第84話 「檻の中の人魚姫」

 謎の魔術師二人が破壊活動を行い逮捕されたというニュースが、1日のうちに広まった。その二人は旅芸人のフリをしていたと知り、住民は警戒を強める事となる。

 嵐のように暴れた二人。彼女と彼は、手錠をかけられ不自由の身だ。


「面会時間は4分。規約違反を起こせば、即刻退室頂くのでご理解下さい」

 王国の看守兵に連れられて、俺はシアンリの幽閉されている牢に到着した。彼女にはまだ聞きたい事がある。

「我に何か用か? 敗者が勝者に語る事などあるまいに」

 鉄格子の向こうにシアンリがしゃがんでいた。彼女の力ならこの程度の拘束など容易く突破出来るだろう。しかし魔封布で力を奪われた今のシアンリは、町を沈めるような規格外の魔術は行使出来ない。ここは魔術師用の牢獄。抜かりは無かった。


「不機嫌そうだな」

「当然であろうが。貴様が大人しく死んでおれば、我はグリミラズ様に褒めて頂けたというのに!」

 俺に襲いかかる勢いで、シアンリは鉄格子を掴んだ。その途端看守が睨み、シアンリは大人しくなる。

 気を取り直して、俺は質問した。

「なぁ、シアンリ。お前達『四色ししょく』はグリミラズから力を貰ったんだよな。魔人になるための実験だってコルクマンは言ってたけど、お前も魔人になれるのか?」

 未だ謎の多い『魔人』とかいう存在。コルクマンの異形の姿は魔人に片足を突っ込んだ結果らしいけど、シアンリも同じようになるんだろうか。


「貴様、コルクマンからそこまで聞いておったか。隠すようには言われておらんし……まぁ良いか。暇潰し程度に教えてやる」

 相変わらず偉そうな口調で、シアンリは語った。

「我はまだ『魔人』の域には達しておらん。人術は苦手でな。グリミラズ様から授かったお力は、魔術の強化のみに使わせて頂いたのだ」

「強化……やっぱり昔から、あんなとんでもない規模の具現化魔術が使えた訳じゃないんだな」

「言うまでもないわ、戯け。海をも作るこの力、我のみで到達する領域ではない。グリミラズ様あってこそ。貴様もグリミラズ様のおかげで強くなれたのであろう?」

「まぁ……そうだけど」

 俺の力は俺だけで手に入れた物じゃない。多くの人の協力があって今の俺がある。それは紛れもない事実なんだけど……グリミラズに感謝するのは癪だった。


「クハハッ。貴様『魔人』に興味があるのか? しかし我にも詳しくは分からん。きっとグリミラズ様もな。故にこそ、自らの手で魔人を作り出そうとしているのであろうよ」

「そっか。シアンリも、よく知らない……」

 情報が得られるかと思ったけど、そう簡単にはいかないか。諦めようかと思った時、シアンリは「だが」と呟いた。

「大昔には実在したと聞いておるぞ。ザファ民国が王国だった頃、魔人を自称する男が国家に戦争を仕掛けたとな」

「それって……」

「御伽噺に近い伝承だがな。たった一人の男が、魔術師大勢率いる王国を滅ぼしかけたなど……現実味が無い話ではある。しかし事実だ。グリミラズ様が言うから間違いない!」

 この世界の大昔の伝承を、グリミラズが知っていた? どうやって知ったんだろう。いや記録として残っているなら、あの探究心の塊みたいな男が見逃すはずがないか。


「グリミラズは何がしたいんだ? 魔人とやらを再現して、もしかして食うつもりか?」

 奴は強者を食うために教師になったと言っていた。強い人間を食えば力を得られて長生き出来るとか何とか。だとしたら、国を滅亡させ得る程の力を持つ魔人は、最高の食事だろう。

「ふん。グリミラズの崇高なお考えは、我らの理解では及ぶまいよ」

「じゃあ本人に聞くしかない、か」

「グリミラズ様は貴様を待っておられる。首飾りを集め、グリミラズ様の元へ行くが良かろう。出来ればの話だがな」

 シアンリは挑発するように笑う。俺が倒すべき『四色ししょく』は後二人。どこの誰かは知らないが、いつか必ず戦わねばならない。グリミラズを見つけるためには。


「あぁ。言われなくてもな」

 シアンリもコルクマンも並々ならぬ強敵だった。これ以上の敵が来るかもしれない。だとしても、俺は逃げない。

「クハハハ。自信満々で腹が立つな。貴様などグリミラズ様の手のひらで踊る人形よ。調子に乗るでないぞ。あのお方の威光にひれ伏すがいい!」

「お前はなんでそんなグリミラズが好きなんだ? 確かにあいつは女子に人気があったけど」

 グリミラズは顔が整ってるし、背が高くてシュッとしてる。それでいて賢くて強いんだから、人術教室で女子生徒に人気だった。親代わりの存在だったから懐かれていただけかもしれないけど。それでも、グリミラズの本性を知る俺から見れば、グリミラズを好きになる気持ちが不思議に思えた。


「な、何だと!? グリミラズ様に意中の女が!? そんなぁ!」

 俺の何気ない一言に、シアンリは目を見開いて反応した。彼女の口調が崩れる程、驚いていた。

「いやいや。違うって。曲がりなりにもあいつは教師だぞ? 生徒に手出す訳ないだろ」

「戯けが! そんなの貴様の勝手な理屈であろうが! もしかして、あんな事やこんな事をしたかもしれないだろう!」

 えー、想像したくないな。それ……。


 そもそもグリミラズに人を愛する心があるのか? クラスメイトを皆殺しにした時のあいつは、本気で他人を食事としか思ってなさそうな態度だったけど。

「やっぱ無いって絶対。キスの一つだってしてないと思う」

「キキキキス!? 貴様、なんて破廉恥な!」

 シアンリは顔を真っ赤にして、滑舌を乱した。その大袈裟な仕草に俺は首を傾げてしまう。

「はぁ?」

「だってキスなんてしたら子供が! 子供が出来てしまう!」

「………………」

 もしかしてシアンリって、言動に反してウブなのかもしれない。年相応……というか、それ以上に子供みたいな知識レベルだ。


「そ、そっか……」

「昔から絵本で言われておるであろうが! 接吻で子供が出来ると! それはすなわち愛の契り……グリミラズ様が、我以外の女と!?」

「いやだから、してないって」

「ほ、本当か? グリミラズ様は我を愛して下さっている?」

 弱々しい瞳でシアンリは俺を見る。いや見られても困るんだが。

「そんなの知らないけど……」

「戯けぇ! 我とグリミラズ様は赤い糸で結ばれておるに決まっておろうが!」

 シアンリは鉄格子を掴んで叫んだ。看守は鋭く睨むが、涙ながらに主張するシアンリは意に介さなかった。どうしたんだこの人。情緒不安定か。


「時間です。ご退出を」

 看守が時計を見つつ俺に言った。もう面会時間が終わったのか。想像以上に早かった。シアンリの様子を見て早めに切り上げようとしたのかもしれない。

「……あー、またなシアンリ。グリミラズに会ったらお前の話もしておくよ」

 俺は牢獄を後にした。この先もまだ、戦いの場だ。

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