第69話 「ジェイル達の本当の目的」

 車で連行され、数時間。着いた先は一軒家だった。牢屋に連れて行かれると思っていたから、意外だった。

「ここは、この身の家じゃ」

 そう言ってジェイルは鍵を開け、家に入った。俺もサブヴァータの二人も、一緒に彼の家にお邪魔する。

「おいおい。王城に運ぶんじゃねぇのか? ジェイル」

「急くなフォクセル。まだ陛下にアレイヤを渡すタイミングではないわい。お互い、この少年には利用価値がある。そうは思わんか?」

 フォクセルとジェイルは何やら企んでいるようだった。フォクセルは「なるほどな」とニヤける。


 ここに来るまでに会話はほとんど無かった。あるとしても、フォクセルとラクゥネが他愛無い雑談をしているだけだ。まだ謎の多い彼らについて情報を探りたかったけど、俺には何も語ろうとしない。特にジェイルは寡黙だった。「話は向こうに着いてからじゃ」としか言わない。

 『向こう』とは、魔術六国の外にある非魔術国家『ザガゼロール王国』だった。確か、ハンドレド王国と休戦中の国だったか。戦争の緊張はまだ解けておらず、魔術師が簡単に入れる国ではないらしいけど。ジェイルの運転する車は、ジェイルの顔パスであっさりと入国出来た。


 「俺を捕まえる」と言っていた割には、家に運び込まれただけだ。簡単に脱出出来そうな気がする。……気がする、だけだ。

 ジェイルの家に来た時点で、とっくに解毒は出来ていた。時間はたっぷりあったから、解毒人術を考案する余裕はあった。でも、何故か自由に動けない。体を動かそうとすると、とんでもなく重く感じる。絶対にこの家は脱出不可能だと、肌で理解出来た。


「さて。のんびり寛いでくれ。と言っても、そんな気分にはなれんじゃろうがな。安心せい。これ以上お主に危害を加える気は無い」

 ジェイルは俺をリビングに案内し、お茶を出した。まるで客人のような扱いだ。

「…………」

 不可解だ。警戒せざるを得ない。フォクセルの仲間と思わしきこの男が、俺を持て成してくれるなんて。

「鍵、かけなくていいのか?」

 開きっぱなしのリビングのドアを見て、俺は言った。俺を拘束したいとしたら、あまりにも無用心すぎる。

「ん? 別に構わん。今、この身のかけた『同調圧力の呪い』で、お主はこの家から出られん。この身が家を出ん間はの」

 ジェイルは不思議な喋り方をする男だった。訛りも独特だし、一人称も珍しい。自分の事『この身』って呼ぶ奴初めて見た。


 それに、最も気になるのは彼が口にした『呪い』という言葉。

「お前……もしかして『呪い屋』のジェイルか?」

 やっと思い出した。アキマから呪いについて教わった時に耳にした人名。彼女の幼馴染みのジェイル君だ。呪いを稼業にしている男だとか。

「む? お主、この身の名前を知っておったか。あまり有名人になった覚えは無いがの」

「お前の幼馴染みから聞いたんだ」

「あぁ、アキマか。なるほどの。あの娘は今ハンドレドの魔術学校に在籍しとったか。お主もあれじゃろ? 学生魔術師じゃろ?」

 アキマの名前を出した途端、ジェイルは機嫌よく笑った。この男がアキマの言ってたジェイルで間違いないようだ。


「そうかそうか。アキマの学友か。悪い事したの、アレイヤ・シュテローン。もう一度言うが、お主にこれ以上危害を加える気は無い。敵ではないと思って良いぞ。『呪い屋』を信用せいと言われても難しいじゃろうがな」

 ジェイルの声に敵意は無かった。だったら俺を捕まえたのは何故?

「かかかっ。いいのか? 王サマがお怒りじゃねぇの?」

 フォクセルが揶揄うように言うと、ジェイルは「いいのじゃ」と即答した。

「陛下はアレイヤを連れて来いと命じられた。それがいつでも良かろうよ。それに、お主は権力に素直に従う男でも無かろう。自らの目的が最優先。じゃろ?」

「違いねぇ」

 フォクセルはリビングを後にした。ラクゥネも彼について行く。

「先に話済ませとけよ。オレの順番は後でいい」


 そしてリビングには俺とジェイルの二人だけになった。

「お主を誘拐したのはこの国の王、クルドフ陛下の命令じゃ。だから我々が悪くない、と言うつもりは無い。じゃが、この身とフォクセルとラクゥネにお主をどうこうする意思は無かったと思ってもらって良いぞ。フォクセルはお主へのリベンジがやりたかったようじゃが……あの様子を見るに、もう満足したようじゃろ。うははは」

「王様の命令? じゃあ、サブヴァータのクライアントってザガゼロールの国王だったのか……!」

 とんだ大物が来た。サブヴァータを雇うくらいだから、どこかの犯罪組織か何かが黒幕かと思っていたけれど。まさか一国の主だったなんて。

 これは、世間にバレたら大騒ぎになる事実だ。魔術六国が敵視するサブヴァータと、ハンドレドの敵国であるザガゼロールが手を組んでいたとは。戦争の再開を疑われてもおかしくない。


「事情は察したようじゃな。国王陛下は、ペトリーナ・コルティ暗殺の妨害をしたお主を目の上のたんこぶと思っておる。情報を聞き出してから抹殺したいと考えるのが普通じゃろうな。国王とサブヴァータの関係を知られた以上、生かしては帰すまい」

 しれっとジェイルは言った。そんな計画を聞かされて、「ああそうですか」と流してはいられない。

「俺を拷問して殺すために、ここに連れて来たんだな!」

「落ち着け。国王の命令がそうだというだけじゃ。この身が従ってやる義理は無い」

「は? だって、王様の命令なんだろ?」

「そうじゃな。この身は国王の配下。表向きは忠誠を誓わんとならん。じゃがこの身としても、無闇に人命を奪いたくはない。人は大切じゃ」

 つまり、命令を無視するって事か? だから王城ではなく、自分の家に連行したと。

 俺が言うべきか知らないけど、命令を無視なんかしていいのか? 後でどんな罰が待っているか分からないのに。


「単刀直入に言おう。この身がお主を助けてやる。国王を欺き、表向きはお主が死んだ事にしてな。じゃから交換条件として、質問に答えて欲しい」

 ジェイルはお茶を飲みつつ提案した。国王の命令通りに誘拐したフリをして、密かに俺を逃す作戦を。

「質問……? 何が知りたいんだ」

 まだジェイルの事を完全に信頼出来るとは言い難い。でも、この状況においてジェイルの要求を飲むのが最適解だと思えた。どっちみち、ジェイルの『呪い』が発動している間は俺はこの家を出れないんだ。逆らっても無意味だ。


 ジェイルは満足げに頷いて、言った。

「よろしい。じゃあ一つ目の質問。お主……異世界から来たのじゃろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る