序章 第1話 鳴り響く警報③

 どうせ時間はあるのだからと、受付カウンターの上に設置されたモニターに自分の番号がない事を確認してからベンチに腰掛け、空いた時間を有効に活用すべくスマホでゲームをしようと取り出した時の事だ。



 ゥウ〜〜ゥゥウウウゥッ

 ゥウ〜〜ゥゥウウウゥッ

 ゥウ〜〜ゥゥウウウゥッ



 待合所の壁にかけられた100インチを超える特大テレビは、長い待ち時間の退屈を紛らわす為の物。

 この時間であれば相撲やニュースといった剛達若者には興味の唆られない内容のものが垂れ流されているのだが、Jアラートと呼ばれる普段の生活では聞くことのない音が大音量で流れれば知らぬ存ぜぬでいられるはずもない。


⦅日本国内に居る全ての皆様に緊急かつ重要なお知らせがあり、全てのチャンネルで同時にこの放送をしております⦆


 画面が水色一色になり、人間に恐怖を与えて緊張を誘う気持ちの悪い音が収まれば、原稿を手にした女性キャスターが深々とお辞儀をしていた。


⦅先日未明、我が国で確認されたと発表のあった新種のSARSウイルスは、今年の初めから半年間という長期に渡り世界的に大流行したコロナウイルスが進化を遂げたモノである事が判明致しました。

 その結果を重く見た世界保健機関は直ちに国際会議を開き、我が国以外の地球上に存在する全ての国である195ヵ国の総意により対策が決定されました⦆


 受付作業、会計作業、一人では動けない患者さんの介助などをしていた病院側のスタッフも含めて、その場にいる全ての人が画面に写るキャスターに注目をすれば、音と言う音が無くなり静かなる時が流れていく。


 他局を含め日本のテレビを占拠した女性は、気丈に振る舞いながらも画面の外から差し出されたペットボトルに水に口を付けようとするものの、盛大に震える手が言う事を効かないらしくそれを落としてしまう。


 CMの合間ならまだしも、喋っている最中に水を飲むなどやる気を疑われる事態にも関わらず、引っ込むどころかそのまま大きく息を吸ってどうにか職務を全うしようとする姿に、彼女の顔色が悪く死人のように血の気が引いている事に気が付いた。


⦅落ち着いてお聞き下さい⦆


 それは恐らく自分自身にも言い聞かせる為の言葉だったのだろう。

 しかし彼女が口にしたのは日本に居る全ての人に対して発せられたモノだとは、続く言葉を聞けば疑う余地がなかった。


⦅地球上にある全ての国の同意の元に決定された対策は熱による即時滅菌。 対象となるのは我が国にある生物、無生物を問わず、その全てです。

 わ、分かりやすく説明しますと、本日午後8時頃……か、核弾頭の雨が降るでしょ〜ぅっ!

 あは、あははっ、あははははははっ。

 はや、早く家に帰らなきゃっ! あははははっ! あはははははははははははっ……⦆


 恐らく日本で今一番注目を集めているだろう女性は突然奇声にも似た笑い声を上げ始めると、手にする原稿を空へと投げ捨て画面から消えて行く。


 少しだけ聞こえた謎の天気予報に彼女が告げたのが本当の事なのか、悪い冗談なのか見定める事が出来ずに誰一人として言葉を発さないでいると、今度はスーツ姿の男性が画面に現れ謝罪を述べた。



⦅失礼しました。 改めてご説明させて頂きます。


 世界を騒がせたSARS-CoV-2新型コロナウイルスが1億人を超える感染者を苦しめ500万人以上の尊い命を奪い去った猛威は記憶に新しく、長期に渡るロックダウンや外出自粛令により世界経済に与えたダメージは、兆のもう一つ上の単位である3京円に上るとの試算が出ています。


 飲食店の半数が店を閉め、百貨店なども倒産し、生活が不可能となった方も大勢みえる。


 それは世界のどこを見回しても同じで、生産者不足による食料危機は輸入に頼り切りの我が国には深刻な問題であり、今や地球規模で再建に向けて努力していかねばならぬ状況なのは皆様の周知されるところ。


 本日未明に下された国連の意志は、この国において新たに見つかった新型コロナウイルスSARS-CoV-サード3をこの国ごと殺してしまおうと言う非人道的なものなのです。


 これ以上の被害は人間社会そのものを破壊しかねないとの意見が大多数を占め、潜伏期間が長く発見が困難なSARS-CoV-サード3は疲弊した世界に第二のパンデミックを引き起こす可能性が非常に高いとの判断から我が国は世界の人柱となる事が即決されました。


 その手段は世界に存在する9000を超える核弾頭の一斉射撃。

 困窮する世界の一致団結を踏まえ核弾頭自体を減らす目的の含まれた攻撃は想像を絶する熱によりウイルスを滅菌するに伴いこの国を焼け野原と化し、生きとし生けるもの全てを灰と化すでしょう。


 しかしそんな決定を受け入れられるはずもなく、国の代表たる首相は核使用時の放射能汚染を武器に確固たる意志で反対を訴えましたが、自国以外に構っていられる余裕のない各国の決定は覆らず、程よい島国であるこの国は世界に切り捨てられるのです。


 ウイルスの本当の脅威は人を狂わす事なのかもしれない。


 我が国は世界第5位と評価される軍事力を持ちます。 しかしながら世界中全ての国を敵に回してまで生き残る事は不可能でしょう。


 この国の寿命は残り1時間と少し。 可能な方は今からでもお逃げ下さい。


 余命宣告としては短過ぎる僅かな時間ではありますが、人生で最後の時をどうか有意義にお過ごし頂き、来世での幸福な人生を共に祈りましょう。


 皆様のご冥福をお祈り申し上げます⦆


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