第80話 「もう一人の人術使い」

 コルクマンが床を殴ると轟音が鳴り響いた。時計塔が震え、たちまち床にヒビが走った。

「なっ……!」

 磐石なはずの建物は瞬く間に崩壊し、重力に従って落ちていく。ここが高い場所だと思い出させられ、俺とコルクマンは瓦礫と共に落下した。


 このままだと生き埋めになる。俺は咄嗟に身を外に寄せ、崩れる時計塔から脱出した。そのまま地面へと落ちていくけど、瓦礫に埋もれるよりはマシだ。

 《鋼被表皮こうひひょうひ》で体を固めて俺は着地した。おかげで致命傷には至らなかったが……それよりも。


 あいつ今、人術を使ったか? 俺の聞き間違えでなければ、そうなる。

 俺とグリミラズ以外に、この世界の人術使いがいたなんて。考えた事も無い可能性だった。ありえないはずだと、勝手に決め付けていた。


「……ピンピンしているな。建物ごと潰してやるつもりだったのだが」

 俺の無事を確認して、コルクマンは声を落とす。そう言う彼自身も、高所から着地したのに何事もないかのような様子だった。

「お前……人術使いか! まさか、お前も転移者!?」

「転移者? 何なのだそれは。人術使いなのは否定しないのだが」

 コルクマンは首を傾げた。異世界からの来訪者ではないらしい。じゃあ何故、人術を使えた? この世界では人術は確立されていないはずなのに。


「じゃあ……どうやって」

「どうやって? 妙な質問なのだ。君も人術使いなのだろう? だったら自明だ」

 戸惑う俺と裏腹に、コルクマンは表情を動かさなかった。

 コルクマンが人術を使える理由……それが自明だとしたら、心当たりが一つある。グリミラズの《姿植ししょく》だ。

 自分の技術や感性などを他人に与える、特殊な人術だ。グリミラズの《姿植ししょく》を受けて、俺達『人術教室』のクラスメイトは人術を習得した。コルクマンも同様だとしたら、一応辻褄は合う。

 グリミラズは『四色ししょく』を結成するにあたって、《姿植ししょく》で刺客を強化したんだ。だからコルクマンが人術を使えるし……そうだ、シアンリとコルクマンが天才的な魔術の才能を持っているのもそれが理由か。《姿植ししょく》の効果でグリミラズ並の力を手に入れたとすれば、無名な魔術師であるシアンリとコルクマンが五つ星以上の力を持っているのも納得だ。


 瓦礫の山と化した時計塔を背に、コルクマンは立ち塞がる。街のシンボルが一瞬で壊れる大惨事を前にして、野次馬が集まってきた。

「……むむ。邪魔が入ってきたのだ。無関係な人間を巻き込みたくないのだが」

 周囲を見渡して、コルクマンは困りげに言う。一般人を容赦無く巻き込むシアンリとは、真逆の態度だった。


「人払いするしかないのだな。人術、《げにいみじ》」

 コルクマンは大きく手を叩いた。その音が耳に入った瞬間、全身の神経が震えるような感覚に襲われた。

「……っ!?」

 一瞬で意識を掴まれた。決して無視出来ない迫力がそこにはあった。

 俺だけじゃない。周りの野次馬も、コルクマンの拍手に顔色を青くしていた。ある者は叫び、ある者は絶句し、この場から逃げ去る。

 ただ手を叩いただけで、コルクマンはこの場の恐怖を支配していた。


 見た事の無い人術だ。音で人を驚かす技か? 単純なのに、途轍もなく強力だ。


「これで良し。邪魔者はいなくなったのだ。やりすぎて君まで逃げたら駄目だったのだがな。ふははっ」

 笑う時さえも、コルクマンは淡々としている。あまりにもビジネスライク。一挙手一投足が、『必要だからしている』以外の意味を持っていないみたいだった。

「さて、戦闘再開なのだ」

 コルクマンは腕を振りかぶった。来る!


「くっ……! 『ロック・シールド』!」

 打撃系の攻撃を予測して、俺は眼前に岩の盾を具現化した。分厚い岩の塊は強固で揺るがない……はずなのにいとも容易く粉々になった。コルクマンのパンチは空気を割り、轟音と共に何もかもを吹き飛ばす。


「うわっ!」

 俺は空気の流れに押され、姿勢を狂わされた。よくよく考えたら、時計塔を粉砕するような威力の打撃が、俺の岩魔術程度で防がれる訳も無かった。それにしても無茶苦茶な破壊力だ。あんなの食らったら怪我だけじゃ済まされない。


「何だそのパワー! ふざけてるだろ!」

「ふざけてないのだ。真面目なのだ」

 コルクマンは地面を踏んだ。その瞬間、地震が起こる。偶然の自然現象なんかじゃない。信じ難いが、コルクマンは自力で地震を起こした!

「え……嘘だろっ!?」

 規格外にも程があった。人術の域を超えた力だった。

 いや、あり得ないからこそあり得るのか。人術は元々、神に近付くための力。神の如き所業を実現してもおかしくない。人にはあり得ない事も、神ならば起こせる。

 だけど、言葉にする程簡単でもない。神の領域なんて、俺でも到達出来なかった。コルクマンの人術の才能は俺以上だ。そして、コルクマンに《姿植ししょく》で力を与えたグリミラズは……。


 嫌な事ばかり考えてる場合じゃない。反撃だ。反撃しないと。地震で足を取られてる今、追撃をされたら躱しきれない。その前に畳み掛けるべきだ。

「『ファイア・メテオアロー』!」

 上級魔術で炎の矢を作り、コルクマンに撃つ。全力の業火は視界を覆う程だった。

 《鋼被表皮こうひひょうひ》も使えるであろうコルクマンに、物理攻撃は効かない。だが炎の攻撃ならどうだ。皮膚を固くするだけじゃ防げないぞ。


「……む!」

 コルクマンの息を飲むような声が聞こえる。勝負あったか、と期待したのは一瞬だけだった。

 凄まじい風が吹き荒れて、炎の矢を消し飛ばした。コルクマンは、ひょっとこ口で頬を膨らませている。まさか、呼気だけで俺の炎魔術を吹き飛ばしたのか? 呼吸能力を過大解釈すれば出来なくも無いと思うけど……上級魔術を掻き消すレベルだなんて。


「いや、まだだ!」

 一発目が消されるのは想定外だった。でも俺の『ファイア・メテオアロー』は前より進化した。一度に撃つ火矢は一本じゃない。コルクマンから離れた位置に、もう二本撃ってある。そして、その軌道制御権はまだ手放していない!

「戻って来い! 炎の矢!」

 まっすぐ飛んだ火矢は、急に振り向いて加速した。普通の矢なら起こり得ない挙動を、具現化魔術なら可能にする。


「何!?」

 コルクマンは背を向いた。一発目を防いで安心したであろう彼に、追撃の二発目と三発目の矢が襲う。加速を続ける炎の一撃は、流石に避けきれないようだった。

 直撃。今度こそ掻き消されはしない。爆炎は一気に巻き上がり、天まで突く勢いだった。


 地震は止んだ。静かになった街は、所々亀裂が入っていた。

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