第74話 「先生気取りの宿題発表」

「えー? それで山に穴が空いたのー?」

 次の日の昼、アミカは俺と一緒に山の修復作業に出向いていた。昨日の話を教えても、アミカは半信半疑だった。

「いや本当なんだって」

 昨日を思い出すと背筋が凍る。ズォリアの魔術が俺に命中していたら、この穴が俺にも空いていたのだ。


「ふーん。ズォリアおじちゃんって怒らせたら怖いね」

 大した事無さげにアミカは言う。

「ペトリーナの事になるとな……あの人見境無いから」

 一応誤解は解けてズォリアと和解は出来たが、あの時の殺気は忘れられない。流石にわざと外したんだろうけど……と、あの人の理性を信じるしかない。


 それにしても、だ。ズォリアの力は凄まじい。部屋の中から裏山を貫通させる程の光線なんて、最早人間業じゃない。神降宮の宮守ってみんなこんなに強いのか?

 ユフィーリカの神降宮で一悶着あった時、宮守が留守で本当に良かった。


「でもさー。なんであたし達が直さなきゃいけないの? ズォリアおじちゃんは?」

「あぁ。あの人なら今もペトリーナに怒られて凹んでる」

 当たり前ではあるが、ペトリーナの部屋をぶち壊したズォリアは娘にこっぴどく叱られた。部屋を壊したのもだけど、俺に向けて最強クラスの雷魔術を放ったのに大激怒だ。


「お父様! あれは人に向けて使っちゃダメだと言いましたわよね!」


 父を嗜めるペトリーナの形相は、ズォリアよりも怖かった。流石にズォリアは反省し、泣きじゃくりながらペトリーナに許しを乞うていた。大の大人とは思えない光景だった。

 でも、鬼のように強いズォリアの子煩悩な姿は見てて微笑ましくもある。


 ちなみに、ペトリーナは俺と距離を置いている。俺が近付くと、慌てふためいて逃げ出すのだ。俺への疑惑は晴れたはずなのに……。

「気まずくなっちゃったなぁ……」

「ん? 何? アレイヤお兄ちゃん」

「いいや。何でもない」

 雑談もそこそこに、俺とアミカは山を元に戻していく。


 ここはメリシアル教の霊山らしい。そんな大切な土地に傷を付けて、いくら神官でもバチが当たるんじゃないか?

 罰の有無はともかくとして、山に穴が空いたままでは土砂崩れの危険が伴う。森がしっかり根付いているおかげで、すぐには崩れてないが。やはり放置はしておけない。


 そこでゴーレムを作れる土魔術師に仕事を要請された訳だ。山の反対側では、他の魔術師がせっせと働いてる。俺達もサボってはいられない。


 粉砕された土を元に戻すのなら、土属性の具現化魔術で土砂を生成すればいいのでは? と、少し前の俺なら考えただろう。しかし残念。具現化魔術で作った物体は時間経過で消滅する。穴を塞ぐのには使えない。


 じゃあなんで魔術師が呼ばれたのかと言うと、ここで出番が来るのがゴーレムだ。具現化魔術で生成した「時間経過で消滅する物体」に運搬作業をさせる分には問題無い。物を運べる程度の機能を付与した岩人形を作って、そいつらに山の修復作業をさせれば効率的だ。

 ここで言う『効率』とは時間的な意味で、魔力消費的には全然効率的じゃない。正直、魔力を使いすぎて疲れてます……。


「すごーい! もう穴塞がってきたよ!」

 一方アミカは未だ溌剌としていて、幼い子供のように元気いっぱいだ。実際、彼女の精神は肉体より6歳も若いが。


「そういえば、今日はアミカの日なんだな」

「うん! アキマお姉ちゃんにお話したい事とかあった?」

「特に他意は無いぞ。聞いてみただけ」

 聞きたい事は確かにあった。ジェイルと会った時の話とか。まぁでも、そんなのいつでも出来る。

 今日はアミカの肉体を持ったアキマが消え、アキマの肉体を持ったアミカが存在する日だ。何回聞いても奇想天外な状況だ。ウル家の精神反転魔術というものは。


「ふーん。あっ、見て見てアレイヤお兄ちゃん! かわいいよ!」

 そう言ってアミカはゴーレムを指差した。石を運ぶ小さなゴーレムが、途中で転んであたふたしている。その必死に頑張る姿は、ゴーレムが生き物でないと知っていても可愛く見えた。


「あははっ。確かにな。アミカは可愛い物好きか?」

「うん! 当たり前だよアレイヤお兄ちゃん! かわいい物が嫌いな女の子なんていないもん!」

「そうですね。僕も長生きしてますが、見た事ありません。可愛い物が嫌いな女の子って。アミカさんも同じようですし、覚えておくと今後の好感度に繋がるかもですよ? アレイヤ君」

 作業の隙間を埋めるような、他愛無い会話。俺は「だなー」と笑って流した。


「……っ!?!?」


 いや待てふざけるな。何流そうとしている。

 当たり前のように雑談に混じっているこいつを、二人しかいないはずの空間に立つ三人目を、俺は何故見逃してしまったんだ。

「久しぶりですね。元気にしてましたか? アレイヤ君」

 奴は、自然な流れでいとも容易くそこにいた。

「グリミラズ……っ!」

「はぁい。グリミラズ先生ですよ」

 グリミラズは音も立てずに歩いた。緊張感の欠片も無い態度に、俺は怒りを増幅させる。

「ふざけやがって! 死ね!」

 唐突に現れたグリミラズに困惑は隠せなかったが、それでも絶好のチャンスは逃さない。俺は『ミリオン・ワンド』を剣に変化させてグリミラズに斬りかかった。


「おおっと。危ない危ない」

 グリミラズは剣を指で止めて、ひらりと後ろに下がる。

「くっ……!」

 やはり並の斬撃ではグリミラズの《鋼被表皮こうひひょうひ》は破れない。ならば打撃でどうだ。

 今度はミリオン・ワンドをハンマーに変形させて、思いっきりグリミラズの頭を殴った。これもまた、全く手応えが無い。

「殺意が高いですねぇ。僕のせいですけど」

「黙れ! 皆の仇……サナの仇! 取らせてもらう!」

「落ち着いて落ち着いて。今日は君と戦いに来たんじゃないんですよ。お知らせに来たんです」

 お知らせ? 今更俺に何を言う気だ。謝罪の言葉だって、受け取ってやる気は無い。


「前に教えましたよね? 強い人間ほど美味しく、栄養価が高いと。だから君を食べるのは待つ事にしました。長年かけて熟成したワインが味わい深くなるように。君という類稀なる食材も、じっくり時間をかけて美味しくするべきだと思い付いたのです」

「相変わらず意味分からん言い回ししやがって……。お前の狂った嗜好に興味なんかあるか!」

「おや勿体無い。美味しい食事は長生きの秘訣ですよ? 僕だって我慢してるんです。君を早く食べたいのに、君をもーっと美味にするために待ってるんですから」

 くそっ。こいつと話してると頭がおかしくなりそうだ。グリミラズの言葉の一つ一つが、俺の心を掻き乱して憎悪を引き立てる。


「そんな戯言を言うために来たのか!」

 俺は冷静でいられない。すぐにでもグリミラズの首を引き裂こうと、必死に手を伸ばす。だが俺の攻撃全てはグリミラズに見切られていた。

「いえ。ですから、お知らせです。宣戦布告の類ですね。君をさらに成長させるため、僕の仲間を四人程送り込みます。君には、その人達全員を倒して僕の前に来て欲しいんですよ」

 グリミラズは親指以外の4本の指を立てた。


「並外れた力を持つ四人の刺客。『四色ししょく』、と僕は呼んでます。力尽くでも何でもいいので、彼らが持つ首飾りを奪ってみて下さい。そしたら、とある場所を示すようになっています。そこが僕と君の集合場所。全てに終止符を打つ場所です」

 グリミラズは一方的に、ベラベラと喋った。

「そこで待ってますよ。強敵を超えて君が強くなった時……今度こそ、あの日出来なかった『卒業式』の続きをしましょう。僕が死ぬか君が死ぬか……楽しみですね」

 グリミラズは眼鏡を押し上げて微笑んだ。遠足を待つ子供のように、無邪気で楽しげな笑顔だった。


「勝手な事ばかり! 刺客なんて待つまでもない! 今ここで殺してやる!」

「駄目ですよぉ。先生の授業はちゃんと受けないと。勉強もせずに単位を貰おうなんてズルしちゃいけません」

 グリミラズは平然とした顔で、口元に指でバツを作った。そして一言。

「それでは授業を始めます。起立、気を付け」

 その瞬間、グリミラズに向けて飛びかかろうとしていた俺の体は硬直する。俺の意思を拒絶するかのように、俺は直立不動を強制させられていた。

「……っ!? なっ」

「着席」

 グリミラズが言い終わるや否や、俺の体は急に重くなった。しゃがみ込み、跪いてしまう。

 何だ。何が起きている。体が言う事を聞かない。否、グリミラズの言う事だけを聞いている。


「くっ……くそがっ……!」

「あらあら。減点ですよアレイヤ君。先生に対する口の利き方がなってません」

 グリミラズは俺に手を伸ばす。奴の不気味な笑顔が近付く、その瞬間。


「アレイヤお兄ちゃんに意地悪しないで!」

 アミカの鋭い叫びが山に響いた。アミカの放つ岩の弾丸が、グリミラズの肩に命中する。傷一つ付いていないが、グリミラズは俺から視線を逸らしてアミカを見た。

「アレイヤ君の今のクラスメイトですか。本当に、素晴らしい学友に恵まれていますね」

 グリミラズは手を上げ、火の玉を生成した。グリミラズの炎魔術。その熱さは、俺が身を以て知っている。

「やめろ!」

 俺が叫ぶのも聞かず、グリミラズは躊躇なくアミカに炎を放った。業火はアミカを襲い、彼女を覆って……。


「『インヴァース・オーダー』!」


 その声が聞こえた時、炎は水へと変わった。

 信じられない光景だ。でも現実だ。

 アミカは炎に焼かれる事なく、代わりに水浸しになった。

「……おやおや。これは」

 グリミラズは茫然としていた。あの男の驚いた顔は久々に見る。


 インヴァース・オーダー。アキマが使っていたのと同じ、ウル家の反転魔術だ。その力は例外なく、魔術を反転させる。炎は水へ。属性のベクトルは真逆へと裏返った。


 アミカの魔術でグリミラズは動きを止めた。

 この隙を逃さない。

「グリミラズ!」

 俺はミリオン・ワンドを槍に変え、全霊を込めて突き出す。皮膚の硬度を上げる《鋼被表皮こうひひょうひ》にも限界はある。圧力の高い一撃に、一体どれだけ耐えられるか。

「……!!」

 グリミラズは咄嗟に俺へと視線を戻した。そして激しく体を逸らす。俺の槍はグリミラズの頬を擦るだけだった。

 僅かな擦り傷。それだけでも、大きな一歩だ。


「はははっ! これはうっかり!」

 グリミラズは俺から距離を取って、ズレた眼鏡の位置を直した。

「でも伝えたい事は伝えました。明日から楽しみにしていて下さい。それでは、また会いましょう」

 グリミラズの体に黒い手のようなものが伸びる。霧の如く輪郭が曖昧なそれは、瞬く間にグリミラズを覆い尽くしていった。

 これはシャルロット先生が体育祭で使っていた『アブダクト・ブラックミスト』か? あんな技まで、グリミラズは習得していたのか。

 まずい。逃げられる。『アブダクト・ブラックミスト』は人を遠くへ運ぶ転移魔術だ。


「待て!」

 俺はグリミラズを追った。しかし遅かった。俺が槍を突いた時には、グリミラズは霧に飲まれて消えていた。

 また、逃げられた。俺を嘲笑うかのように奴はどこまでも逃げる。


 だが今回は今までとは違う。奴は、「再び会おう」と言った。『四色ししょく』とやらの戦いが終われば、決着を付ける気だ。

 グリミラズからの宣戦布告。ついに、復讐が幕を閉じる時が近付いてきた。


 それが、俺の死で終わるのか奴の死で終わるのか。

 結末は神のみぞ知る。だけど、勝利への確信はこの手にあった。


 むしろ好機だ。チャンスは目の前まで来ていた。

 俺はいつまでもグリミラズの生徒じゃない。この世界で俺が強くなったと、奴に知らしめてやる。

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