第73話 「急募:自然な流れで家に帰る方法」

「いや待て。落ち着け俺」

 状況を整理しよう。このまま放っておけば、ズォリア達は総出を挙げて俺を探しに行く。そんな無意味な行為をさせる訳にはいかず、即刻ズォリア達を止めなければならないが、ここで俺が飛び出したらどうなる。あれだけ闘志を高めていた彼らに水を刺す事になる。


 威勢よく演説していたズォリアは特に赤っ恥をかくだろう。彼の面子のためにも、角の立たないやり方で顔を出さなくては。


「ん? なんや、アレイヤあんちゃんやんけ。そんなとこで、どないしたん?」

 恐る恐るコルティ邸を覗く俺の背後から、少女の声。

「うひゃあっ!?」

 俺は驚くあまり、素っ頓狂な声を出してしまった。

「な、何だユーリンか……。驚かせるなよ」

 背後に立っていたのはユーリンだった。彼女は「はぁ?」と首を傾げる。

「別に驚く程の事でもないやん。ってかアレイヤあんちゃん、拉致されたんちゃうの? サブヴァータっちゅー、しつこい変態に」

「拉致はされたけど……まあ色々あって」

 事情をどう説明しようか。あるがままに伝えると、あらぬ誤解を招きそうだな。


「解放されたんだよ」

「ふーん。良かったやん。はよ家入れば?」

「いや、それが厄介な事になってて……」

 家の状況を説明しようとすると、ユーリンは俺の口元に手を出して発言を制した。

「言わんでも分かるで。あんちゃんも難儀やなぁ」

 ユーリンはしたり顔で笑った。流石ユーリン。五歳児とは思えない頭の働き様だ。何も言わずに事情を察するなんて。


「……! そう! そうなんだよ!」

「あんちゃん、ペトリーナ姉ちゃんの風呂覗こうとしとんのやな?」

「そうそう、ペトリーナの生肌を見なくちゃ一日が終わらなくて……って全然違うわ!」

 何も察してないなお前! 思わずユーリンみたいな口調でノリツッコミ入れちゃったよ!


「なんでやねん。家に帰ってコソコソする理由なんてそれくらいしか無いやろ」

「そんな訳無いだろ」

 俺は玄関前で目撃した光景を説明した。今度こそ、ユーリンは状況を理解したようだ。やはりこの子は頭がいい。


「ははーん。なるほど。帰りづらい空気になっとったんやな」

「そうそう」

「別にええやん。堂々と帰ったら。あんちゃんが無事なんがハッピーエンドやろ? 戦いなんて起きないのが一番正義や」

「おお……たまに良いこと言うよなお前」

「いつも良いこと言うとるよ」

 誇らしげな顔をするユーリン。彼女の言う通りだと認めたいが、やっぱり不安は残っていた。


「でもズォリアが同じように思ってくれるかどうか。『ワシに心配かけさせおってー!』って怒るかも」

「それ見てみたいな。笑えるで」

「冗談じゃない。ズォリアは怒ると面倒臭いんだ」

「うーん、せやな。ほなら、ペトリーナ姉ちゃんに先に会いに行ったらどうや? 姉ちゃんと一緒にズォリアのおっちゃんに顔出したら、流石に怒られへんやろ」

 確かに。名案だ。

 ズォリアはペトリーナの前で激怒しないはず。ペトリーナが「お父様! せっかく戻ってきてくれたアレイヤさんに何て態度を取るんですか! アレイヤさんは悪くないでしょう!」と嗜めるのが目に見えてるからな。


「じゃあ早速行くで」

「でもどうやって? ペトリーナの部屋に行くにもここを通らないといけないだろ?」

 ペトリーナに会うために玄関を通るのは本末転倒だ。先にズォリアと会ってしまい、面倒臭い雰囲気が始まる。

「窓から入ればええやん。ペトリーナ姉ちゃんは今部屋におるし、声かけたら開けてくれるやろ」

 確かに! 名案だ!


 この時の俺は、勢いに任せてユーリンの案を採用してしまった。ユーリンのアイデアなら間違いないような気がしていたのだ。


 しかし俺は忘れていた。ペトリーナ誘拐事件以来、この家はセキュリティを強化している。部屋の扉からではなく、窓などの別の通路から誰かが侵入した場合、不正侵入として探知結界が作動する仕組みになっていたのだ。


 ズォリアお手製の魔術結界。その対象に例外無し。たとえコルティ家に住んでいる俺やユーリンだとしても、容赦無く結界は探知する事を。


「お! 姉ちゃんやん! おーい、開けてくれや!」

 コッソリとペトリーナの部屋に辿り着いた俺達は、窓の外まで来た。ユーリンが声をかけ、窓に手をかける。鍵のかかってなかった窓は、ユーリンが力を加えただけで、するりと開いた。


「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!」


 探知結界発動。俺達を侵入者と見做した結界は、家中に警報を響かせた。


「あ」

 俺とユーリンは同時に声を漏らす。恥ずかしながら、今この瞬間に俺は探知結界の事を思い出した。


「アレイヤさん!? ユーリンも! どうしたのですか!?」

 ペトリーナは目を丸くして、窓の外の俺達を見た。彼女からすれば理解の追い付かない光景だったろう。誘拐されたはずの俺が戻ってきて、ユーリンと一緒に『侵入者』と扱われているのだから。


「ご、ごめんペトリーナ! 事情は説明する。とりあえずこの警報を止めてくれないか!」

 ペトリーナと感動の再会となるはずが、それどころじゃなくなった。この警報、ズォリア達も間違いなく聞いている。ならばこの部屋に駆け付けるのは時間の問題だった。


「何事だっ!」

 ほらやっぱり。ズォリアは血相を変えてペトリーナの部屋に現れた。彼の部下も一緒だ。

「え、えっとですね……」

 俺は返答に窮した。絶対、堂々と玄関から帰るよりややこしい事態になってる。


 とりあえず俺が不法侵入しようとした訳ではないと伝え、警報は止めて貰った。ペトリーナの部屋に侵入者が来たという誤解は解けたが、それでみんなが納得するかと言えばそうではない。この意味不明状況を作り出した俺には説明責任がある。

「どういう事だ、これは。アレイヤ君、無事だったのだな?」

「えぇ、まぁ。抜け出して来ました」

 正直には、サブヴァータに勧誘されたり紆余曲折あった。でもそれを教えるとサブヴァータに入ったのかと疑われる。それよりかは、抜け出したと言う方が自然に話が終わるだろう。


「まぁ! 自力で帰ってくるなんて凄いですわね! ですが、お怪我はありませんか? ザハドさんからは『酷い目に遭った』と聞いておりましたが」

 ペトリーナは俺を褒めつつ心配してくれた。確かに酷い目には遭ったけども、取り返しのつく程度の『酷い目』なら大した事ない。


「平気だよ。それよりザハドは? あいつは無事なのか?」

「えぇ。昼頃にハンドレドに戻ってきて、事情を伝えて下さりましたわ。今頃、学生寮でお休みになられてるかと」

 へー、あいつ学生寮暮らしだったんだ。この国に自宅が無いから、下宿か寮に住むのも当然か。でもザハドが大人しく休んでるとは思えないな。あいつも俺を奪還するため準備してるかもしれない。早くザハドにも俺の帰還を伝えないと。


「ふ、ふむ。そうか。何はともあれ、無事に帰れたのだな! サブヴァータを滅ぼすつもりで意気込んだのだが、拍子抜けだな! まぁいい! まずは祝おう! よくぞ戻ってきたアレイヤ君! ガハハハ!」

 ズォリアは威勢よく笑って俺の背中をバンバン叩いた。良かった、機嫌良さそうだ。

「よかったなぁ」

「うん。心配したんだぞ」

 ズォリアの部下の魔術師達も口々に俺の帰りを祝った。みんな優しい。俺のために戦おうとしてくれた人達ばかりだ。あまりの温かさに涙が出そうになる。

 これで万事解決だ。俺が安心して窓から入ろうとすると、ズォリアが一言。


「ところで、何故窓から? 正面玄関から入れば良かっただろうに」


 空気が静まった。「確かに」という同意と「何故」という疑問が同時に皆の脳裏に浮かんだからだ。

「え、えっと……それはですね……」

 どう答えようか。「ズォリア達に気を遣って」とか「騒ぎになりすぎて出にくかった」とかか。間違ってはないんだけど、ズォリア達が悪いみたいな言い方は良くないな。


「ややややややちゃうで! ちゃうんや!! ワイらはペトリーナ姉ちゃんの部屋に忍び込んでスケベな事しようだなんて思うてません!」


 俺が答えを考えてる隙に、ユーリンが慌てふためいて言った。己の無実を主張するその発言が、逆に酷く白々しく見える。

「…………」

 静寂はさらに重々しくなった。今の静けさは、全く別の意味を持つ。

「……そうなのか?」

 ズォリアは何故かユーリンではなく俺を見て言った。

「そうなのですか?」

 ペトリーナも顔を赤らめながら俺を見る。

「いや何で!? 俺を見るのはおかしいだろ!」

 あらぬ疑いをかけられているのは明白だった。一同の視線が俺に向く。俺の隣で目をキョロキョロさせて手を盛んに振るユーリンがわざとらしい。なんだこの幼女!? 頭いい馬鹿なのか!?


「なぁユーリン。変な事言って誤解招くのやめろ」

「でもあんちゃん、『ペトリーナの生肌を見なくちゃ一日が終わらない』って言うてたやんけ」

「ユーリンさん!? 変な事言って誤解招くのやめてくれませんか!?」

 いや言ったけど! でもそれノリツッコミで言っちゃっただけだから! 本心じゃないから!


 俺は必死の弁明の言葉を紡ごうとした。しかし時すでに遅し。ペトリーナは恥ずかしげに俯いて、ズォリアは静かな怒りを瞳に宿らせていた。

「……そうか。お前のような不埒者は、帰ってこん方が良かったかもな……」

 ズォリアは両手を向かい合わせる。彼の手から凄まじい魔力が感じられた。

「ち、違うんだ!」

「問答無用おおおおおおお! 娘を狙う変質者め! 地獄に落ちるがいい!」

 ズォリアの腕から閃光が走る。俺の真横を過ぎ去ったそれは、部屋の壁を貫き、裏山に穴を空けた。

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