第70話 「もう一人の異世界人」

「どこで聞いた? 俺が異世界人だって」

 俺の出身を知っているのはコルティ家の人達と一組生徒だけのはずだ。今日初めて会ったジェイルが何故知っている? アキマから聞いたのか?

「聞いたから知っとる訳じゃないわい。この身には見えるのじゃ。同類の気配がの」

「同類?」

「そう。何を隠そうこの身も異世界から来た者。仲間なのじゃよ」


 驚きの告白だった。俺とグリミラズの他に、異世界から来た人間がいたなんて。異世界人は珍しいと聞いていたけれど。

「異世界転移者……! 俺と同じ!」

「あぁ、すまん。厳密には転移者じゃなくて転生者じゃな。この身は一度、別の人間としての生を終えた者。輪廻転生の輪に導かれ、この世界で二度目の生を手に入れた人間じゃ」

 転生者。聞いた事はある。グリミラズが授業で少し言及していた。人間が同じ姿と精神を保ったまま別世界に移動するのが『転移』。一度死んだ人間の魂が、別世界の生命の肉体に移って生まれ変わるのが『転生』だと。俺は前者、ジェイルは後者だ。


 どちらにせよ、別世界に行くという超常現象なのは変わりない。それが可能なのは、基本的に『同軸』の世界同士に限定される。

 世界は無数に存在していて、それら全ては仮想的な『軸』の上に立っている。軸が近ければ近い程似た世界になり、遠ければ遠い程乖離した世界になる。俺がこの世界に来て違和感なく会話や生活が成立しているのは、俺の元いた世界とここが同じ軸だからだ。

 グリミラズは異世界転移現象に詳しかった。今思えば、あいつが異世界転移の呪いにかけられて様々な世界を渡り歩いたからだろう。


 ジェイルはこの世界で生まれ変わった。神の御業とされる『輪廻転生』の力によって。だとしたら、ジェイルはここと似た世界で生まれ育った経験があるって事だ。

「お主。『オリカイ ハルメ』という名前に聞き覚えは? 何か感じる事はあるかの?」

 ジェイルは聴き慣れない単語を口にした。

「オリカイ……? それ、人名なのか? 変わった名前だな。ハルメって名字も聞いた事ない」

「ふむ。『変わった名前』か。そう思うじゃろうな。ちなみにオリカイが名字でハルメが名前じゃぞ。この世界とは順序が逆なのじゃ」

「へぇ。そうなのか」

 ならば一層珍しい。名前のアクセントも違和感があったし、やはり俺の知る世界の人名ではないのだろう。

「アレイヤの故郷はこの身の故郷の世界とは違うようじゃな。同郷かと思ったのじゃがの」

「そのオリカイってのがお前の本名か?」

「いかにも。この身がジェイルと名乗る前のな」

 ジェイルは寂しげに答えた。同郷の仲間に会えると期待した彼を、がっかりさせてしまったかもしれない。気持ちは少し分かる。周りが現地の人間だけだと、不安になるものだ。


 でも、ジェイルとの出会いはいい機会だ。今度はこっちから質問しよう。

「お前、呪いを使えるんだってな。しかも異世界転生の経験もある。一つ聞かせてくれ。グリミラズって男を知っているか」

 グリミラズは異世界転移の呪いを受け、同じ世界に長くいられない。摩訶不思議なその現象の真実を、ジェイルは知っているかもしれない。

「うむ。知っておるぞ」

 ジェイルは惜しみなく返答した。そして、思いもよらぬ言葉を続ける。

「この身もお主と同じ、グリミラズを憎む復讐者じゃからな」


 復讐者は俺一人じゃない。

 グリミラズの悪魔のごとき本性を鑑みれば、あいつが多くの人間から憎まれてるのは当然だ。だから、俺以外にグリミラズへの復讐を決意する人間がいるのも不思議じゃない。

 冷静に考えたらその通りだけど、この時の俺は驚きを隠せなかった。

「俺と、同じ……」

「うむ。そういう訳じゃ。仲良くしてくれ。情報交換なら大歓迎じゃぞ。なにぶんあの男は、この身も手に負えぬ怪物じゃからな。倒すための手がかりは多いに越したことはない」

 この時初めて、ジェイルを信用しようと思えた。彼は俺と目的を同じくする仲間だ。一組の皆のように、俺の隣で戦ってくれる同志だ。

「……! ああ! こっちこそよろしく!」

 俺とジェイルは握手を交わした。サブヴァータに襲われた時はどうなる事かと思ったけど、まさか頼もしい味方が増えるなんて。災い転じて福となす、だ。


「お主にコンタクトを取ったのは、協力を頼みたいからというのもある。奴が異世界転移の呪いに侵されておるのは知っておろう? この身としては、奴がさっさとこの世界から去ってくれるのならそれも悪くないと思っておるのじゃが……そうならなかった場合、奴を殺さねばならん」

「その異世界転移の呪いが何なのか、お前は知ってるのか?」

「いや、そんな呪いは初耳じゃ。『異世界に消えてしまえ』と呪う奴がおるとはのぉ」

 専門家のジェイルでさえよく分からないのか。グリミラズにかけられた呪縛は、相当レアな代物らしい。


「されど、これは光明じゃ。魔術や、お主の使う人術とやらはグリミラズには効果が薄い。奴はどちらも達人じゃ。お主も味わったじゃろう?」

 ジェイルに聞かれ、俺は頷いた。あの時の悔しさはまだ忘れない。魔術も人術も、俺よりグリミラズの方がずっと格上だった。

「じゃが、呪いならどうじゃ? この身の扱う呪いのノウハウは、奴にも通用するはず。でなければ、奴は自らの呪いを解いておるはずじゃからな!」

「そうか! 確かに!」

 盲点だった。『呪い』という未知の概念が確固たる戦力と化した今、グリミラズの対策が浮き彫りとなる。あのグリミラズにも弱点はあった。

「話は簡単ではないがな。奴に呪いを浴びせる前に、この身が殺されるのが先じゃろう。じゃが、お主が共に戦ってくれるのなら話は別。魔術体育祭で優勝したというお主の実力、期待しておるぞ」

 ジェイルは席を立って、リビングの向こうに声をかけた。

「おーい。フォクセル。お主も混ざれ」

 呼ばれてフォクセルは戻ってきた。


「あぁ? 何だよ。終わったのか?」

「いや、これからじゃ」

 ジェイルはフォクセルを座らせた。

「お主も力を貸して欲しいんじゃろ。ならば自分で話を付けい」

「けっ。力を貸して欲しいなんて甘えた言い方は好きじゃねぇ。ハッキリと不遜に言うぜ。オレは」

 フォクセルは机に足を乗せて、俺の方を見た。

「アレイヤ。お前、サブヴァータに入れ」

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