第64話 「図書館に行こう。調べ物がしたいのなら」
学生達が列を成してユフィーリカの街を散策する。赴く先は学術機関ばかりだった。見た事の無い研究、見た事の無い魔術が盛り沢山で、とても興味深い。
俺は暇を見つけては、専門家に尋ねた。「死体の残留魔力が消える事はあるのか」と。皆、断定こそはしないものの首を横に振った。「聞いた事が無い」と。
でも、実際にサナの遺体から残留魔力は消えている。ヴィー博士曰く「何かしら別の現象の副作用で魔力が消えた」かもしれないとの事だけど、その別の現象とは何か。この国に来れば分かるかと思ったけど、そう簡単ではないようだ。
「『魔力が無い』となれば、『その魔力の持ち主はそこにいない』と考えるのが普通です。持ち主の死体がある場所に残留魔力が無いとは……非魔術的な怪現象ですな」
魔力研究の第一人者は、冗談交じりにそう言った。
「怪現象、か……」
ユフィーリカの魔術学校の見学を終えてホテルへ向かう途中、俺は思考に耽っていた。サナの魔力が奪われたのは「あり得ない」事なのか? 否。起こった事実が「あり得ない」なんて、矛盾だ。
状況を説明し得る答えがあるはずなんだ。俺が見つけてないだけで。
「よっ。アレイヤ。調べ物は順調か?」
帰路の最中、ザハドが声をかけてきた。
「全然。魔術の権威も『怪現象』には手が出ないらしい」
「へぇ。意味分からんけど大変だな。どうだ? 図書館にでも道草するか? 俺のお気に入りスポットなんだ。昔はしょっちゅう、王城を抜け出してお忍びで通ってた」
背徳感ある口調でザハドは言った。ホテルに帰るべき時間までは余裕がある。時間が許す限りは調査に没頭していたかった。
「悪くないな。案内してくれよ」
「はい一名様ご案内。びっくりするぞっ。あの図書館を見たらな」
ワクワク顔のザハドを追いかけて、俺は噂の図書館に向かった。
確かに、それを目の当たりにした時は驚かずにはいられなかった。あまりにもデカい。ここがユフィーリカの王城か!? と勘違いしてしまいそうな規模の巨大建築だった。
「世界最大の図書館。ユフィーリカの英知が集う場所。『王立図書館オルゴレア』だ。一生かけても読めないくらい本があるんだぞ。その全部が無料で読めるってんだから、言葉を失うよなぁ」
自慢げにザハドは説明した。そりゃ自慢もしたいだろう。自分の国に、こんな凄まじい図書館があるのなら。
室内を見渡せば、終わりの見えない本棚の列がずらり。閑静に包まれた広い空間に、均等に本棚ばかりが立っているのは圧巻の光景だった。
「一体何冊あるんだ……」
図書館なので、俺は小声で聞いた。ザハドも小声で答える。
「1億冊くらいかな。1日一冊読んでも27万年以上かかる」
数字化すると、蔵書数が規格外だとよく分かる。27万年て。この世界の人類史より長いじゃないか。
「こんなに多いと逆に調べ物に向いてないんじゃないか? 読みたい本を見つけるのにも一苦労だろ」
「ところがどっこい。オルゴレア図書館の真髄は検索能力の高さにある。本をジャンル分けして、決められた本棚にのみ収納する。これを徹底してるから配置場所がすぐに分かるのさ」
ザハドの口調が若干変になる。俺の質問が予想通りで嬉しかったのだろうか。
「じゃあ、俺が本を適当な場所に置き直したらどうなる?」
「本に付与された魔術で自動的に本来の位置へ戻るのさ。そうやって本の座標を固定してる。後は欲しい本を転移魔術で引っ張ってくるだけ。お手軽だろ?」
聞けば聞く程すごい話だな。簡単に言ってるけど、それ魔力リソースの消費が尋常じゃないだろうに。それだけ、この国は勉学に力を入れている訳か。
「さて。何か気になる文献でもあるかい?」
「そうだな……。神降宮について知りたい」
サナの件は一旦お預けだ。何度尋ねても解明出来ない暖簾に腕押し状態で、そろそろ疲れた。今気になるのは、さっきの神降宮で拐われた女性の件だ。
「あぁ、さっきの? そう言えば宮守の妹さんは帰ってきたらしいぞ」
「そうなのか。良かった。無事だったんだな」
神降宮で苦しんで、謎の人物に誘拐された女性は、解放されたらしい。心配だったけど、これで一安心だ。
「うーん、無事と言えるかどうか。言動が妙だったらしいし。自分の名前が言えなかったり……。まぁ、誘拐されたショックで錯乱してたのかもしれないな」
「やっぱり、病気にかかってたのか?」
「さぁ、そこまでは。体は健康だって言ってたけど」
体は、という事は心は健康じゃないらしい。無理も無い。死にそうな苦痛を感じて、いきなり拐われるなんて経験をしたんだから。体調が回復しただけでも不幸中の幸いだ。
「この国の宮守は何て言ってたんだ?」
「ハルト神官が? あー、あの人はね……うん」
ザハドは言葉を濁した。ハキハキ喋っていたザハドが言い淀むのは珍しい。
「ん?」
「あの人は、出かけてたんだよ。妹さんの事件を耳にするまで。心配してさっき帰って来たってさ」
「出張とか?」
「いや。遊んでた。愛人の家にね。あの人はいつもそうだ。酒と女にしか興味無い。君が神降宮に入った事とか、壁が壊された事とか、どうでもいいってさ」
呆れた口調でザハドは言った。馬鹿にしてるというより、諦めているようだった。
「女遊び? 宮守が、守るべき神降宮を放置して?」
それは、だいぶ問題なんじゃなかろうか。仕事熱心なズォリアとはえらい違いだ。ユフィーリカの宮守は随分堕落した神官なんだな。ザハドの顔には苦労が滲んでいる。
「そ。妹さんに手を出したフード姿の不審者には、大層お怒りだったけどな。まぁでもあの人は人格はともかく実力は本物だから……いざって時は何とかしてくれるんじゃないかな。ってか、させる」
王子様も大変なんだなと、凡人ながら俺は理解した。リリアンゼがあんなに必死の形相になって守っていた神降宮なのに、当の宮守は職務怠慢……。そりゃ不安にもなるだろう。
「ごめんアレイヤ。話が逸れた。神降宮の本だったよな? と言っても、神についての専門書は王室が執筆した公式の書物ばかりだしなぁ……。一般人が神や悪魔の研究をするのはタブーなんだから仕方ないが」
「そうなのか? ヴィー博士……ヴルセイオス博士は、神話研究の話もしてくれたけど」
「あの先生はハンドレド王室から直々に研究を命じられてるからな。特別だ」
へぇ、初耳だ。神と悪魔の研究は王家が独占してるって事か? そんな事して何の意味があるんだろう。
「一応探してみるか? ほら、ここの情報石板に向かってキーワードを語りかけろ」
本棚から少し離れた位置に、石版と机があった。光る石板は、伝達魔術『エヴァンジェリスト』で情報表示機能と伝達機能を付与されている。近くで見れば、そこには本の名前がずらりと記載されていた。
俺は石版に顔を近付けて言う。
「神降宮、神、悪魔」
こんな感じでいいんだろうか。人ならざる物体に会話ならざる単語の羅列を喋るのは変な気分だ。
上手くいくかと不安だったけど、情報石版はきちんと検索をしてくれたらしい。目的の本の一覧と、本棚の場所を表示してくれた。
指定された本棚には神話関係の本が大量にあった。それも興味あるけれど、コルティ家に戻ればいくらでも読める。仕事用や宗教教育的な用途の本より、客観的事実に基づいた専門書が読みたかった。
俺が手に取ったのは歴史書だった。この世界の神話は、多少脚色はあれど殆ど真実だ。神話を学んだ者ならば、歴史もすんなり学べる。宗教の誕生や国家の誕生、国の変遷などが綿密に記述されている。ザハドが言ってたように、全ての歴史書は国家が発刊していた。
「……ん?」
何冊か読んでみて、違和感に気付いた。どの歴史書も、悪魔との戦争は細かく描写されているのに、助けてくれたという神の描写は少ない。あったとしても抽象的だ。
悪魔の痕跡はあるのに、神の痕跡は無い。これはどういう事だ。
神様が尊い存在だから気軽に書いちゃいけないとか? あるいは、目に見えないスピリチュアルな存在だから? だとしたら、悪魔も相当スピリチュアルだと思うけど。
「そもそも変だよな……。『神降宮』なのに、誰もそこへ神様が降りてきた瞬間を見た事無いなんて」
神の存在は、祭典の日の魔力の高まりを通じてしか感じられない。人間には見る事も、声を聞く事も許されない。それは神々が上位の存在だからだろうか。それとも……。
「どうだ? 興味ある本はあったか」
ザハドは手のひらサイズの小さな本を持ちながら言った。
「そこそこかな。ザハドは?」
「これ。前にも読んだが面白いぞ。『役割追従魔術で分かる性格診断』」
ザハドの持ってきた本は占いの本だった。魔術で性格を診断? そんな事出来るんだ。
「役割追従魔術って、前にキョウカが使ってた?」
「あぁ。ユフィーリカの田舎でちょっと流行ったマイナーな魔術なんだがな。自分のなりたい何かをイメージして、それになりきる魔術だ。強い猛獣をイメージすれば身体強化が出来るし、魚をイメージすれば海を自在に泳げる。自分にかける暗示みたいなものだな」
なるほど。そのアプローチは人術に似てるな。より良い自分をイメージし、それに現実を近付けるやり方。『強い自分』とかだと抽象的すぎて再現が難しいから『猛獣』とか具体的なイメージを作るのか。
「何が面白いって、これ『何にでもなれる』魔術じゃあないんだ。使い手の性格によって向き不向きがハッキリしてる。だから性格診断が出来る訳」
「それって……キョウカは猛獣っぽい性格って事か?」
「いやいやいや。ふふふっ……見てみろよアレイヤ」
ザハドは半笑いになりながら、占い本のとあるページを開いて見せた。そこには、役割追従魔術の自己投影先ごとに適した性格が記されていた。
『猛獣になりきった貴方は、強がり屋さん! 言動は刺々しいけど、実はとっても寂しがり☆ みんなにどう思われてるか気にしちゃうタイプかも♪』
キョウカとの修行でザハドがニヤニヤ笑ってた理由が、ようやく分かった。
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