第79話 「魔術狙撃手」

「!? 痛っ!」

 完全の意識の外からの攻撃だった。どこから来た? 誰がやった?

 シアンリじゃない。彼女は怯え切った表情で俺を見上げるだけだった。反撃の素振りは無い。


 俺は足元を見た。鋭い岩の弾丸が、深々と地面に突き刺さっている。そこには俺の血がベッタリ付着していた。

 この岩が俺の足を貫いたのか。岩魔術での攻撃か? しかし妙だ。この辺に敵の気配なんて……。


 いや、待てよ。俺はあの男を見逃していた。シアンリの隣にいた、寡黙な大男を。

 あいつは今どこに? シアンリが海を作り出した頃に姿を消していたけど、まさか本当に逃げた訳じゃないはずだ。


 奴はここから離れて、安全な場所から俺らを狙っていた。町が水没してる間は援護が難しかっただろうけど、水が消えた今なら俺らに攻撃するチャンスだ。


 俺は《千里耳せんりじ》で耳を澄ました。すかさず、俺に向かって空気を切る音。聞こえた。今度こそ不意打ちはされない。

 俺の胸を狙う岩の弾丸を、飛んでる途中で掴んだ。全力の《あく》で止めたつもりだけど、岩は俺の手の中でしばらく回転を続けた。


 凄まじい威力の弾丸だと、肌で理解した。でもこれでハッキリした。あの大男は狙撃手だ。遥か遠くから俺を狙い撃ちしようと企んでいる。

 岩の弾丸が飛んでくる前、銃声が聞こえた。つまりこれは単純に具現化魔術で岩を動かしたのではなく、一度具現化させた岩の制御を手放し、銃に込めて撃ったんだ。


 岩の生成だけを魔術で行って、発射や軌道制御は近代火器に任せる。魔力消費量的に言って、効率的な合わせ技だ。でも、普通の魔術師はそれが出来ない。

 魔術師が銃火器を嫌ってるとか、信条的な理由じゃなくて。やはりここでも具現化魔術の欠点が引っかかる。


 使い手から離れすぎた具現化魔術は消滅する。


 具現化させた物体を銃弾になんてしたら、敵に届く前に消失しかねない。長距離狙撃なんてしたら尚更そうなる。だから、魔術と銃のコラボレーションは現実的じゃないんだ。

 それを可能とする、超広範囲の魔術射程。常識を超えた魔術の才能だ。やはりあの男……コルクマンとか言ったか。あいつもシアンリと同じく無名の天才だ。


「アレイヤ! 大丈夫!?」

 俺の怪我を見て、屋根の上からエムネェスが降りてきた。その時、もう一度銃声が鳴る。今度は俺目掛けての射撃じゃない。エムネェスへの一撃だ。


「エムネェス!」

 俺は思わず飛び出した。必死に手を伸ばし、弾丸の軌道の先へ。

 岩の銃弾はエムネェスに当たらなかった。代わりに、俺の腕に突き刺さる。

「……ぐっ!」

 腕に刺さってもなお回転を続ける弾は、筋肉を裂く痛みを俺に刻みつけた。気を抜くと立っていられなくなりそうだ。


 岩魔術の狙撃手、コルクマン・ブラウン。奴を放置してたら一方的に撃たれるだけだ。一刻も早く阻止しないと。

「アレイヤ……っ! 今、ワタシを庇って……」

「エムネェス。シアンリの水で溺れた人がいるはずだ。助けに行ってやってくれ。俺は狙撃手を倒す!」

 さっきの狙撃で、コルクマンの潜伏場所はだいたい分かった。遠いが、《しつ》で全力疾走すればすぐに接近出来る距離だ。悪いけど、《しつ》の使えないエムネェスは置いて行くしかない。


 俺は痛みを誤魔化しつつ走った。背後からエムネェスの心配するような叱咤するような声が聞こえた。

「勝手に行かないでよ! そんな怪我で!」

 ごめん、エムネェス。お前の言う通りだ。俺はだいぶ無茶をしている。足と手を撃たれて、正直、《しつ》で走るのがキツイ。シアンリとの戦いで消耗して、もう人術を使う余裕が無い。今すぐにでも逃げたい気分だ。

 でも俺は逃げる訳にはいかない。『四色ししょく』がグリミラズからの挑戦状なら、俺は立ち向かわないといけないんだ。


 俺は前だけを見て駆ける。目指す先は街の時計塔だ。岩弾丸はそこから飛んできた。

 高い所は狙撃場所として選ぶには最適だ。この街の時計塔からなら、隣町にだって弾は届くだろう。


 俺が距離をみるみるうちに詰めているのは、向こうからも見えているはずだ。その証拠に、俺を止めようと次々と弾丸が飛んでくる。

 最初こそ隙を突かれて撃たれたが、《光追眼こうついがん》を発動した今なら銃弾だろうと見てから躱せる。周りの人や住居を巻き込まないよう注意しつつ、俺は一気に時計塔へ迫った。


「見えた! そこか!」

 時計塔の窓から俺を狙う銃口。はっきりと視認し、今度はこっちが狙いを定める。

 時計塔の壁を垂直に駆け上がり、窓の桟を掴む。逃げる暇すら与えないうちに、俺は中へ飛び込んだ。


「……話には聞いていたが、恐ろしい少年だ」

 暗い部屋でコルクマンは立っていた。窓から離れ、何も持たずポケットに手を突っ込む。

「撃たれてなお立ち上がり、弾丸を見切り、あろう事か狙撃手に反撃しようと接近する……。どれ一つとっても異常だ。何なのだ? 君は」

 コルクマンは落ち着いた様子でタバコを取り出し、一服し始めた。俺はコルクマンを追い詰めたつもりでいたのに、向こうはちっともそう思ってない。

 むしろピンチなのは俺の方だ。出血は《血染徒花ちぞめあだばな》で止めたからいいものの、やはり怪我と疲労が俺を消耗させている。短期決戦で終わらせないと。


「もう狙撃はさせないぞ」

「そのようだ。いやはや全く。若者と思って甘く見てはいけないのだ。あのシアンリを倒す程だからな」

 コルクマンはまだ戦意を崩していない。この薄暗い部屋で、ギラリと獣のように鋭く俺を睨む。

「改めて、名乗ろう。オイラはコルクマン・ブラウン。用心棒をしている。だからという訳ではないが……君を殺す必要があるのだ」

 コルクマンは宣戦布告した。敢えて明言したその殺意は、シアンリのような享楽を交えたものではなく、淡々とした職責が感じられた。


「俺はアレイヤ・シュテローン。お前がグリミラズの味方をするなら、お前も俺の仇だ」

「いい覚悟だ。きっと君となら、いい勝負が出来る」

 コルクマンはタバコの火を消し、携帯灰皿に仕舞った。何か武器を手に取るのかと思ったけど、未だに彼は丸腰だ。窓の側に捨てた狙撃銃以外に、コルクマンの武器は無いように思える。

 魔術で戦う気か? だったら『マジック・ネグレクター』で打ち消してやる。敵が魔術師である以上、俺の新技は決定打になるはずだ。


 俺は注意深くコルクマンを観察した。彼の開いた口からは、徐に……。

「人術、《いとゆゆし》」

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