第一章 快適な避難生活と友達

第一章 第1話 入所準備①

 体験した事もない本物の恐怖に震え誰しもが思わず頭を抱える中、日本という国ごと新種のウイルスを焼き尽くす為の振動は暫くの間続いた。


 最初の振動が感じられてから30分ほど経っただろうか、シェルターに逃げ込んだ人の精神を蝕む地響きは収まりはした。 だが心に深く刻み込まれた感覚は健在で、破壊される様子は目にしてないにも関わらずテレビや映画などで見知った映像が脳裏に浮かび恐怖が恐怖を呼び震えが止まらない。


 そんな人々を気遣ってか、木の葉の擦れ合う音、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ等が織り混ざった所謂ヒーリングミュージックが流れ出し、暫しの時間が流れて行った。


⦅核シェルターはその力を発揮し、無事に生き存える事が出来たようです。

 ですが我々は、多くの友人、知人、同僚、そして家族をも失いました。 その方々とのお別れとご冥福を祈り、黙祷を捧げましょう……黙祷!⦆


 1分という時間が取られた黙祷。 しかしテレビを通しての情報として “核の雨が降る” と言われたに過ぎず、今朝はいつも通りに過ごしていた家族の死を目の当たりにした訳ではないので実感が湧かない、と言うのがたけるの正直な思いだった。


 では先の振動は何なのだと言う話になりはするが、勢いで避難してみたものの結局は自分の目で確かめる、もしくは確信出来る情報が無い限り起こってしまった現実が受け入れられないのがこの場に居る人々の大多数の意見であった。


⦅これより居住区へと移ってもらいますが、先程の通告通り勝手ながら現在の健康状態により大きく分けて5つの部屋に別れる事になります。


 そしてもう一つご理解頂かなくてはならないのが、これから皆さんの左手に埋め込まれますマイクロチップです。

 テレビでご存知の方もみえるでしょうが一部の国では常識と化している所もあるそうで、普及されればこれ程便利な物は無いのですが、残念ながら日本という国では普及しなかった代物です。


 しかし、皆さんに割り当てられます部屋の鍵を始め、食事や消耗品の持ち出し、娯楽施設の利用等全てにおいて必要な物ですのでご理解の方をお願いします。


 今までの生活では傍に無かった物に忌避感を持たれる方もおみえでしょうが、かく言う私も当然マイクロチップを埋め込んでおります。 残念ながら見た目では分からないのですが、これが私の左手のレントゲン写真です⦆


 見せられた写真には人差し指と親指の間に米粒のような何かが影になって写っており、それが埋め込まれたマイクロチップなのだと説明する八木院長。


 並べて見せられる左手には彼の言うように傷痕らしきものは存在しないのだが、右手でその部分を押し出すと、写真にあるような長さ10㎜程の米粒のような異物が皮膚を押し上げ薄らと浮き上がる。


⦅入れる際には注射を受ける程度の痛みしかありませんので、採血されたとでも思って下さい。 女性の方は傷が気になるでしょうが、ご覧の通り私の手も余程よく見ないと分からない程度の傷しかありませんのでご安心を。


 最後に、このシェルターで出来る限り快適な生活を送って頂く為にある程度の規則は設けさせて頂きます。 それは今まで我々が暮らしてきた国での常識程度の規則なのですが、もし万が一違反が見受けられた場合には、今皆さんの側にもおります黄色のナースキャップを冠った看護師の指示に従って下さい。


 それでも尚、ご理解頂けないときには他の方々の迷惑となりますので強制退去となる場合がございます。 くれぐれも節度ある大人の対応で、快適な共同生活をして行きましょう⦆



 またしても映像が消えるとすぐに黄色のナースキャップが声を上げ始めた。

 どうやら彼女達は管理者側の人間らしいが、その証拠に全員が左耳に黒いインカムを嵌めている。


 そして薄桃色のナースキャップを被る咲達と決定的に違うのは、頭に乗せるナースキャップに合わせた黄色い看護衣だ。


 昔の看護衣はワンピースタイプが主流で今尚そのイメージが強い。 しかし昨今の医療現場では立ったり座ったりの多い仕事を考慮して、機能性を重視した上下の別れた物が殆ど。

 スクラブと呼ばれるVネックの半袖にパンツを合わせた桃色の看護師に対して、膝の出ているワンピースを着た黄色い看護師達は実に男心を唆る姿だ。










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