序章 第2話 生き残る手段①
音の全てであったテレビが一人でに電源を落とせば、多くの人が詰めかけている筈の病院内は静寂が支配する空間と成り果てる。
「ぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁああぁああぁぁあっっっ!!!」
告げられた運命を理解するのに苦しむ中、緊張の糸が切れたように最初に叫び声を上げたのは若いスーツ姿の男だった。
唖然とする人々など気にも留めず走り出すと、外へと続くガラス製の自動ドアが開くのも待てずに手で押し開け、意味不明な雄叫びを上げながら外へと飛び出して行く。
「わぁぁあああぁああぁぁああああっ!」
「助けてっ!誰か助けてよーー!」
「いやぁぁああああぁぁぁあぁぁっ!」
「死にたくないっ!まだ死にたくないんだっ!」
堰を切るとはこの事を言うのだろう。
二重になっている自動ドアが閉まり男の声が聞こえなくなるや否や、ロビーに居た人々が申し合わせたかのように一斉に叫び声を上げ始めた。
先の男と同じように我先にと病院を飛び出す者、頭を抱えて叫び散らす者、その場にへたり込み動けなくなる者、未だ理解が追いつかず立ち尽くす者。
誰かと電話する者は、まだ冷静な判断が出来ていただろう人達だ。
突然の死刑宣告に混乱する人混みに塗れている筈の
それならばと己の欲望を満たす為に病院内のある場所へと足を向けていた。
人間が我慢する事が難しいと言われる三つの欲求、睡眠欲、食欲、そして性欲
二時間以内に死ぬと分かり真っ先に思い浮かんだのは『腹が減った』という事。
じゃあ死ぬ前にと思い立ち、自分の好きなおにぎりを求めて病院内に入っているコンビニへと向かったのだ。
「同じ考えの奴もいるもんだな」
聞く者の居ない呟きは思わず漏れたモノ、コンビニに到着してみれば何人かの先客がおり手当たり次第に食べ物、飲み物を好き放題物色していた。
区切りの無い店内に踏み込みおにぎりコーナーへ行けば、目的の “昆布おにぎり” は定番すぎて人気が無かったのか難を逃れていた。
少しばかり嬉しくなり手に取ろうとすれば、それを横取るように伸びてくる手が目に入り、気の弱い剛は思わず手を引っ込めてしまう。
見れば明らかに年上のジャージを着た華奢な男。
そうこうしているうちに再び伸びる手が棚に並ぶおにぎりを掴めるだけ掴むと、手にしたコンビニ籠へと叩き込み、それだけでは飽き足らずまた手を伸ばすではないか。
(そんなに食う時間、無いだろ……)
そう思いつつも自分の欲求を満たす為、取られてなるものかと手を伸ばして目的のおにぎりを掴み取れば、横から鋭い視線が突き刺さる。
普段は人と接する事を避け根暗なイメージの強い剛だったが、だからと言って身体が弱い訳ではなく、部活をしない替わりに寝る前には筋トレを欠かさずやっていた。
体格も割と恵まれ身長は178㎝と学年でも高いほうで、体重も75Kgを超えスポーツをしていないのにがっしりとした男らしい身体つき。
「チィッ!」
その視線を辿り目を合わせれば、いくら年下とは言え体格差がありすぎて部が悪いと判断すると、おにぎりは諦め隣の惣菜を漁り出したジャージ男は何も言う事なくそのまま何処かに消えて行く。
喧嘩をした事もなければするつもりもない剛だったが、今まで生きてきた短い人生の中ではその容姿故に知らず知らずのうちに無条件勝利をすることもあったりもした。
居なくなったのならと遠慮なくもう一つ手に取るとレジへと視線を向けるものの、こんな非常時に店員さんが居るはずもなく、どうしたもんかと考えあぐねた末にある選択肢が頭を過ぎる。
(ま、まぁ……い、いいよ、な?)
キョロキョロと周りを見回すがそこには誰も居ない。
それでも今まで叩き込まれてきた常識は大きな鎖となり、罪悪感が心を埋め尽くした。
絶対的に誰も居ない状況、加えてこの非常時。
どれほどの運動をしようとも感じたことのない程に鼓動は高鳴り、心臓が破裂するかと思えて冷や汗すら出てくる始末。
しかし店員さんが居なければ代金を払う事は出来ず、それでも最後に好きな物を食べたい欲求は今更止める事は出来ない。
オアズケをされる犬の気持ちが少しだけ分かりつつ止められない衝動に駆られ “こんな時だから!” と自身の心に言い訳をしながら持っていた学校鞄の中におにぎりを……入れた。
万引きとはお金を払わずに商品を手に入れる方法、つまりは窃盗、犯罪なのだ。
一つ入れてしまえば踏ん切りが付いてしまい、罪悪感はあれど “食べたい” と思えた物を片っ端から鞄に放り込む。
おにぎりを始めサンドイッチ、ジュースにオヤツと鞄が一杯になったところではたと気がつけば、先のジャージ男と同じ事をしている自分がいる。
(こんなに……どうすんだ?)
自問しても答えは出ず、かと言って盗んだ物を戻す気にもなれなかった剛はそのまま店を出ようとしたのだが、後ろ髪を引かれる思いがして曖昧な店との境界線でふと立ち止まってしまう。
(やっぱり、嫌だな)
自分の信念に乗っ取り、どうせなら綺麗な気持ちのまま最後の時を迎えようと思い立ち方向転換すると、誰も居ないレジの前まで来た。
上着にしまってあった財布を取り出し広げてみるものの、レジを通していないものの値段など把握できる筈はない。
「お釣りは要らないよ」
一度言ってみたかった金持ちのセリフ。
お金など持っていても無意味だと知りながらも、入っていた10,000円札では無いところは臆病な性格の現れだろう。
財布から5,000円札を取り出すと、妄想の中に居る店員を見下すように気取りながらレジの横にあるカルトンへと投げ入れたのだが、当然のように返事などはない。
誰も見ていない、聞いていない状況にも関わらず恥ずかしくなった剛は、重たくなった鞄を肩に掛けレジを後にした。
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