第72話 「予定よりちょっと長い旅」

 ジェイルの車に乗せられて数時間。空はとっくに暗くなっていた。

 国境を越え、いつしか見慣れたハンドレドの街が見えてくる。

「お主の家はどこじゃ? 近くまで送ってやろう」

 ハンドルを握りながら、ジェイルが尋ねた。

「ここの神降宮の家に居候させて貰ってるんだけど、メリシアル教轄領って知ってるか? 『癒しの街』って呼ばれてる所」

 俺が答えると、ジェイルは手を止めた。少し黙った後、彼は言う。

「そうか。お主、コルティ家に住んでおったのじゃな。なるほどの」

 ジェイルは道を曲がって、ペトリーナの家に向かった。場所は知っているらしい。


「ジェイル。この辺は詳しいのか?」

「少しの。仕事柄、調べておかねばならなかったのじゃ」

 仕事って、呪い屋の事か? それとも王国の兵士の方か。どっちにせよ不穏な空気を感じる。

 そういえば、休戦中とはいえ敵国の兵士であるジェイルがハンドレド王国に来て問題ないんだろうか。ハンドレドに入国する時の検問は、かなり簡易的なもので誰でも入れそうだったけど。警備が薄くないか?

 気になったのでジェイルに聞いてみた。

「ジェイルって自由にこの国に来ていいのか?」

「ん? 駄目じゃぞ? 普通、国境で弾かれる」

 即答だった。あっさりしすぎて、冗談か本気か分からない。


「え。じゃあ何で」

「うははは。そりゃ当然、この身の『呪い』の効果じゃ。両国の国境警備兵には危機感を欠如させる呪いをかけておいた。たまにあるじゃろ? うっかり、問題を見逃してしまう不幸が。それを意図的に引き起こしたのじゃ」

 ジェイルは呪いの力で国境を楽に越えたらしい。それは悪用なのでは? とツッコミを入れる前に、彼の持つ不思議な力の正体が気になった。

「何でも出来るんだな。お前の呪いって」

「いいや。便利な代物ではない。むしろ限定的で汎用性の無い技術じゃからなぁ。……知りたいか?」

 そう言うジェイルは、喋りたそうだった。俺は黙って頷く。


「うははは! 好奇心の強い少年じゃの。よろしい。目的地まで後数分じゃが、教えてやろう。呪いというのはな、憎悪とか嫉妬とか……いわゆる『人の負の感情』の流れをある程度操作する技じゃ。負の感情は目に見えないが、蓄積すると人に不幸を呼び起こす」

「それって、精神が魔力になるのと同じか?」

「似ておるの。この世界は精神のエネルギーが技術として確立している分、前の世界より呪いが使いやすいわい。まぁ何でも出来る程ではないがの。負の感情が起こす悪い現象を、ちょっと……ほんのちょっとだけ、操る訳じゃ。起こせる不幸は、予め決まっておる」

 分かったような分からないような。魔術で例えると、人の運勢を操作する魔術って事か。凄く強力に思えるけど、ジェイル曰く「使いにくい」らしい。


「実に扱い辛い。扱い辛いが……その分、発動出来れば恐ろしい。どんな可能性の低い『不運』でさえ、確率が0で無い限りは起きてしまうのじゃからな。『失敗が起こりうる余地があるなら必ず失敗する』と、昔の有名人が言っておった。その法則を現実にするのが『呪い』じゃ」

「昔の有名人? 魔術師か?」

「いや、この世界の住人ではない。お主の故郷の世界の住人でもないな」

 って事は、ジェイルが転生前にいた世界の人間の発言か。起こりうる失敗は必ず起こる……至言だな。


「ほれ。着いたぞ。後は歩いて帰れるじゃろ?」

 メリシアル教轄領に着いて、ジェイルは車を止めた。見慣れた風景だ。ここまで来れば帰宅したも同然だ。

「ありがとう、ジェイル」

「礼には及ばん。けじめをつけたまでじゃ」

 ジェイルは俺を降ろして、また車を発進させた。

「ザガゼロールに帰るのか? ジェイル」

「いいや。この身はまだ仕事がある。この国でな。ついで一働きしてから帰るわい」

 ジェイルは手を振って、去っていった。仕事って何をするんだろう。俺に言ったって事は、公言出来ないような内容ではなさそうだけど。


「……さて」

 コルティ家まで無事(?)戻って来た訳ではあるが。事情をどう説明しようか。

 俺がサブヴァータに襲われて拐われた事は、コルティ家にも伝わっているはず。ザハドが俺を放置するとは思えないし、きっと全力で捜索してくれているだろう。

 俺を心配してくれたのは嬉しいけど、こんなにすぐに帰って来たら気まずくなりそうだ。「お前無事だったのかよ!」って。


 俺はコルティ家の玄関の前に立った。僅かに扉を開けて、そっと中の様子を探る。

「諸君! 集まって貰ったのは他でもない!」

 玄関前のホールに、大勢の魔術師が集まっていた。彼らの前で演説しているのは、この家の主。ズォリア・コルティだ。


「本日午前、アレイヤ君がサブヴァータの襲撃を受け、拉致されたとの報告があった! アレイヤ君と言えば先日の魔術体育祭で優勝した期待の新人として皆も知ってるだろう。しかも拉致の現場には一年一組の優等生ザハド・キーマン君も共にいた。あの二人が共闘したにも拘らず、サブヴァータを撃退出来なかったという! やはりタリオ法王のご判断は間違っていなかった! サブヴァータは『六つ星』に認定される驚異である! これは由々しき事態だ! サブヴァータは一度ならず二度までも、このコルティ家の身内に手を出した! ここで奴らに為されるがままでは、宮守一族の名が廃る! 何としても、サブヴァータを倒しアレイヤ君を救出しなければならない!」


 ズォリアは顔を真っ赤にして、サブヴァータへの怒りと闘志を表していた。唾が飛ぶ程の彼の激昂に、整列する魔術師達は真摯な顔で頷いた。

「法王陛下の許可は頂いた。アレイヤ君救出作戦の実行部隊は我々である! 事件を耳にして以来、ペトリーナは心配のあまり倒れてしまった! 支離滅裂な事を口走って涙を流すばかり! これ以上、我が最愛の娘を泣かせて良いものか良い訳無いだろ貴様らぁ!」

 ズォリアの叫びに、彼の部下達は一斉に「はいっ!」と答えた。


「いい返事だ。では行くぞ! 準備は整った! くっ……無事でいろよアレイヤ少年! お前に何かあったら、ペトリーナがどんな顔をするか……。想像したくもない!」

「我々も同じ心であります! ズォリア神官! アレイヤ殿は我々の……いや、この国の恩人! ペトリーナお嬢様を救って下さった御恩、今こそ返す時です!」

 ズォリアの部下の一人が言うと、周りは「そうだ! その通り!」と呼応する。

「お前ら……。感謝する!」

 ズォリアは涙を拭い、高らかに腕を上げた。


「出撃だあああああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺はそっと扉を閉じ、足音を立てないように玄関前から離れた。

「………………どうしよう」

 えらい騒ぎになってる。

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