第91話 「不死の能力を与えられし者」

 度重なる銃声。フォクセルとラクゥネは容赦無くラモーブを撃つ。弾丸で穴だらけにされたラモーブは倒れ……炎を纏って再び立ち上がる。

「んひひひぃ。まだ理解出来ないのか? 無駄なんだよ。僕ちゃんは死なない! 勝利が約束されてるんだよ!」

 高揚気味にラモーブは言う。彼は文字通りの不死だ。何度殺されたとしても炎と共に蘇る。

 不死。人類が夢見た境地。死が敗北を意味する戦いにおいては、ラモーブは負けないと同義だった。


「不死身! だから最強! 馬鹿でも分かるよな? 僕ちゃんは世界の頂点に立つべき存在だと!」

「ギャーギャーうるせぇな。力を誇示しなきゃ気が済まねぇのか? テメェは」

 フォクセルは休む事なく攻撃を続ける。短剣でラモーブの全身に傷を刻み、どさくさに紛れて手榴弾を転がした。

 ラモーブの目の前で爆発が起こる。木っ端微塵になったラモーブの体は、やはり発火して再生する。肉片が一つに集まり、元のラモーブの姿を取り戻した。


「んひひひ。バーカ。効かないって言ってるだろ。でも痛いなぁ。服も燃えちゃったしさぁ! どうしてくれるんだよ!」

 フォクセルを嘲笑しつつ、ラモーブは怒声を浴びせた。再生するのは肉体だけで、服は直らない。全裸になったラモーブは「まー僕ちゃんは万能だから問題無いんだけど?」と言って魔術で服を生成した。


「んひひ。余裕余裕」

 ゆとりに満ちた彼の態度は、決して虚勢ではなかった。死なないという安心感と優越感は、露骨に表情に現れる。

「どうするのよフォクセル。毒でも仕込んでみる?」

「さっきからやってる。やっぱ効果無ぇようだがな」

 フォクセルは既に、毒を塗った短剣で何度もラモーブを切った。アレイヤにも通用した、筋肉を溶かす猛毒だ。だがラモーブはピンピンしていた。

「死なねぇだけじゃねぇ。あの炎で再生すると毒が抜けるみてぇだな」

「何それ。新手の健康法?」

「ちょっと面白い事言うのやめろ。集中力が削げる」

 フォクセルは息を整えてラモーブを深く観察した。ラクゥネはケラケラ笑って「あら、ごめんなさい」と呟く。


 刺殺も銃殺も爆殺も毒殺も通用しない。奇跡の如き再生能力は伊達ではないようだ。それを目の当たりにしてもなお、フォクセルは絶望しない。

 勝機は残されている。それを掴むには、冷静な思考が必要だ。

 フォクセルは観察する。分析する。考察する。全ては勝つために。


「とりあえず……こういうのはどうだ?」

 フォクセルは魔封布を取り出した。鞭のようにしならせて、ラモーブに絡ませる。

「むぇ? 何だこれ……むぐっ!」

 困惑するラモーブの隙を突き、魔封布は彼の両手両足、口と目を覆った。魔術師が魔術を発動させるための器官が全て、封じ込められる。これでラモーブは魔術を使えない。


「さぁて、生き返るんなら生き返ってみな!」

 魔封布を握り締めたまま、フォクセルは短剣でラモーブを滅多刺しにした。脳や首や心臓を貫いたのだから、当然ながら常人は死ぬはず。

 魔術を使えない状態でラモーブは……やはり死ななかった。

「やれやれ。凡人はまだ理解出来ないのか? 無意味だって事を」

 炎に包まれ、ラモーブは蘇る。彼を縛る魔封布も焼けて消えた。


「無意味じゃねぇさ。テメェのインチキじみた能力が魔術じゃねぇと判明しただけで十分」

 フォクセルは落ち着いてラモーブから距離を置いた。ラモーブが死ななかったのは想定内。「命を守る魔術」や「長寿になる魔術」はあれど、「不死になる魔術」なんて聞いた事が無い。


 魔封布で覆われていても使える不死の能力。その正体をフォクセルは推理した。

「テメェ……もしかして人術使いか?」

「んひひひ? 少しは勉強したようだな一般人。そう! 僕ちゃんがグリミラズから手に入れた力は人術! 人が神になるための力だ。神に等しい僕ちゃんにこそ相応しい!」

 フォクセルの予想は当たっていた。よくぞ聞いてくれたとばかりにラモーブは自分の能力を語る。

「へぇ。人術ってのは案外簡単に習得出来るんだな。それとも、元々テメェは人術使いだったのか?」

「んひひ。そこまでは調べてないようだな。無知なお前に教えてやるよ。グリミラズの《姿植ししょく》って人術は、自分の才能を他人に与える事が出来る。それで僕ちゃんは奴の能力を継承したんだ」

 四色ししょくは皆、グリミラズの《姿植ししょく》で強大な力を与えられている。人術を使えない人間であろうと、あっという間に人術使いになる。ラモーブもその一人だった。

 本来なら何年も修行が必要な人術でさえ、《姿植ししょく》のおかげで一瞬で習得可能だ。急激に成長したラモーブは、その力が生み出す高揚感に身を委ねる。


「なるほどな。やっぱりグリミラズの野郎は人術使いだった訳だ。で、テメェはグリミラズの才能を分けて貰ったと。道理で。無名なテメェが五つ星並の力を持ってる理由が分かったぜ」

 魔術師と敵対し続けていたフォクセルは、魔術師の情報を常に収集している。実力ある魔術師の名前は殆ど知っている。だから違和感があったのだ。聞いた事の無い名前の男が強力な魔術師である現状に。

 答えは明快。ラモーブは本来、才能ある魔術師ではなかった。グリミラズに力を分け与えられて、つい最近強くなっただけだ。

「無名……? おいお前、今僕ちゃんを馬鹿にしたか?」

 ラモーブは目を細めて唸る。その程度の威嚇など、フォクセルを微塵も怯えさせない。

「かかかっ。何だよテメェ。有名になりたいのか? やめといた方がいいぜ。有名な魔術師はオレに殺される運命だからよ」

「この状況でよく大口を叩けるな! 僕ちゃんはいずれ誰よりも有名になる! みんなが僕ちゃんを認めてくれる! そのための第一歩、お前を殺してなぁ!」

 ラモーブは激昂した。彼の言う通り、今のところはフォクセルが圧倒的に不利なように見えた。フォクセルは単なる人間で、すぐに死んでしまう。なのにラモーブは死なない。どう足掻いてもフォクセルに勝ち目は無いように思えた。


 しかしフォクセルは諦めない。絶望的な実力差なんて何度も乗り越えてきた。権力の差、財力の差……社会という名の壁は、フォクセル達凡人を何度も押し留めてきた。それでもなお、フォクセルは立ち上がった。持たざる者でも抗えるのだと証明し続けた。


 フォクセルは深呼吸する。落ち着いて頭を巡らせるうちに光明が見えた。

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