第92話 「不死能力の攻略法」

「なんで諦めないんだ? 雑魚のくせに往生際が悪い……。そろそろ思い知らせるか」

 ラモーブは忌々しそうに眉間にシワを寄せて、剣をフォクセルに向ける。

「今までは遊んでやっただけ。本気出せばお前なんて余裕で殺せるんだよなぁ」

「いちいち喋らねぇと攻撃も出来ねぇのかテメェは」

 フォクセルの挑発に、ラモーブは目を見開いて歯軋りする。

 その刹那、ラモーブは剣を横に振った。フォクセルは短剣で受けるが、重い斬撃を止めきれずに体を押し飛ばされる。


 フォクセルは近くの木造小屋に激突した。ガラガラと音を立てて小屋の壁が崩れる。砂煙を上げて崩壊する小屋の中に、フォクセルは沈んでいった。

「んひひひひひっ! 馬鹿だよなぁ! 僕ちゃんを愚弄するからこうなるんだぞ! 魔術も人術も使えない、社会からも疎まれる、お前みたいな底辺が!」

 歪んだ笑みを交えた怒声が響く。フォクセルを見下したまま、ラモーブは嘲笑を続けた。

「おやおやー? また僕ちゃん勝っちゃったぁ? もしかして、本気出してないのかなー? フォクセルくーん」


「……よく言うぜ。他人に貰った力で図に乗るなっての」

 フォクセルは全身の痛みを堪えつつ立ち上がった。大怪我にならずに済んだのは、ラクゥネが咄嗟にフォクセルの背後に回って、一緒に衝撃を緩和してくれたおかげだ。

「ありがとな。ラクゥネ。助かった」

 額に滴る血を拭って、フォクセルは背後のラクゥネに礼を言った。

「何言ってんの。苦しみは一緒に越えていこうって約束したじゃない」

 ラクゥネもかすり傷を負った。でも、痛いなんて思わない。フォクセル一人が大怪我を負うのに比べたら、この程度全然痛くない。


「んー? 何か言ったかフォクセル? 死にかけの雑魚の声は小さくて聞こえないなぁ」

「テメェは虎の威を借る狐だって言ってんだ。狐にだって牙はあるんだからよ、テメェの力で戦ったらどうなんだ? えぇ?」

「……お前、惨殺決定。僕ちゃんを馬鹿にした奴はみんな、死ぬ程後悔しないとなぁ!」

 ラモーブは激昂した。図星だったからだ。そして、それが図星だと認めたくないからだ。

 ラモーブは弱い魔術師だった。その才能の無さを周りから嘲笑われ、屈辱と憎悪に塗れた日々だった。だからグリミラズの勧誘を受けた時、ついにチャンスが巡ってきたと飛び付いた。

 グリミラズは強大な力をくれた。自分を見下した輩を全員見返せる程の力だ。アレイヤを殺すという条件一つで、この力はラモーブの物となる。

「んひひひひ……そうだ。復讐だ! 僕ちゃんを下に見る連中も、僕ちゃんが認められないこの社会も! 全部、悪だ! 僕ちゃんは復讐する。世界全部が僕ちゃんに平伏するまで!」

 フォクセルを殺し、アレイヤを殺し、次は憎き奴らを殺そう。復讐計画を企てて、ラモーブは期待の笑みを浮かべた。この力があれば何だって出来る。そう信じていた。


「復讐、ね……。テメェが思ってる程、簡単じゃねぇぜ。復讐ってのはよ」

「偉そうに! お前に何が分かる!」

「分かるぜ。オレも社会の復讐者だからな。この世界の不平等をぶっ殺すまで、オレの戦いは終わらねぇ。きっと……一生かけても終わんねぇだろうな」

 サブヴァータの理念が理想論だと、フォクセルは自覚していた。復讐……それも社会への怒りを込めた復讐など、結局の所成就しない。あまりにも敵は強大で、あまりにも困難な道だ。

 それを理解してなお、フォクセルは進む、進もうとする意思こそが重要なのだと信じているから。妥協せず、譲歩せず、確固たる意思で戦う事こそが。


「んひひ。それは弱者の理屈だ。僕ちゃんは強い! だから復讐が許されるのさ!」

「どうだかな。テメェのその怒りがどれだけ続くかも分からねぇぜ?」

「何?」

「怒りってのは普通一時的なもんだ。寝たら忘れちまう。でもなぁ、忘れられない怒りもあるんだぜ。絶対に許さないという覚悟……信念って奴だ。テメェにはあるのかよ。信念は」

「覚悟? 信念? そんなものに頼らなくても僕ちゃんは余裕で勝てるさ」

「だろうな。そう言うと思ったぜ。余裕ぶっこいてるテメェにゃ、本気で頑張る気概も無ぇだろうよ!」

 フォクセルは短剣を構える。獲物を狙う獣のように、鋭く眼前の敵を睨んだ。

「オレは弱いからよ。だからこそ全力だ。余裕なんていらねぇ。ギリギリだろうと何だろうと、最後に勝ちゃいいんだ」

「勝てないよ! お前如きじゃあなぁ!」

 ラモーブは剣を突き出す。突進と共に放たれた一撃を、フォクセルは見切った。

 死なないという並外れた異能を持っていたとしても、戦闘能力が特段高い訳ではない。同じ人術使いでも、アレイヤに比べればラモーブの攻撃など子供のチャンバラのようだった。百戦錬磨のフォクセルなら軽く避けられる一撃だ。


 攻撃を外し体勢を崩したラモーブ。彼が構え直す前にフォクセルは反撃に移った。短剣でラモーブの手首を刺し、そのまま切り落とす。

「よく切れるだろ? 高級品なんだぜ」

 ラモーブから離れた手首を、フォクセルは掴んだ。手先ごと剣を奪い取る。痛みに悶えて悲鳴をあげるラモーブに、今度は剣を刺した。

「ああああああああ! 痛っいなぁ! やめろって言ってるだろ!」

「先に襲ったのはテメェだろ?」

 フォクセルは不敵に笑って剣を深く差し込む。剣は小屋の壁に刺さり、ラモーブを釘付けにした。

「もっかい死ね」

 フォクセルはラモーブの頭に短剣を刺し、すぐに抜き取る。ラモーブは喚いた後、だんだんと声を落として絶命する。頭から血を吹き出しながら、またもやラモーブの体が燃え上がった。傷が癒え、生き返る。


 しかしここで問題が発生した。ラモーブの胸には剣が刺さったままだった。心臓を貫かれ、壁に固定されたまま、ラモーブは動けない。

 ラモーブは目を見開いた。『死んで』いる時は感じなかった痛みが、生き返ってから再び感じるようになっていく。


「あっ……剣が……。なんで」

 何故と問うまでもない、当然の結果だった。ラモーブの再生能力は、体の中心に新たな肉体を再生成する形で行われる。元の肉体の部品が集まって、混ざって、本来の形状に復元する。つまり、体の中心に異物があれば巻き込みながら再生を続けてしまうのだ。


 不死のラモーブにとって、多少の異物混入は問題無かった。だが、半身程の大きさの剣が胸に刺さったまま再生してしまうのは流石に想定外だった。これでは、剣という致命的な異物が体を傷付けてしまう。ましてや、刺さった場所は心臓だ。

「こっ、このぉ……!」

 ラモーブは剣を抜こうとした。だが、深く壁に刺さりすぎてなかなか抜けない。具現化魔術で生成した剣だが、ラモーブの至近距離にあるせいで消滅までに時間を要した。剣は、持ち主の命を蝕み続ける。


 ラモーブの能力は厳密には「死なない」のではなく「死んでも蘇る」力だ。心臓を刺されて長く保たないのは、普通の人間と同じ。

 このまま死と復活を繰り返すのか。せっかく生き返ってもすぐ死ぬのでは戦いなど出来ない。壁に釘付けになって動けないこの状況は……。


「隙だらけ、だな」

 フォクセルは短剣でラモーブの首を撥ねた。地面に転がったラモーブの頭が燃える。また再生が始まって体が集合するまでの間に、フォクセルは短剣を拭く時間すらあった。

 これがフォクセルの狙いだった。死なない相手を殺すのではなく、無力化するという発想。死亡と再生を延々と繰り返してるラモーブは、フォクセルへの攻撃はおろか防御行動すら取れない。フォクセルはラモーブにいくらでも攻撃出来るというのに。


「くそ! くそくそくそが! グリミラズめ……役に立たない能力を渡したな! あいつのせいだ……。僕ちゃんは誰にだって勝てるはずなのに!」

 再生の炎で服を燃やし尽くし、蘇生を繰り返すラモーブ。抵抗すら出来ないラモーブは悪態を吐いた。先程まで「最強」だと自慢した力を蔑み、思い通りにいかないもどかしさをグリミラズにぶつける。

「おいおい。テメェはグリミラズの部下じゃねぇのか?」

「部下? ふざけるな。僕ちゃんがあんな奴に従うもんか! 最強の力をくれるって言うから話を聞いてやっただけだ! なのにあの野郎、嘘吐きやがって……! 殺してやる! どいつもこいつも……僕ちゃんに従わない奴は全員!」

 憎悪を吐露する間にも、ラモーブは失血死して体を燃やした。炎が肉体を作り出し、失われた血も元通り。でもせっかく取り戻した血を、ラモーブはまた地面に流してしまう。


「不死身の人術使い、か。厄介な能力だったが、オレの前で力を誇示すべきじゃなかったな」

 フォクセルは崩れた小屋に向かった。そこで丁度いい大きさの木片を探して集める。

「オレ達はサブヴァータ。強い奴の敵。弱肉強食の世界を転覆する革命家だ。テメェは強かったぜ。だから負けたんだ」

 フォクセルはラモーブの手足に木片を刺した。膝や胴体や肩にも、ぐいぐいと木片を捻り込む。再生した時の拘束を増やすためだ。

 さながら昆虫標本のようであった。生きたまま束縛される標本。不死であるが故に、彼は拘束から逃れられない。


「あ、でも木だと燃えるよな。なぁラクゥネ。その辺に金属の棒とか落ちてねぇ?」

「探してみるわ」

 フォクセルとラクゥネは悠々と拘束手段を模索していった。ラモーブを殺せはしないが、せめて戦う意思を無くすくらいには痛め付けなければ。さもなくば、ここで逃げてもまた襲いに来る。


「……何勝った気でいるんだよ。イライラするんだよなぁ……。その目線が!」

 ラモーブは前に踏み出した。剣がさらに心臓を傷付ける。剣の鍔が胸に当たって進行の邪魔をするが、それを強引に突破しようとラモーブは前に進んだ。

「お前程度に使いたくはなかったが……せいぜい後悔しろよ! 僕ちゃんの『魔人』の力に!」

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