでぇ、自分の好きな時間に利用すべしですっ。


 あ〜、後、娯楽と言えばモバイル端末の貸し出しもあったりします。 1,000本ほどの映画やテレビドラマなんかが見れますが、端末の数に限りがありますので一日事に返却する事としま〜す。


 あとわぁ……それぞれの個室はある程度の防音になってはいますが、エロいのを見る時は他の人の迷惑にならないよう音量には気を付けてくださいねっ。


 ついでに言いますとぉ、エロい事をするのも自己責任で ガンガン どうぞって感じですが、音漏れには十分気を使ってくださいね〜。 ちなみに “男性用の生理用品” もありますので必要な方は ピッ てして受け取って思う存分使っちゃってください!


 そんな感じですかね、じゃあ遅くまでお疲れ様でした〜。 かいさ〜んっ」


 幼女には相応しくない発言をサラリと口にしたゆうこりんは何食わぬ顔で解散を告げた。 場の空気がおかしくなる前に気を逸らしたのが計算していた事だとしたら大したもんだと言えよう。

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