第90話 「実力を誇示したがる葵色」

 世界中の警察組織が血眼になって探してる彼らは、当たり前のようにそこにいた。裏社会の人間だからといって、表に出ない訳じゃない。


「なぁ、見たかラクゥネ。おっさんの驚いた顔。あんな顔しといてオレの嘘信じてんだから傑作だよな」

 サブヴァータのフォクセルは、相棒のラクゥネと雑談しながら街を歩いていた。「おっさん」とは、現在のサブヴァータの雇い主であるクルドフ王の事だ。

「フォクセルが専門用語使って説明したら途端に話を切り上げようとしたものね。『もういい、分かった』って。それで誤魔化せるなんて、アタシも思ってなかったわ」

 ラクゥネはクルドフ王との会話を思い出していた。アレイヤ捕獲命令を受けたサブヴァータは、結局アレイヤを捕らえてから解放。勧誘したが失敗したため、アレイヤは表向き死んだ事にしてハンドレド王国に帰す結果になった。


 この行為はクルドフ王に対する裏切りだ。知られたら雇用関係は崩壊するだろう。元より、そろそろザガゼロール王国との関係は切ろうかとフォクセルは考えていた訳だが。

 裏切りと言えば、フォクセルとラクゥネの行動を傍観していたジェイルも同罪だ。彼はクルドフ王の従者であるのに、時折国王の意思に反した行動をする。職務怠慢か、あるいは別の意図があるのか。ジェイルの掴み所の無さを、フォクセルは警戒していると同時に気に入っていた。


 そのジェイルは、今は別件の仕事だとかで外国に向かっている。仕事の内容については語らなかった。

 よって、サブヴァータは今自由の身だ。直近の仕事は無い。メンバーを集めて今後について会議しようかとフォクセルが考えていたその時、彼の前に一人の男が立ち塞がった。


「んひひー。もしかしてお前、サブヴァータのフォクセルなんじゃないか?」

 若い男は長めの前髪で視線を隠し、ニヤリと口元を歪めて笑った。

「あぁん? 誰だよテメェ」

 行く先を邪魔する男に、フォクセルは鋭く睨んだ。男は答えず、手のひらから鉄の剣を生成する。それを握り、男は急にフォクセルに襲いかかった。


「おおっと!」

 フォクセルは謎の男の奇襲を躱し、臨戦態勢に切り替えた。

「テメェ魔術師か。オレを狙うって事は王族直属の衛兵か? あるいは殺し屋か」

 命を狙われる心当たりなら無数にある。指名手配されたフォクセルは、今や世界そのものが敵だと言ってもいい。

「衛兵? 殺し屋? 違うね。誰かに従う程度の雑魚と、僕ちゃんを一緒にするなよ」

「じゃあ何者だよ。名乗る礼儀も知らねぇのか?」

「知りたいなら教えてやるよ。僕ちゃんはラモーブ・オ・レ。『四色』の一人さ」


 ラモーブはグリミラズが派遣した刺客、『四色』のメンバーだった。だが、その存在を知らないフォクセルからすれば正体不明の男以外の何者でもない。

「聞いた事ねぇな。まぁ王族関係者じゃねぇのは分かったぜ。オレに一人で喧嘩売るような肝の座った魔術師なんて、権力振りかざしてる無能共の中にはいねぇからな」

「んひひひ。噂通りの性格。魔術も使えない凡人のくせして、態度は偉そうなんだよなぁ」

 ラモーブは紫の髪を掻き上げてフォクセルを見下ろした。見下ろすと言っても二人の身長は大差無いので、ラモーブが顎を上げて無理に見下ろそうとしている形だ。


「僕ちゃんはね、アレイヤ・シュテローンってお子様を殺さないといけない訳。グリミラズとの契約だから」

「あぁ? テメェがアレイヤを? ってか、グリミラズって確か指名手配犯の……」

「そうそう。でもさ、アレイヤなんて小物殺しても僕ちゃんの凄さは証明出来ないと思わないか? ハンドレド王国では期待の新人だの何だの言われてるけど、所詮は学生。しかも一年生だろ? 大した事ない。でもお前はビッグネームだ。何せ世界初の六つ星賞金首。世界中がお前を恐れてる。こんな弱そうな奴が六つ星だなんて納得いかないけど……とにかく、お前を殺せば僕ちゃんが最強だってみんなが思うのは間違いないんだ!」

 ラモーブは畳み掛けるような早口で言った。急に語り出したラモーブに、フォクセルは眉をひそめる。


「あー、はいはい。なるほどな。たまにいるんだよ。オレを殺して成り上がろうとする馬鹿が。莫大な賞金と名誉が手に入って人生逆転! ……なんて夢見やがってな。テメェのその馬鹿の類か?」

「んひー。調子に乗っていられるのは今のうちだぜ。僕ちゃんはグリミラズから最強の力を貰った。お前なんて余裕で叩きのめしてやるよ」

 本来ならアレイヤの元へ向かうはずのラモーブ。しかし彼は、己の力の証明のためにまずフォクセルを狙った。さながら、メインディッシュの前に頂く前菜のように。

 いや、ラモーブにとってはフォクセルこそが『メイン』か。


「いいぜ。来いよ。喧嘩売る相手を間違えたのを後悔しな」

 フォクセルは構えて、手招きする。挑発を受け取り、ラモーブは剣を掲げた。

「んひひひひー。僕ちゃんは最強なんだ。この力があれば誰にも負けはしない!」

 ラモーブは剣を激しく振るってフォクセルを襲う。フォクセルは器用に斬撃を避ける。

「ラクゥネ! 援護を頼む!」

「言われなくてもね!」

 フォクセルが防御に徹している間、ラクゥネはラモーブの隙を狙った。彼女は拳銃でラモーブの足を撃ち、動きを停滞させる。


「ぐっ……!」

 足に穴を開けられた痛みで、ラモーブはよろめいた。フォクセルは短剣を鞘から抜いて、反撃とばかりにラモーブに切りかかった。

 ラモーブは体を大きく逸らした。しかしフォクセルの至近距離からの攻撃を回避しきれず、肩にかすり傷を負ってしまう。

「このっ……!」

 苦々しく目を細めて、ラモーブは手をラクゥネに向けた。

「葵に染まれ、鬼神の腕! 『ジュエルスタチュー・パープル』!」

 ラモーブが魔術を行使する。すると地面から紫色の宝石で出来た像が生えてきた。それは逞しい腕のような形を為して、獲物を探すように暴れ回る。

 具現化魔術で剣を作りつつの別の具現化魔術の使用は、大量の魔術を消費する。並の魔術師では難しい魔術の両立を、今のラモーブは軽々とこなしてみせた。


「金魔術の同時使用か! 気を付けろラクゥネ!」

 ラモーブの魔術属性を即座に看破し、フォクセルは警告する。そうしている間にも、宝石の腕はラクゥネに攻撃を仕掛けた。

「心配ありがと! でもアタシは大丈夫!」

 しかしラクゥネもサブヴァータの一員だ。『魔術師狩り』と呼ばれているのはフォクセル一人じゃない。魔術攻撃への対策は朝飯前だった。

 ラクゥネは魔術食いの筒で宝石の腕を殴る。すると、殴られた部分の宝石は砕けて霧散した。魔力へと強制的に変換された魔術が、具現化を保てずに崩壊する。魔術から魔力へと変わったら最後、筒に吸われて栄養にされるだけだ。


「魔術が消えた!? 何だよそれ……聞かされてないぞ!」

 渾身の魔術が一瞬で無力化され、ラモーブは驚きを隠せなかった。

「聞こうとしてないだけだろ。こんな技術、2年前にはとっくに流通してたぜ!」

 困惑するラモーブの油断を利用し、フォクセルは追撃した。今度はかすり傷では済まさない。殺す気で、短剣に力を込める。


「っ!?」

 ラモーブが気付いた時には遅かった。フォクセルの一撃は的確にラモーブを捉え、彼の首を抉る。

 まさに一撃必殺だった。ラモーブの首はぱっくりと裂け、血が激しく吹き出す。

「……ぁ」

 短い音を漏らして、ラモーブは倒れた。周囲に真っ赤な水溜りが広がっていく。


「何だよ。達者なのは口だけだったな」

 拍子抜けした口調で、フォクセルは短剣を収めた。返り血をこれ以上浴びないよう、倒れるラモーブから離れた。

 所詮魔術師であれば、自分の敵ではない。フォクセルはそう思った。魔術攻撃は無力化出来るし、魔術の力に頼って肉弾戦の訓練を怠った魔術師など、切り捨てるのは簡単だ。

 結果は分かっていた。魔術師とサブヴァータは蛙と蛇のような関係。食物連鎖の掟に逆らえるはずもない。


 またいつも通りの勝利か。これで終わりだと思って、フォクセルはその場を去ろうとした。

 だが。

「フォクセル! 見て!」

 ラクゥネが目を見開いてラモーブを指差す。「あぁん?」と気怠げに振り返ると、フォクセルは信じ難い光景を目の当たりにした。

 ラモーブの体が燃えていた。全身があっという間に、激しく燃える。

 まさか自爆特攻か? 自分が死んだら爆発するように仕掛けて、わざとフォクセルに殺されて自爆するつもりだったのか?


 フォクセルは警戒し、咄嗟に距離を置く。だが、ラモーブは自爆など試みていなかった。むしろ単なる自爆だったら、まだ理解が及んだだろう。

 しかし現実は想像より不可解だ。あり得ない事すらあり得てしまう。

「……痛いなぁ。最強の僕ちゃんでも痛みは感じるんだぞ。首を切るなんて……お前最低だよ」

 ラモーブは立ち上がって、そう言った。燃える体で、切れた首を手で押さえて、当然のごとく生きていた。


「……は?」

 流石にフォクセルも目を疑った。夢でも見てるのかと思いたい程だった。

「なんで……なんで死んでないのよ! 首を切ったのに!」

 ラクゥネの言う事が常識だった。首を切られたら人は死ぬ。それが普通だ。ましてや全身が燃えているのだから、どう足掻いても生きていられるはずがない。

 だが現実は常識を凌駕する。ラモーブは死んでないし、彼を包む炎は次第に消えていく。そもそも何故ラモーブが発火したのか、それすら不明だ。


「んひひひひひひ。驚いたか? これが僕ちゃんの能力。僕ちゃんは不死! これがどういう意味か分かるか? 僕ちゃんが世界最強って事だよおおおおおおお!」

 傷一つない体で、ラモーブは高らかに笑った。

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