第67話 「再戦、アレイヤとフォクセル」

 フォクセルはナイフを構えつつ、握る右手を後ろに下げた。あの短い射程では、思いっきり振り下ろしても俺達に攻撃は届かない。となると、投げるつもりか。

 あんな大振りな動作見せられたら、攻撃が来る前に対処出来る。俺はナイフの軌道を予測し、体を逸らした。

 するとその瞬間、フォクセルは素早く上着の裏から拳銃を取り出した。右手にナイフを持ったまま、左手で銃を撃つ。銃口の向く場所は、俺の避けた先だった。


「しまっ……!」

 しまった。と思うより早く銃声が鳴り響く。銃弾は俺の肩に当たり、弾かれる。《鋼被表皮こうひひょうひ》を予め発動しておいて良かった。危うく肩に穴が空くところだった。

「やっぱ効かねえか。安物の弾丸じゃあなぁ」

 俺に銃弾が通用しないのは、既にフォクセルは知っている。微塵も驚きはしない。隙を見せず追撃の準備に移っている。

 敵ながら見事なブラフだった。投げナイフと見せかけて無駄な回避を誘う作戦。俺が人術使いじゃなかったら、今の一発でフォクセルの勝ちは決まっていたかもしれない。


「そこだっ!」

 俺が肩で弾丸を受け止めてる間、ザハドは魔術の行使を済ませていた。氷の矢がザハドの手から放たれ、フォクセル目がけて飛んで行く。

「おおっと」

 フォクセルは細長い筒を前に突き出した。氷の矢は筒に吸い込まれ、消失する。

「ええっ!?」

 ザハドの攻撃はあっさり無力化された。俺の『マジック・ネグレクター』に似ている現象だけど、ザハドと一緒に俺も驚いてしまう。複雑な条件下でしか使えない魔術無力化を、あんなに簡単にやってのけるなんて。

「あの筒……魔術を吸収するのか? 厄介だな」

 俺はフォクセルの異名を思い出し、言った。『魔術師狩り』とはよく言ったものだ。前に戦った時は俺は魔術師じゃなかったから実感湧かなかったけど、いざ魔術師になってみるとこの男の手強さが分かる。


「だとしても、俺らが有利さ。アレイヤの攻撃と、俺の攻撃、二つとも防ぐなんて無理だ。二人がかりで攻めるぞ」

 ザハドは諦めなかった。数の有利を生かして畳み掛けるつもりだ。

「2対1で挑んだのが間違いだったね! サブヴァータのフォクセル!」

「2対1? 誰がそんな事言ったんだよ」

 フォクセルは勝ち誇ったように言った。その意味を理解した俺は咄嗟に振り向いた。

「……っ! ザハド! 避けろ!」

 振り向いた先、開いたドアの向こう。ふくよかな女が隣の車両から顔を覗かせていた。見覚えのある顔だ。フォクセルと一緒にいたサブヴァータのメンバー。名前は確かラクゥネ。

 彼女は銃を持ってザハドに向けた。俺が叫ぶや否や、ラクゥネは引き金を引く。


「何っ!?」

 ザハドは俺の声に反応して身を捩った。でも避けきれはしなかった。ラクゥネの銃弾はザハドの足を貫いた。

「うっ……あっ……!」

 ザハドは顔をしかめて跪いた。血の溢れる太ももを押さえる。

「ザハド!」

「大丈夫だアレイヤ。魔術で治療する」

 大丈夫そうじゃない鈍い声で、ザハドは答えた。有言実行で回復魔術を使っているけれど、回復に集中しているザハドは攻撃に転じられない。


 一瞬にしてまずい状況だ。ザハドは機動力を奪われて、しかも銃を持った二人に挟み撃ちにされた。ザハドが銃弾を防ぐには、魔術で防御しなければならない。今はそれすら難しい。


 ザハドが本気で魔力を解放すれば、数メートル離れたフォクセルとラクゥネを倒すのなんて簡単だ。そんなのザハド本人が一番分かってる。でも、それが出来ないのも分かってる。

 何故ならここは一般人もいる電車だ。ここでザハドが魔術を本気で撃ったら、電車はバラバラに破壊される。当然、他の乗客も無事では済まない。高速で走る電車が急に壊れれば、ザハドだって外に飛ばされてしまう。普通に考えて、死ぬだろう。


 ここは、周りに誰もいない広々とした訓練場じゃない。多少大暴れしても何の被害も無い学校施設とは違い、公共の場所だ。ザハドの強力な魔術も全力を出せない。


 偶然出来上がった不幸、などではない。フォクセルはこの状況を狙ってたんだ。だから電車の中で襲ってきた。

 魔術師への一番の対策は、魔術を使わせない事。単純にして最適な解答だ。


 数の有利なんて無かった。むしろフォクセル達の方が有利だと言える。攻撃を畳み掛ける作戦は実行前に瓦解した。

「くっ……だったら!」

 今戦えるのは俺だけだ。俺は金魔術で鉄製の弾丸を生成する。修行の時を思い出して、最低限の魔力で。そして列車に被害を与えないように、炎魔術などは避ける。大した威力は望めないが、フォクセルとラクゥネだけを狙うならこれが精一杯だった。

 当たれ、と祈りつつ『アイアン・ファング』を放つ。

「だーから、無駄だって分かんねぇのか?」

 俺の撃った金属弾はフォクセルの筒に吸い込まれて消えた。ラクゥネに撃った分も、同じく彼女の筒に吸われた。サブヴァータは一人一つその筒を持っているのか? そんな無茶苦茶な性能の道具を。


 一体どうしろって言うんだ。大規模な魔術攻撃は出来ない。小規模な魔術攻撃は吸収される。かと言って接近戦に持ちこむには、どちらか片方に近付かねばならない。その間、ザハドは無防備だ。俺はこの場を離れられない。

「かかかっ。どうしたよアレイヤ。お前、魔術師になって弱くなったんじゃねぇか? お得意の人術はどうしたよ? えぇ?」

 フォクセルは挑発する。俺は返す言葉も無かった。フォクセルの作戦に陥れられたのは否定出来ない事実だ。

 フォクセルは魔術師じゃないと聞いている。単なる人間で、弱い存在だと思われているからこそ、彼が魔術六国の列強を脅かしている事実が恐れられているんだ。口では「非魔術師ごとき」とサブヴァータを馬鹿にする人達も、本音では理解している。サブヴァータの脅威を。

 俺だって、決してこの男を馬鹿に出来ない。魔術が使えなくとも、人術が使えなくとも、フォクセルは強かった。人類の最も強い力は『知恵』なのだから。


「何も出来ねぇなら……そのままくたばれ!」

 フォクセルはナイフを逆手に持って俺に飛びかかってきた。ここで決めるつもりか。今度はブラフじゃない。全力の刺突が迫ろうとしている。

 避けようと思えば避けられた。でも俺の背後にはザハドがいる。俺が体を逸らしたら、ナイフが抉るのはザハドだ。

 躱す訳にはいかない。防ぐしかない。俺は両手を交差させて、フォクセルのナイフを止めた。《鋼被表皮こうひひょうひ》で皮膚を強化してるから、ナイフの刃も通さない。衝撃を消してる訳じゃないから、痛みは感じるけれど。

「……痛っ」

 俺は腕の痛みを堪えつつ、腕を思いっ切り押し上げた。ナイフをフォクセルの体ごと吹っ飛ばし、車両の天井に叩きつける。

 それを予測していたかのように、フォクセルは見事に天井で受け身を取った。そして天井を蹴って床に戻る。人術使いならではの俺の動きも、フォクセル相手には驚かす事すら出来ない。


「おいおいおい。デマギアメタル製の最高級ナイフだぜ? 腕ぶった斬れると思ったのによぉ」

 フォクセルはナイフを見つめて不満そうに言った。俺は腕を確認する。軽い切り傷程度しか残っていなかった。

「残念だったな。かすり傷だ」

「へぇ。かすり傷かよ。そいつは残念だったな」

 ……ん? 何だその反応。ほぼ同じ内容を返されたんだが。

 フォクセルは俺から視線を外さない。俺の様子を、じっと観察している。

「何だよ」

「いやいや。強い人間ってのは油断しがちだなと思ってよ。なまじ致命傷を受けない体してると、かすり傷なんて気にしなくなるよなぁ。かかかっ」

 フォクセルは笑った。余裕そうに振る舞うブラフか? いや違う。これは……。

「なぁ。オレが何も対策せずにお前を殺しに来ると思うか? 縦断もナイフも爆弾も効かない化け物みてぇなお前相手に、俺が最高級ナイフ一本で勝てると踏んだ……なぁんて訳、ねぇよな?」

「それは……」

 確かに、不自然だ。フォクセルの作戦により俺達は決定打を見出せずにいた。しかし、俺に致命傷を与えられないのは向こうも同じはずだ。一度俺の人術を見たフォクセルは、それを知ってるはずなのに。戦術を練って来たフォクセルが、ここで手を抜くなんておかしい。

 斬撃では俺を倒せない。だったら、フォクセルが考えるであろう次の手は……。


「……っぐ!」

 どうした。体が急に鈍くなる。じわじわと全身が痛くなる。頭までボーッとしてきた。

 突然の不調が体を襲い、立ってすらいられない。跪いて俺はフォクセルを見上げた。

「これ……は……」

「毒だ。このナイフに仕込んでおいたんだぜ。猛毒だからよぉ、ちょっとでも傷を付ければ十分って訳」

 フォクセルはナイフを鞘にしまった。もう役目は終わったとばかりに。

「かすり傷? そいつは残念。致命傷だ」

 俺を見下ろすフォクセルの笑みは、霞んでよく見えなかった。

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