第65話 「非魔術国家の新兵器計画」
真実は常識を疑った先にある。当たり前のものが当たり前に存在して然るべきと考える人々には、残酷な現実は見えない。
「首尾は上々か? ジェイルよ」
ザガゼロール王国の元首、クルドフ王は言った。彼の配下であるジェイル・ハルメタリアは「勿論でございます」と頭を下げる。
「計画は全て意のままに。『新兵器』が国王陛下の元へ届くまで後僅かでございます」
一抹の焦りも無く彼は答えた。計画は全て順調だ。上手く行きすぎている程に。だからこそクルドフ王は不安を感じる。
「そ、その……大丈夫なのだろうな。神を我が国の兵器にするなど」
ザガゼロール王国が進めている『新兵器』開発の計画。それは、魔術六国の神々を軍事利用するという前代未聞の作戦だった。文字通り神をも恐れぬ所行。神を信仰していない国の王でさえ、慄いてしまう。
だが他に手立ては無かった。魔術を使えないザガゼロール王国が魔術六国の列強と対等以上に渡り合うためには、圧倒的な戦力が必要だ。
「ご心配には及びません。魔術国家の六大神は必ずや国王陛下のお力になります。祟りや神罰などありません。あれは我々の大きな味方、パートナーなのです」
ジェイルは太鼓判を押した。六大神について彼は詳しい。だからこそクルドフ王はジェイルを配下にしたとも言える。
「む、むぅ……。ならば良いのだが」
「えぇ。魔術師共が崇めるあれは、奴ら一族に魔術を伝えたとされる存在。言わば魔術師の祖であり、最強の魔術師達です。この国が神々の力を得れば、負けるはずなどありません」
「そ、そうだな。余とした事が、不安になるなど! ふはははは!」
クルドフ王は上機嫌に笑った。憎き魔術国家達を打ち倒せる力がそこまで迫っているのだ。笑わずにはいられない。
「先程、実験に成功致しました。奉られし力の解放は、一瞬ながらも確実に。やがて布石を置き続ければ、神々の顕現は時間の問題でしょう」
「ふむ。ジェイルよ。貴様の『呪い』とやらの力だな。しかし……その……本当に必要なのか? 呪いの発動に、我が国の財宝が」
クルドフ王は玉座に座り、惜しみながら眼前の財宝達を眺めた。卓上に置かれた六つの宝。ネックレスや指輪やティアラなど、全て王室が所有する国宝だ。その総額、何兆シルあるのか分からない。
「申し訳ございません、クルドフ王。しかし今はお耐え下さい。これら財宝の犠牲により、魔術六国に大いなる厄災を振り下ろせるのです」
「復讐の呪い、であったか。復讐者である貴様には似合いの力だ」
半分賞賛、半分皮肉を込めて、クルドフ王は言う。国宝を捨てなければならない『復讐の呪い』だが、そこまでしなければ列強に勝てる程の力は得られない。戦争のためなら涙を飲んで財宝を放棄する覚悟だった。
「ご理解、感謝致します。この身は『呪い屋』でございます故、強力な呪いの発動には相応の代金を頂きます」
「ぐぬぬ……仕方あるまい。使え。その代わり、確実に神の力を奪ってみせよ」
「はっ。仰せのままに」
彼らは目的のためなら悪魔とも契約する。手段は選んでいられない。財宝を捨てようが、人ならざる力に触れようが、戦争の勝利のためなら厭わず。
停戦協定破棄の日は近い。今こそザガゼロールが再び宣戦布告だ。そして、大いなる厄災の力で世界をこの手に。
六国会議で各首脳は自国を離れ、魔術学校の学生達は研修旅行の時期だ。指揮系統と戦力が薄い今こそ好機。
勝利の未来を見据え、ジェイルは不敵に笑う。
「この身は陛下に捧げし物。必ずや、国家の大願を成就してみせましょう」
そしてジェイルは謁見の間を後にした。これから忙しくなる。魔術六国を回って、呪いを振り撒いていかねばならないのだから。
「ん? ジェイルじゃねぇか。これから仕事か?」
廊下ですれ違ったのは、サブヴァータのフォクセルだった。隣にはラクゥネもいる。二人は次の任務を受けるため、密かに王城へ呼ばれていた。
「おう、そうじゃ。魔術六国全てを回る大出張。しばらくは忙しくなるの」
犯罪組織サブヴァータがザガゼロール王国と手を組んでいるのを、ジェイルは知っている。一兵卒には知らされていない重要機密だが、ジェイルは特別な兵士だから聞かされていた。
国王の御前と違い、サブヴァータの前ではジェイルは砕けた口調で話す。これが彼の素の喋り方だった。
「かかかっ。お互い大変だな。オレらはさっき別の任務を受けてよ。この前の暗殺を邪魔したガキを、捕まえて来いってさ」
失敗を失敗のままで終わらせるのは許されない。ペトリーナ暗殺任務を阻止したアレイヤは、既にザガゼロール王国の標的にされていた。
「自分のミスは自分で取り返せ、という事じゃの。良かったな。汚名返上のチャンスじゃ」
「テロリストなんて汚名の塊だけどな。まぁやってやんよ。あのガキには借りを返さなきゃならねぇしな」
仕事の邪魔をされた屈辱を、フォクセルは忘れない。アレイヤ対策は既に用意してあった。
「良い心がけじゃ。……そうじゃ。お主が良いのなら、この身も同行させてはもらえんかの」
「あぁん? お前が?」
「邪魔はせん。ちょっと気になるだけじゃ。その少年がな」
「別にいいけどよ。出張はどうしたよ」
「なぁに、多少の道草じゃ。お主が出る以上、任務はすぐに終わるじゃろう」
「あっそ。じゃあついて来いよ。標的の現在地はもう見つけてる。ユフィーリカ王国だ」
少々疑問を感じつつも、フォクセルはジェイルの同行を許可した。ジェイルの実力はフォクセルも認めている。邪魔にならないのは確かだ。
「珍しいわね。フォクセルが他人を連れて行くなんて」
ラクゥネは驚きを隠せなかった。権力者や強い人間は、フォクセルの憎む敵のはずだ。王の側近で、並の魔術師を凌駕する力を持つジェイルを、隣に置くなんて考えられなかった。
「あぁ。なんでだろうな。オレも分かんねぇ」
しかしフォクセルはジェイルを嫌いになれなかった。それは、彼に自分と同じ匂いを感じたからかもしれない。
王の忠実な配下として礼儀良く振る舞うジェイル。その裏にある、刃のように尖った性根。この『呪い屋』の本質に、フォクセルは薄々気付いていた。
故に信頼が置ける。裏表の無い人間より、裏のある人間の方が自然だ。
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