第六章 〜迫り来る四つの色〜

第76話 「最初の一人、と……」

「今日はここまで。皆さん、予習復習を忘れないで下さいねー」

 終業のベルか鳴り、放課後が始まる。いつも通りの学校生活は、いつも通りワットムの号令で区切りを付ける。


 グリミラズの宣戦布告から三日、まだ刺客は襲って来ない。警戒は続けているけど、俺は普段通りの日常がある。学校を休む訳にはいかなかった。


「ふーん。アレイヤってモテモテねぇ。四人から熱烈なアプローチ受けるなんて」

 俺の事情を聞いて、エムネェスは茶化すように言った。

「話聞いてたか? そんな楽しい状況じゃないって」

「分かってるわよぉ。いつ襲われるか不安なんでしょ? しかも、敵は誰だか分かんない」

 そう、エムネェスの言う通り。敵が不明なのが一番の懸念点だ。道行く人全員に警戒を向けなければならない。なかなか疲れる。


「理解してるなら、なんで俺と一緒に下校するんだよ。危ないんだぞ」

 俺が帰り道を歩いていると、唐突にエムネェスが背後から飛び込んできて「独り寂しいわね。一緒に帰らない?」と半ば無理矢理付いてきた。別に二人で帰るのは問題無いけど、今は刺客の襲撃にエムネェスを巻き込んでしまう危険がある。

「なぁに? ワタシじゃ頼りないのぉ? 大丈夫よ。アレイヤを狙う悪者なんてワタシが倒してあげるから」

 あっけらかんとエムネェスは言った。少しも怯えてる様子は無い。


「頼りなくはないけど、あんま巻き込みたくもないな」

 エムネェスは協力してくれると前にも言っていたし、その気持ちはありがたい。しかし、刺客はサナの仇じゃない。グリミラズとの戦いならともかく、刺客の撃退にエムネェスが関わる理由は無いはずだ。

 必要以上にクラスメイトを危険に晒したくない。そう思うのは自然な感情のはずだ。


「じゃあ、エムネェスは刺客探すの手伝ってくれないか? 見つけたら教えてくれるだけでもいい」

「探すって言ったって手がかり無いんでしょ? どうするのよ」

「類推は出来る。四人の集団が挙動不審にしてたら要注意だな。あるいは、一人で情報収集してる奴とか」

 刺客は四人。そいつらが一斉に動くのなら、四人組は怪しい。個人個人で動くのなら、そいつは目立たないように振る舞いつつ俺の行く先に待ち伏せている可能性が高い。

 俺に近付こうとする素振り、それが刺客のヒントだ。


「なるほどね。オッケー、探してみるわ」

 エムネェスはキョロキョロと周りの人を観察した。エムネェスの方がよっぽど挙動不審だ。

「あんまり露骨にするなよ。変に思われる」

 エムネェスだけに任せてはいられない。俺もさりげなく周囲を見張る。今のところ、怪しい人物はいない。


「はいはい皆さんご注目ー! シアンリちゃんのパフォーマンス、惜しまれながら最後だよー!」

 繁華街を通ったら、広場が何やら賑わっていた。台に乗った少女の周りに、観客が集まっている。

「あー、旅芸人ね。たまに来るわよ」

 エムネェスも広場の方を見た。あの少女は芸人か。確かに、彼女の全身青色でまとめた服装は目を引く。華やかな笑顔も、軽やかな所作も、一般人ならざる雰囲気があった。

 少女の隣に立つのは寡黙な男性だった。服装は地味な茶色で統一している。地味で大柄な彼と、派手で小柄な少女は対称的だった。


「さぁさ目を離せないよ! あっという間に君達はシアンリちゃんの虜!」

 シアンリと名乗る少女は爪先立ちで踊った。彼女のダンスに合わせて、大きな水滴がフワフワと宙を舞う。水具現化魔術で作った水だろうか。でも、一塊じゃない無数の水滴を同時に……しかもそれぞれ違った動きをさせるなんて、聞いた事もなかった。さりげなくレベルが高い。

 水が華麗に踊る様に観客は目を奪われてるが、それ以上に彼女の具現化魔術の才能が凄まじかった。


「すげぇ! 水と一緒に踊ってる!」

「綺麗ー。絵画みたい」

 観客は称賛の言葉を惜しまなかった。確かに、シアンリのダンスは水滴の光の反射も相まって、非常に幻想的だった。水滴は合体と分離を繰り返して、シアンリの服の上を回る。

「まだまだ終わらないよ! 君達、手を出して!」

 シアンリが笑顔で観客にお願いする。観客は何が始まるんだと期待する顔で手を伸ばした。

「ふふふっ。ありがとう!」

 シアンリは手を振った。すると、水は空中を川のように流れ、観客の体を包む。「なんだなんだ」と興奮気味な観客を、あっという間に水滴の中に閉じ込めた。皆、顔だけを水滴の外に出している。


「え? どういう事?」

「体びちょびちょだよ……」

 観客は戸惑い始めた。どんなパフォーマンスが始まるのかと思えば、いつの間にか全身の殆どを水に浸けられてしまった。

 シアンリは指を天に向ける。巨大な水滴に囚われた観客全員は、水滴ごと空へと浮かび上がった。

 戸惑う声と共に、楽しげに笑う声もあった。水に捕まって高く持ち上げられた観客は、離れた地面を見下ろしてスリルを味わっているんだろう。


「……?」

 俺は首を傾げた。これがパフォーマンス?

 そりゃ、具現化魔術で生成した水で人を持ち上げるのは凄い。簡単なようにやっているが、俺が同じ真似をしても水だけ浮かせる結果に終わる。水を生み出して操っても、それで人を持ち上げるなんて不可能だ。それも、あんなに大勢の人を浮かせるなんて。

 不思議な魔術ではある。でも、それが見せ物として成立するのか? 魔術師に溢れたこの国で? 珍しい魔術や凄い魔術は、魔術学校に行けば見れる代物だ。金を取れるかと言うと、少々怪しい。

 『美しさ』という付加価値でお金を貰っているにしても、やはり不自然だ。人を水滴に閉じ込めて持ち上げる行為に美しさはあるのか?


 シアンリはその場に立って黙っていた。新しく何かが始まる様子も無い。最初はワクワクしていた観客達も、状況が変わらないのに怪訝な顔をし始めた。

「なんだなんだ? これってどういうパフォーマンス?」

「おい! いつまでこのままにしておくつもりだ! さっきから水が服の中に入ってきて気持ち悪いんだよ!」

 ブーイングが次第に大きくなる。それを無視して、シアンリは言った。至極当然のように、真顔で。


「やかましいぞ愚民共。貴様らは人質だ。囚われの身で無駄な口を叩くでない」


 静かで冷酷な口調に、空気は一変した。シアンリの雰囲気は一瞬で異質なものに変貌している。

「……な」

 観客は気圧され、ある者は硬直し、ある者は喚いた。先程までの楽しげなパフォーマンスの光景はどこにも無い。ここにいるのは、水の中から出られない大勢の『人質』と、中心に立つ二人の『旅芸人』だけ。


 ……いや、違う。こいつらは旅芸人じゃない。少女と大男は、観客に興味を失ったように俺だけを睨んでいた。

「待っておったぞ、アレイヤ・シュテローン。貴様を殺すこの時をな」

 シアンリは冷たい表情で舌を出し、ふてぶてしく椅子に座った。


「お前らは……まさか、グリミラズの刺客!」

 俺は全身の毛が逆立つ思いだった。探していた敵が目の前にいたのに、俺は気付かずパフォーマンスに目を奪われていたのか。

「ようやく気付いたか愚か者。いかにも我らこそがグリミラズ様の手足、『四色ししょく』なり。我の名はシアンリ・チャウク。冥土の土産に覚えておけ」

 少女はニヤリと笑って俺を見下ろした。隣の男も低い声で名乗る。

「同じく、『四色ししょく』。コルクマン・ブラウンだ」

 旅芸人のフリをし、人々を水に閉じ込めて『人質』と呼ぶ。それを何事でもないように冷ややかな顔でしてみせる彼女らが、常軌を逸した怪物に見えた。


 シアンリは首飾りを手に取って、俺に見せた。

「これが欲しいのなら戦え。逃げてくれるなよ。この愚民共の命が惜しければな」

 俺が見惚れる程の天才的な魔術を披露した、シアンリ。彼女の脅迫が嘘でないのは明白だった。

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