第66話 「旅行の帰路、電車の中で」

 長かったようで短かった研修旅行が終わる。サナの残留魔力の謎は解けなかったけど、代わりに深い探求を得られた。ユフィーリカ流の観点から見た魔術研究、きっと役立つはずだ。


「帰ろうか。アレイヤ」

 満足した表情でザハドは駅へ向かった。帰りは行きと同じく、好きな手段で自由に移動すればいい。

「あぁ」

 俺とザハドは魔動列車での帰宅を選んだ。飛行魔術も転移魔術も使えない俺にとって、電車は非常に便利な足だ。《しつ》で走って帰ってもいいけど、流石に隣国までの距離となると数時間はかかる。そんなに走り続けたら疲れてしまう。


「間も無く四番乗り場に、ハンドレド王国ライデン港行き特急列車が参ります。鉄柵上昇致します。ホームでお待ちのお客様、青い線の内側までお下がり下さい」


 駅員さんが注意事項を口にしながらホームを歩く。電車の接近を告げる鐘の音と共に、自殺防止用の鉄柵が線路の両端を隔てた。

 乗客は俺とザハド以外に殆どいなかった。こんなに便利な乗り物なのに、人気は無いのだろうか。それとも、ラッシュ時刻からズレてるだけか。

「魔力で動く電車……こんなのもあるんだな」

「異世界から来た君には珍しく映るかい? 魔術を使うだけが魔力の用途じゃあない。機械の力を借りれば、効率良く移動出来るって訳さ」

 列車に乗り込み、俺達は雑談を交わした。旅の思い出を語りたい気分だった。


「王様に会いに行かなくてよかったのか?」

「会ったよ。自由時間の間にね」

 あっさりとザハドは答えた。久しぶりの帰省だというのに。

「え。自由時間って一時間くらいじゃなかったか?」

「うん。だから、その間に」

 そんなの、移動時間も加味すれば少し会って話すだけで終わってしまう。王家の人間が帰ってくるのに、あっさりしすぎじゃないか?

「ははっ。また何か心配してる顔だな、アレイヤ。でも気にするな。これが俺達一族なんだ。アルターラ王家の人間関係なんて……みんなが思うより、冷たいものなんだよ」

「え?」

「その話はいつか話すさ。機会があったらな」

 ザハドは話題をはぐらかした。今は言いたくない、そういう事らしい。


 だったら俺も掘り下げようとは思わなかった。適当に相槌を打って、別の話をする。研究所を見学した時の話、ホテルの料理が美味しかった話、リリアンゼがあの後王様に怒られた話。色々だ。

 他愛無い会話をしている内に列車は街を抜け、人けの少ない荒野を走っていた。線路以外何も無い田舎の光景だ。発展したユフィーリカ王国にもこんな長閑な風景があると知ってなんだか安心した。

 列車はなかなか止まらない。特急だから、次の駅に着くまで何十分もかかったりする。のんびりした電車旅だ。


「失礼します。切符を拝見致します」

 この車両に車掌さんが入ってきた。切符の確認の時間か。俺とザハド以外に同じ車両の客は皆無だった。車掌さんは迷わず俺の前に来て、改札鋏を近付ける。


 切符を差し出す俺の前に、突き出されたのはナイフだった。


「……っ!?」

 反射的に俺は避けた。体は最適行動をとっていても、頭は理解が及ばなった。

 何故? 車掌さんが俺を殺そうとしてきた? 不正乗車なんてしてないぞ!? いや、仮にそうだとしてもいきなりナイフを向けるなんて無いだろう。


「おいおいおい。完全に油断させたと思ったのによぉ。ほんと、お前只者じゃねぇな。アレイヤ」

 車掌さんはケタケタと笑ってナイフをしきりに持ち替えた。いや、この人は車掌さんじゃない。胸元の名札の写真と、この男の顔は明らかに違う。偽物だ。

「お前は……」

 車掌のフリをして俺を殺そうとした、この男。こいつを俺は知っている。

「久しぶりだなクソガキ。あの時の借りを返しに来たぜ」

 男は帽子を脱ぎ、顔を露わにした。怒りを常に瞳に宿らせている、赤髪の青年。

 サブヴァータのフォクセル。ペトリーナを誘拐した男が、再び俺の前に現れていた。


「フォクセル! どうしてお前が!」

 偶然、なんてはずが無い。奴の服はきっと本物の車掌さんから奪い取った物だ。そこまでして俺を油断させ、ナイフで喉元を狙う暗殺の手際。これが冗談の類であるものか。本気で、かつ用意周到に、この男は俺を狙ったんだ。

「仕事だよ、仕事。お前を捕まえなくちゃならねぇんだ。出来るだけ生かして連れて来いってよ。出来るだけ、な」

 わざとらしい言い方だ。死体の方が運ぶのが楽だから、元より殺す気だろうに。

「仕事? やっぱりお前、誰かに雇われてたんだな」

「かかかっ。もうお前に隠しても仕方ねぇし、認めるぜ」

 クライアントの有無を、フォクセルはあっさり認めた。それにしても、「隠しても仕方ない」って? 俺以外には隠さないといけない相手だったって意味か。いや、それは今どうでもいい。サブヴァータが個人の都合で動こうが、誰かの指示に従う傭兵だろうが。


「そうかよ。サブヴァータは金持ちと権力者しか狙われないんじゃなかったのか?」

「あぁ。それと、魔術師と邪魔者もな。お前はオレの仕事を邪魔しやがった。責任取ってもらわねぇとなぁ? ん?」

 フォクセルはナイフを構え、腰を低く落とす。完全に戦闘体勢だ。

「くっ……」

 せっかくの長閑な電車旅が台無しだ。いきなり兵隊に絡まれたり、いきなり犯罪組織に絡まれたり、最近ろくな事が無い。


「ちょっとちょっと。俺を忘れて貰っちゃ困るよ、お二人さん」

 俺とフォクセルの間に入ったのはザハドだった。落ち着いた雰囲気だが、しっかりと視線はフォクセルに向けて警戒している。

「あぁん? 誰だお前はよぉ。どっかで見た顔だな」

「アレイヤの友達さ。君が噂の六つ星賞金首、フォクセルだね。ははははっ! 随分な大物じゃあないか! 俺なんか到底及ばない有名人だぞっ!」

 何故かザハドはテンションが上がっていた。そういえば、フォクセルが史上初の『六つ星』を与えられたとニュースで聞いたな。五つ星を上回る、最強の悪人の象徴。確かに有名人ではある。

「気を付けろザハド。こいつがズォリア達の目を盗み、ペトリーナを拐った犯人だ」

「へぇ。あのズォリアさん所の警備をすり抜けて。それはそれは。悪名通り、只者じゃあないな」

 フォクセルを恐れるような事を言いながら、彼の声は楽しんでいた。世界を震えさえる程の男との戦いを前にして、ザハドは至上のショーを楽しむ子供のように目を輝かせている。


「ザハド……? あぁ、なるほど。お前の顔、思い出したぜ。ユフィーリカの王子だな? けっ、下らない皮肉言いやがって。テメェの方がよほど大物じゃねぇかよ!」

 ザハドの名前を聞いただけで、フォクセルは彼の正体を言い当てた。関係者以外誰も気付かなかった、ザハドの身分を。

「よくご存知で。でも皮肉じゃあないよ。本心さ」

「『六つ星』なんてクソ権力者共が勝手に決めた称号だ。オレは大したもんじゃねぇよ。でもなぁ、お前らをボロ雑巾にして連れ帰るくらいの事は出来るぜ?」

「はははっ。それは勘弁。せいぜい抵抗させて貰おうかな。行くよ、アレイヤ」

 ザハドの魔力の高まりを肌で感じた。目に見えない力の奔流が、車両内を満たす。


 俺達以外に客のいない、静かな車両。そこは一瞬にして小さな戦場と化した。

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