第71話 「フォクセルの勧誘」

「え。やだ」

 反射的に答えが出た。本当に一瞬も迷わなかった。

「は? いや待てコラ。驚くなり迷うなりしろよ」

 フォクセルは眉にシワを寄せる。そんな不満げな顔されましても。


「なんで俺がサブヴァータに入らなきゃいけないんだよ」

「いいのか? サブヴァータに参加したい連中は世間が思ってるより多いんだぜ? 大半は不採用だが、今回は特別にオレの方からオファーをかけてやるって言ってんだ。チャンスだろ」

 無用なチャンスなんて、目の前にあっても掴もうと思わない。フォクセルが得意げに勧めるサブヴァータへの加入は、俺にとってあまりにも魅力が無かった。


「謹んでお断りさせて頂きます」

「丁寧に言い直してんじゃねぇ! このガキっ、せっかく王サマに差し出さねぇでやろうと思ったのによ! 恩知らずかぁ?」

「誰が恩知らずだ! 元はと言えばお前のせいで拐われたんだよ俺は! マッチポンプにも程があるだろ!」

 フォクセルと口論が始まった。フォクセルがクライアントに俺を突き出さなかったのは、勧誘したかったかららしい。拷問されて殺される危険を考えたら、確かにフォクセルには助けられた結果になったけれども。それに恩を感じろと言われるとな。だったら最初から誘拐するなって言いたい。


「うははは! フラれたのぉ、フォクセル!」

 俺らの口論を止めたのはジェイルの笑い声だった。

「クルドフ王相手なら話し上手なんじゃがの、お主。随分勧誘が下手くそになったではないか」

「うるせえよ」

 フォクセルは苦虫を噛み潰したような顔をして乱暴にソファに座った。

「もういい! てめえなんか要るか」

「ほほう。ではアレイヤ少年はこの身が貰っておくぞ」

 ジェイルは俺の肩をポンポンと叩いた。そしてフォクセルに命じる。

「フォクセル。そろそろ陛下に報告しておけ。『アレイヤは木っ端微塵になって死んだ。回収は出来ませんでした』とな」

 え? その設定でいいのか? 嘘報告して俺が死んだ事にしたいのは分かるけど、ちょっと突拍子も無い設定じゃなかろうか。


「あぁ? んー、ま、いいか。あの馬鹿王なら納得するだろ」

 一瞬だけ懐疑的な目付きをしたフォクセルも、結局ジェイルの案に賛同した。

「いや雑っ。何だよ木っ端微塵って。体内で爆発でもしたのか?」

 俺はつっこまずにはいられなかった。仮に体内で爆発しても俺は死なないと思う。俺でなくとも滅多にない死因だぞ、木っ端微塵。

「いいんだよ。この国の王は魔術の専門知識なんて無いからな。敵の魔術で自爆しましたとか言っとけば誤魔化せる」

 えー本当? フォクセルが適当な男に見えてきたんだが。


「さぁさぁアレイヤ。お主は帰るのじゃ。人に見られぬよう、ひっそりとこの身が運んでやる」

 ジェイルは車の鍵を取り出して玄関に向かった。ハンドレドまで送ってくれるらしい。至れり尽くせりだ。こいつらの都合で俺がここに連れて来られたんだから、相応の待遇ではあるかもしれないけど。

「ありがとう。でもいいのか? 俺を連れて来いって命令されてたのに、結果的に無視する事になったんだろ。王様の怒りを買うかもしれないのに」

 クルドフ王がどんな人格か、俺は知らない。でもサブヴァータの力を借りるような国王が人格者とは思えなかった。目的のためなら手段を問わないタイプの人間だろう。わらをも掴む気持ちで頼ったサブヴァータが、任務で十全の結果を出さなかったと知れば、怒り狂うかもしれない。


「んあ? おいおい。もしかしてお前、オレを心配してんのか?」

 フォクセルは目を丸くして、腹を抱えて笑った。

「かかかかか! 甘ぇよな本当! こんな目に遭って自分より他人の心配かよ! サブヴァータには入らねぇくせにな!」

「わ、悪いか」

 あまりにもフォクセルが愉快そうなので、馬鹿にされてるのかと思った。あるいは逆に怒ってるとか。

「悪くねぇよ。お前は優しいなぁ、おい。でも自覚してるか? それはお前が余裕な証拠だ。こんな状況でも『自分は大丈夫』って思ってる証だ。脳天気っつーか、馬鹿っつーか」

 やっぱり馬鹿にされてる? 口では褒め言葉らしき事言ってるけど。


「優しい奴なんて大勢いるけどよ。そいつらが優しいのは恵まれてるからだ。それだけだ。運良く恵まれた環境にいるから他人に優しくする余裕があるだけなんだよ。それを『神に愛されてる』って表現すんなら、オレはふざけた神なんざぶっ殺すぜ。不平等なくせに偉そうなクソ神をよ」

 フォクセルはそう言い残して俺の前から去った。言ってる内容は共感出来なくもなかったけど、結局フォクセルの意図が掴めなかった。

 あいつ、呆れてたのか? それとも怒ってたのか。


「単純に見えて掴み所の無い男じゃのぉ、フォクセルは」

 ジェイルも頭に疑問符が浮かんだようで、ぼそりと呟いた。

「そこも人間の面白い所じゃがな。誤解するなよアレイヤ。奴は悪党じゃが下衆ではない」

「あぁ。それは……分かってる」

 フォクセルの人格は世間のイメージとは乖離していた。完全無欠の怪物のような男じゃなく、人並みの感情豊かな青年だ。手段としての『悪』は成しても、『悪』が目的ではない。


 殺意に塗れた言動しているくせに、本気で俺を殺そうとはしなかった。俺を殺せるチャンスは沢山あったのに、あいつは見て見ぬ振りをしていた。威圧的な言動は、きっと彼なりの対人スキルだ。

 フォクセルが何故テロリストをやっているか、俺は知らない。でも私利私欲じゃないのは分かる。俺の誤射から少女を守ったあの時のフォクセルが、それを物語っていた。


 咄嗟に身を挺して見知らぬ子供を守るなんて、心の底に善意が宿ってなきゃ出来る行為じゃない。根が悪に染まっていて行動だけ取り繕う人間との違いは、いざという時に現れる。

 もちろん、フォクセルは悪党だ。どんな理由があれテロは悪行だ。だからと言って、悪党が世間の想像する『悪』を四六時中体現しなければならないという訳でもない。


 「優しさは余裕からしか生まれない」とフォクセルは言った。本当だろうか。

 だとしたら。常に世間から狙われて、敵だらけの余裕の無い人生を送っているフォクセルの『優しさ』の根源は何だと言うんだ。


 余裕が無いからこそ。恵まれていないからこそ。幸せでないからこそ。

 その窮地を打破するために立ち上がれる人間も、きっといる。

 それを『英雄』と呼ぶか『悪人』と呼ぶか、それだけの違いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る