第75話 「迫る戦いの日」

 日が暮れるより少し早く、山の修復作業は終わった。山を降りようとした時に、ワットムとすれ違う。

「アレイヤ君。アミカさんも。君達も呼ばれてたんですねー」

 ワットムは俺達に気付いて手を振る。俺も手を振り返した。

 そういえば、ワットムも凄腕のゴーレム使いだ。訓練場の破損などをしょっちゅうゴーレムで直している。教師陣で土魔術の使い手と言えば、彼を思い浮かべる生徒も多い。


「お久しぶりです。ワットムは反対側を?」

「はいー。直してきました」

 流石仕事が早い。俺達の様子を見に来る程余裕があるなんて。

「いやはや、コルティ家のお仕事に関われるなんて鼻が高い……ってあれ? 二人とも顔が暗いですねー。何かあったんですかー?」

 やっぱり見抜かれた。先程の件、ワットムには黙っておけない。


「実はですね……」

 俺はグリミラズが宣戦布告してきた事を話した。グリミラズの名前は、世間にとって、そして俺ら一組にとって、忘れ難い名前だ。いつも呑気な顔のワットムも、この時ばかりは真剣に耳を傾けていた。


「ふむふむ。サナさんの仇が本格的にアレイヤ君を狙って来ると……。大変な事になってきましたねー」

 全然大変じゃなさそうにワットムは言った。

「ワットムって何があっても動じないですよね」

「にゃははー。よく言われます」

 冗談めかして言ってるように聞こえるが、別にふざけてないのは分かる。ワットムはこういう人間だ。


「で、どうしますー? 戦いますかー?」

「当然だろ。あいつから逃げるもんか」

 今すぐにでもグリミラズを殺したいし、刺客なんぞで長々と前哨試合ばかりさせられるのは鬱陶しい。でも刺客を倒してグリミラズへの道が開けるのなら、その挑戦から逃げる気は無い。奴の思う壺になるのは癪だが、全てが思い通りにはならないと教えてやろう。


「にゃははー。その意気です。うちの生徒は誰にも負けません。見返してやりましょー」

 ワットムは握った拳を掲げる。アミカは俺とワットムを交互に見て、俺の袖を掴んだ。

「アレイヤお兄ちゃん……危ない事、やめよ?」

 アミカの声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。その弱々しい心配に、俺は足を止める。

「アミカ?」

「アレイヤお兄ちゃんも、サナお姉ちゃんみたいにいなくなっちゃうの? 怖いよ……」

 アミカは目に涙を浮かべた。言われて俺はハッとする。

 グリミラズに皆が憎しみを抱く訳じゃない。アミカのように、戦いを恐れる感情もまた自然だ。「もう二度と失いたくない」……そう思う人だっている。


「アミカは、俺に戦わないで欲しいのか?」

「うん……。だって、グリミラズって人と戦う時のアレイヤお兄ちゃん……すごく怖かったし、悲しそうだった。ねぇ、戦わないで何とかならないの?」

 アミカは不安そうだった。優しいからこそ他人のために不安になれる。

 戦わずに済ますという選択肢は、俺の中からは生まれ得ないものだ。アミカの発想は斬新で、それでいて至極真っ当だ。


「……ごめんな。アミカ」

 彼女の優しい選択肢を、俺は選べない。俺は復讐者になると決めた。大切な人達を殺されたあの日からずっと、俺の憎悪の炎は消えない。

「危険なのは分かってる。アミカの悲しむ顔は見たくないけど……それでも俺は立ち止まれないんだ」

 それに、俺が望む望まないに拘らず、グリミラズは俺を狙うだろう。降りかかる火の粉は払わないといけない。これから四人も襲ってくるなら、警戒して待ち構える他なかった。


「アレイヤお兄ちゃん……」

「大丈夫だ。お前を泣かせはしないさ」

 みんなが俺を大切に思ってくれているのは、最近よく実感した。だから俺は俺を軽視しない。みんなの思いを裏切らないために。

 この戦いは自暴自棄じゃない。アミカに向けた言葉に、嘘は無いんだ。


 そして今晩、俺は家に戻って調査を始めた。グリミラズが派遣するという『四色ししょく』についての調べ物だ。

 『四色ししょく』って名前はグリミラズが勝手に呼んでいるだけだろうし、手がかりにはならない。でも奴は言っていた。刺客は並外れた力を持つと。だとしたら、有名な魔術師とかかもしれない。

 俺を成長させるための強敵……四つ星や五つ星魔術師の可能性が高い。誰が来るかは分からないが、才能ある魔術師を予め調べておけば対策を練れるはずだ。


「さぁ……来い!」

 俺は意気込んでいた。最初に来るのは誰だ。どこからでもかかってきやがれ。

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