第82話 「魔人へ通じる一策」

「『サンダー・グローブ』」

 俺の両手に電気が走る。見様見真似で会得した、初歩的な雷魔術だ。この手で触れた相手に電流を流す技。その性質上リーチは短いが、触れさえすれば致命的なダメージを与えられる。

「来い!」

 電撃の拳を構えて、俺は叫ぶ。コルクマンは何も言わずに襲い掛かった。

 今度は見切る。全身全霊で人術を発動させ、細胞全てを集中させる。コルクマンの攻撃を避けて、ようやく俺の手が触れようとした時、コルクマンもスッと体を逸らした。

 コルクマンの動きは素早いだけでなく、とても繊細だ。人術使いだからこそ可能な精密な挙動。簡単には触れさせてくれない。


「だったら、これでどうだ!」

 俺はミリオン・ワンドを大鎌に変形させて振りかぶる。ただ斬るだけじゃない。風魔術で追い風を巻き起こしての、加速した一撃だ。

「ぬっ!」

 今まで拳で攻撃してきた俺が急に武器を使ったものだから、リーチの差にコルクマンは対応しきれなかった。躱せはしない。だからコルクマンは体で受け止めた。

 魔人化で肥大化した皮膚は硬く、大鎌の刃をほとんど通さなかった。それどころか、刃をコルクマンに掴まれてしまう。


「くっ……!」

 俺はミリオン・ワンドを杖の形に戻し、コルクマンの体から無理矢理引き抜く。そして鞭の形に変えて暴れさせた。しなやかな鞭はコルクマンの全身を叩き、やがて先端の刃が彼を貫く。

「ほほう。なかなかやるのだ!」

 コルクマンは両手を外に伸ばし、胸部を誇示するように突き出した。

「人術……《いわけなく》!」

 コルクマンは手を乱暴に振った。それだけで、辺りに台風が発生したかのように空気が乱れる。周りがコルクマンの意思に従い、俺を襲う。


 巨大な力に阻まれ、俺はコルクマンに近付けなかった。何だあの能力は。念動力のような謎の人術で、コルクマンを囲う空間そのものが俺の敵と化した。

「我儘、押し通させてもらう!」

 コルクマンは拳を後ろに下げ、力を溜めるポーズをとった。大技が来る。どうする。止めるか? 避けるか? どちらも非現実的だ。

 だったら先手必勝。俺の方から先に攻撃するしかない。


 近付けないとしても、まだ手はある。物理攻撃が届かないのなら魔術で遠距離攻撃するまでだ。

 通用しない訳ではないと思う。実際、俺の炎魔術はコルクマンに効いた。

 そういえば、何故コルクマンは防護魔術を使っていなかったんだろう。魔術師同士の戦いは、防護魔術で身を守るのが常識なのに。わざわざ防護魔術を使わず、炎魔術を直撃させる理由なんて想像がつかない。


 多分、使わなかったんじゃなくて使えなかったんだ。魔術方面での防御手段に乏しいから、コルクマンは人術でカバーする選択をした。そう仮定したら、辻褄が合う。

 もしかして、『魔人』とは魔術を人術で補い強化する技術なのかもしれない。人の過大解釈である人術なら、人の精神の生み出す現象……『魔術』をも、過大解釈してみせるはずだ。

「『アイアン・ファング』!」

 俺の金魔術で生成した金属片が、一斉にコルクマンを襲う。俺を押し除けた謎の力は、金属片には干渉しなかった。『アイアン・ファング』がコルクマンに刺さる。彼の分厚い皮膚には大したダメージにはなっていないが、攻撃が届いた事そのものに意味がある。

「ぐ……!」

 半魔人と化したコルクマンにも、痛覚はある。俺の魔術はコルクマンの攻撃を阻止するだけの効果があった。


 その一瞬の隙で畳み掛ける。一つ、試してみたい作戦があった。

 ぶっつけ本番だ。今ちょっと思いついただけで、練習なんてしていない。上手くいったら儲けものだと思ってやろうか。

「頼むぞ、ミリオン・ワンド」

 ミリオン・ワンドを槍に変えて、俺は投擲した。俺は近付けなくても、魔術と同じように、槍はコルクマンまで近付ける。

「雑な攻撃を! 甘いのだ!」

 しかし槍は遅かった。側から見ればそれは確かに『雑な攻撃』だろう。だからコルクマンは、悠々と俺の槍を掴んで止めた。

 想定通りだ。


「……っ!?」

 槍を掴んだ瞬間、コルクマンの顔色が変わった。巨大化したコルクマンの肉体は、次第に元の大きさに戻って行く。『魔人』の力はみるみるうちに衰えていった。

「オイラの力が抜ける……! 馬鹿な!」

 コルクマンは半魔人の力を失った。俺の作戦は成功したんだ。


 魔人化が魔術の過大解釈なら、俺の『マジック・ネグレクター』で打ち消せる。本来なら、俺が近付かないと『マジック・ネグレクター』の射程範囲内には入らない。だからコルクマンの人術で接近を封じられた俺は、魔術消失を使えないはずだった。

 そこで、俺は工夫した。ミリオン・ワンドに『マジック・ネグレクター』を付与して、投げてみた訳だ。俺からの魔力供給が途絶えるから持続はしないけど、数秒間だけなら槍に魔術消失効果を付与出来る。何より、遠距離でも『マジック・ネグレクター』を使えるのは大きかった。

 物に『マジック・ネグレクター』を付与するのは初めてだったけど、そもそも『マジック・ネグレクター』や防護魔術は自分自身の肉体への付与魔術だ。間違った使い方ではない……と思う。


 槍に触れたコルクマンは、魔人化という魔術を消された。槍そのものじゃなく、そこに付与した『マジック・ネグレクター』が俺の本命だ。

 力を奪われたコルクマンは跪く。今度こそ、勝負ありだ。

「これが……君の切り札か? いやはや全く……世界は広い」

 コルクマンは足が震えていた。病人のような姿勢の彼が、未だ倒れず俺に向かってくる。


「まだ、やるのか?」

「あぁ、当然なのだ。どちらもまだ、死んでないぞ」

 彼の覚悟は揺るがなかった。死にそうな体とは裏腹に。


「死ぬまでやるなんて野蛮よ。いいから大人しく寝てなさい」


 その声が終わると共に、コルクマンは倒れた。死んだかのように見えたけれど、彼の寝息がハッキリ聞こえていた。

「エムネェス……」

 俺は背後を見た。酒瓶を開けたエムネェスが、アルコールの匂いを漂わせて立っている。

「お疲れ様、アレイヤ。その男は眠らせておいたから、あなたも休みなさい」

 エムネェスは瓶の蓋を閉めた。彼女の顔を見た途端、俺はほっとする。

「悪いな。まだやる事がある。その……ちょっと、俺も眠くなってきちゃって。起こしてくれないか?」

「あらごめんなさい。巻き込んじゃった」

 エムネェスは別の酒瓶を開けて、俺の頭にぶっかけた。キツい匂いが一気に広がる。

「うおっ!? めっちゃ鼻の奥がスースーする!」

「目、覚めた?」

「あぁ……しばらく不眠症になりそうだ」

 エムネェスの酒で眠くされて、エムネェスの酒で目が冴える。とんだマッチポンプだ。

 まぁ、それはともかく。


「ネックレス、寄越してくれ」

 俺はコルクマンの元へ歩いた。彼の首には、傷だらけのネックレスがぶら下がっている。

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