序章 第3話 滅亡の回避③
再び訪れた静かな時に、一体いつになったら到着するのだろうと考え始めた頃になってようやく出口らしき明かりが見えてくる。
動く歩道を降りて数歩歩いた先に待ち受けていたのは高さ5メートル、横幅8メートルの白い空間。 看護師も含め500人を超える人の波がそこに集結していたのだった。
剛に続く看護師達が部屋に入ると、入り口すぐ脇の壁に付いているパネルを操作する婦長。 すると、音も無く分厚い扉が動き出し、良く見ないと継ぎ目すら分からないほどに綺麗に閉まりきる。
広いとは言え密閉された空間に閉じ込められ人々の不安が濃くなり始めた時、奥の壁を目一杯に使い一人の男が映し出された。
真っ黒な髪をオールバックにし、フレームの細い丸眼鏡をかけた姿はいかにもやり手のサラリーマン。 一部の女性には今だ人気のある三高と言われる者を体現した30後半から40歳を思わせるその男は、白いワイシャツの上から羽織った白衣だけが医者であると告げていた。
⦅ようこそお越しくださいました。 私は当病院の院長を務めております、このシェルターの管理者『八代 政彦』と申します。
皆さんが今居る場所は既にシェルター内なのですが、正面の扉を潜りますとこれから120日もの間寝食を共にする為のスペースとなっています。
出来るだけ快適、かつ、健康に過ごす為に第二層で健康チェックを受けてもらいましたが、結果としては全ての方が合格ラインにあり、一人の退所者を出す事なくこの場にお連れ出来たことを嬉しく思います。
しかし今、そのデータを元に健康状態別に部屋割りをしている最中です。
その作業が済み次第順次お部屋の方に案内させてもらいますが、そろそろ時間のようですので、万が一を考慮してその場の床へと腰を降ろしてお待ち下さい⦆
男の映像が消えると同時に、この病院の看護衣とは違う、鮮やかな黄色のナースキャップに同色のナース服を身に纏う看護師達が「座って下さい」と声を上げ始めた。
「座りましょう」
背後から婦長と呼ばれたベテラン看護師の声が聞こえて振り返れば、その指示に従い腰を降ろし始めた看護師達の姿がある。
その中、婦長の隣にいた美人看護師、咲も他に倣いちょうど蹲んだタイミングだった。 身を包む桃色の看護衣が重力に従い少し浮いてしまい、首元の隙間が広がっている事に目が釘付けになった剛。
しかし、いくら見ていようとも、身体を動かす仕事をこなす為の職業服からはその先が見えるはずもなかったのだが、それでも期待してしまうのが若さ故……いや男というものだろう。
先程の良からぬ妄想が思い起こされ再び顔が熱を帯びると、運の悪い事にそれを咲本人に見られてしまう。
瞬時に全てを理解した彼女に「あっ!」という顔をされた事に気付き、反射の如く素早い動きで前を向いて座るもののそんな事をしてもバレた事実は変わりはしない。
視線に気付かれた事に何を言われるのかと ドキドキ していた剛だったが、先の玲奈のように弄られる事もなく、声を掛けられる事すら無いままに時間だけが過ぎて行く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
振動はそれほどではなかったが、壁や床、天井を伝って聞こえてくる長い地響きに、日本と言う国の寿命が尽き、ここに避難した僅かな人数を残して1億を超える人の命が散って行くのだと知らしめる。
あの放送は本当だったのだ。
それはつまり、ここには居ない家族との別れの時間であった。
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