第5話

 あの手紙を読んでから一週間。私たちは夏休みに入っていた。

「凛久くん、ここ?」

「うん、そうだよ。」

 凛久くんに連れられてきたのは大きな大学病院。ここで、南十星くんは治療を受けていた。


 あの日呼んだ手紙に書いてあったのは

・小さいころから病気と闘ってること

・だけど今負けそうなこと

・負けないために大きな病院で手術を受けること

・だから、もう別れてほしいということ


 そして私は凛久くん無理を言って病院まで連れてきてもらった。病院に来るなとは書いてなかったからね。

「今日、星来ちゃんのことは内緒にしてあるから、南十星きっとびっくりするよ。」

「そうかな?」

 そう言いながら病院の中に入る。こんな大きい病院入ったことないから緊張する。

「あら、佐藤さん、天羽さんのお見舞いですか?」

 受付で面会の手続きをしてると、看護師さんが来た。

「はい、そうです。あ、あとこの子も…。」

 そう言って凛久くんが私を指すと看護師さんはニコッと笑った。

「初めまして、天羽さんのご友人?」

「えっと…。」

 こういう時、素直に答えたほうがいいのか分からず、オロオロしてると凛久くんが笑いながら言った。

「違いますよ、南十星の彼女ですよ。ね?星来ちゃん。」

「は、はい、そうです。」

 私が頷くと看護師さんは驚いたけど、すぐ合点がいったと言わんばかりに頷いた。

「あら、そうでしたか…。それで最近楽しそうだったんですね。」

「楽しそう?」

 私が聞くと看護師さんはまたハッとした様子で口に手を当てた。

「いえ、何でもないですよ。佐藤さん、手続き終わりました?」

「あ、はい。大丈夫です。」

「では私はこれで。天羽さん、喜んでくれるといいですね。」

「はい。」

 そう言うと看護師さんは行ってしまった。

「俺たちも行こうか。」

「うん。」

 エレベーターで昇って着いたのは最上階の個室の前。

「じゃあ、ここで待ってて。」

 そう言って凛久くんは部屋に入っていった。中の声が小さく聞こえる。

「南十星、起きてて大丈夫なの?」

「ああ、今日は調子がいいんだ。」

「そっか、それはよかった。」

 南十星くんの声、久しぶりに聞いた。なんだか元気そう。それだけでなんだか満足な気がした。

「そんな南十星に今日はプレゼントがあります。」

「ん?なんだ?なんも持ってないように見えるけど…。」

「それは物じゃないからだよ。」

 そう聞こえて、扉が開けられる。私を見た瞬間、南十星くんは驚いた顔をした。

「ほい、南十星。会いたいって言ってた星来ちゃんだよ。」

「星来…。」

 ゆっくり南十星くんに近づく。あふれそうな涙を必死にこらえて…。

「南十星くん…。」

「…なんで来たんだよ…。」

 不意に視線を逸らすと、南十星くんはふてくされたように言った。

「なんでって、心配だから、凛久くんに無理言って連れてきてもらったの。来るなとは書いてなかったよね?」

 私がそう言うと南十星くんは目を見開いてからため息を吐いた。

「そうか…。書き方で何となくわかると思ったんだけどな…。」

「残念。私はそんな事悟れないんだな~。」

「そうだな。そうだった、お前はそういう奴だった。」

 そう言って笑う南十星くんの顔は少し嬉しそうだった。

「さて、俺はこの近くに用があるから、終わったら連絡するね。」

「あ、そうだったね。連れてきてくれてありがとう。」

「いえいえ。南十星、星来ちゃん泣かせたらただじゃ置かないよ。」

「はいはい。行ってら。」

 そう言って凛久くんは出ていった。なんだか気まずい空気が流れてる…。

「…悪かったな。」

 いきなりそう言われて何のことか分からず首を傾げると南十星くんは少し笑って頭を撫でてくれた。

「何も話さず、手紙だけで済ませようとしたことだよ。」

「あ…。」

 悪いと思ってくれてたんだ。

「全部話すから、聞いてくれるか?」

「うん。いいよ。話して。」

 そう言うと南十星くんは少し笑って、話してくれた。

「俺、小さいころから心臓が弱くてさ、ちょいちょい手術してたんだ。それで、今年の秋に大きな手術があって、それが成功するか失敗するかで生死が分かれるらしいんだ。」

「だから、この夏いっぱい…。」

 付き合い始めた時の約束を思い出した。

「そう。なんだけど、夏になってから調子が悪くてさ、手術が早まったんだ。」

「そうなんだ…。」

 生死を分ける手術…。そんなことを高校三年生で…。

「怖くないの?」

「え…?」

 私が聞くと南十星くんは戸惑ったように聞き返した。

「だって、死んじゃうかもしれないなんて…。」

 思ったことを全部言ってしまおうと思った。

「私は怖い…。南十星くんが死んじゃうかもしれないなんて…。いやだよ…。」

「…まいったな。」

 泣きながらそういう私を見て南十星くんはそう言って頭を掻いた。

「そんな顔させたくなくて別れてほしいって書いたんだけど…。」

「そんな理由で、別れたくないよ…。」

 そう言って私はベッドに突っ伏す。いやだ、別れたくない。

「星来…。」

「南十星くんは、私のこと、嫌い?」

「え?」

 戸惑う南十星くんにそう聞いた。

「私は南十星くんのこと大好きだから別れたくないけど、南十星くんが私のこと嫌いなら…。」

「そうじゃない!」

 南十星くんの声に顔を上げると、南十星くんは私の頬に手をやった。

「嫌いなわけじゃない。でも、嫌いじゃないから、泣かせたくない。幸せになってもらいたい。だた、それだけなんだ…。」

 後悔するように南十星くんは言った。

「なら、別れるなんて言わないでよ…。」

 私は小さな声でそう言うと、いつものように笑って言った。

「私は、南十星くんと一緒にいられる今が一番幸せなの。だから、別れるなんて言わないで…。」

「でも…。」

「それに!」

 何か言おうとする南十星くんを遮って言う。

「なんで失敗する前提なの?成功する確率だってあるんでしょ?」

「え?ま、まあ…成功率のが大きいな…。」

「なら、諦めちゃダメだよ。お医者さんと、南十星くんを信じなきゃ!」

「そっか…。そうだな。」

 私の言葉で何か吹っ切れたのか南十星くんはそう言って笑った。

「うん、そうだよ。」

 私も笑うと、なんだか本当に大丈夫な気がした。

「星来。」

「何?」

「ありがとな。」

 そう言って頭を撫でてくれた。この優しい手を、私は忘れないと思った。

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