第63話 「クラスメイトは王子様」

 耳を疑った。でも幻聴でないのは周囲の兵隊達の反応で窺える。

「王子? ザハドが?」

 俺が目を丸くして言うと、彼は即答した。

「うん。そうだよ。隠しててごめんね」

 大した告白じゃないみたいな気軽さだった。そのギャップに混乱してしまう。


「王子! その者は神降宮に侵入し、破壊活動と婦女暴行、さらには誘拐まで行った悪逆非道の輩です! お離れ下さい! 危険です!」

 リリアンゼは冷や汗垂らして必死に訴えた。一方ザハドはクールを保つ。

「そうなのか? アレイヤ」

「違う。最初の一つ以外は濡れ衣だ」

 俺は嘘偽りない現状を伝えた。ザハドは俺を信じてくれたらしく、「あははっ」と軽快に笑った。

「神降宮に入ったのは本当なんだな。駄目だぞ。異世界人の君は知らないかもしれないが、一応犯罪なんだ」

「ごめん。でもそれ、死刑になるような大罪なのか?」

「うーん、テロ活動目的で侵入したとかなら、死刑になる場合も無い事も無い。でも普通、裁判を通すし刑罰も懲役や罰金が精々かな。少なくとも、現行犯でいきなり殺しに来るなんて職権乱用だよ」

 ザハドの説明を受けて俺は安心した。やっぱりそうじゃないか! 証拠不十分で有罪断定して即刻処刑なんておかしいと思ったんだ!


「ってか何で神降宮入ったの?」

「女の人の悲鳴が聞こえたから……」

「了解。人助けね。だろうと思った。ちゃんと事情を説明したら、神降宮不法侵入罪も情状酌量で執行猶予くれるんじゃあないかな? 前例的に」

 ザハドは法律に詳しかった。彼が法を管理する王族の生まれと知った今、それは当然のように思えた。


「って事情だそうだよ。聞いてた? リリアンゼ兵士長」

 ザハドがリリアンゼの方を向くと、リリアンゼはビクリと肩を震わせた。

「し、しかし!」

「『しかし』じゃあないよ。この国は秩序の国だ。怪しい人間を手当たり次第殺すような蛮族の国じゃあない。君が守護部隊の立場を越権して行使する気なら、俺は懲戒を下さないといけない。分かるよね?」

 ザハドは鋭い語気で言った。学生としての側面とは別の、彼の本来の顔が見えた気がした。

「ぐぐぐ……しかし神の地を踏みにじった冒涜者にお咎め無しなど、神の守護者の名が廃るぅ!」

「だから、その『お咎め』は正式な手続きを踏みなさいって話。それとも、君も不正な裁きを受けてみる? 俺がユフィーリカの王子だって事、思い出させてあげようか」

 ザハドの真顔は本心が読み取れないが故に、底知れない恐怖があった。ただ一つ分かるのは、ザハドは本気だ。


「あ、あああ……」

「大人しくしてなよ。『オーバーライト・スペクタクル』」

 ザハドの両手が一瞬光った。その輝きが止むや否や、リリアンゼは慄き、跪く。

「ま、まさかそのお姿はぁ! 我が神!」

 リリアンゼは平伏し、恐怖と歓喜が混じった声で何度もお礼を口にする。

「おお、ありがたやありがたや! 信仰深き本官のためにそのお姿をお見せなさるとは! この祈り、確かに成就せり! 我が神……我が神……」

 唐突かつ意味不明な言葉を、リリアンゼは喋り続けた。目の前に誰かがいるかのような態度だった。

 一体どうしたんだ? 様子がおかしい。リリアンゼだけじゃなく、他の警備兵達も言動が狂い始めた。


「く、来るな! 私が悪かった! 私が悪かったから!」

「お前……死んだはずじゃ。何故ここに!?」

「どこだここは! 帰りたい! 帰りたい!」


 俺とザハドのみに向けられていた警備兵の視線は、今やあっちこっちに移ろっている。こいつらは誰と話している? と言うか、何が見えている?

「彼らには幻覚を見て貰ったよ。これが俺の光魔術」

 ザハドはさらっと言って、俺の手を掴んだ。

「さぁ、この隙に逃げようか。集合時間に遅刻しちゃうぞっ」

 ザハドはまたいつものように、カラカラと楽しげに笑うのだった。


 警備兵の包囲から逃げ切り、研修旅行のホテルへと向かう最中、俺はザハドに尋ねた。質問したい事がたくさんある。

「ザハドも研修旅行に来てたんだな」

「うん。半分は帰省目的でね」

 帰省。そうか、ザハドはユフィーリカ出身なんだ。彼はこの国の王子だから。

「王子だったんだな。初耳だぞ」

「そりゃあ、言ってないからね。出来れば隠しておきたかったんだ。俺の身分は」

 何故だろう。高貴な身分だって知られて損をする時があるんだろうか。意図を理解出来ない俺に、ザハドは説明した。

「俺は留学生って訳。学校にお願いして、俺の正体は隠しておく事にしたんだ。家柄の後ろ盾無しで、自分の力だけで頑張りたかったからね。と言うより、自分の努力を家柄のおかげにされるのが嫌だった。俺がどんなに結果を残しても『あいつは王族だから』の一言で済まされるのが我慢ならなかったんだよ」

「そうだったんだ……。ザハドにはザハドなりの悩みがあったんだな」

 少しだけ、彼の気持ちが分かった気がした。思えば、ザハドは常々『評価』を気にしていた。努力家で成績トップの彼が、どうして周りの『評価』に執着したのか。それは王家の援助を断ち切り、色眼鏡で見られない自分自身の力を確かめたかったからか。


「でもザハドの名字って、『キーマン』だったよな? ユフィーリカの王族ってアルターラ一族だったはずだけど」

「あぁ。俺の本名はザハド・アルターラ。『キーマン』は母上の名字だ。身分を隠すために名乗らせて貰ったよ。あ、別に両親の仲が冷えてるとか、俺が王族を辞めたいとかじゃあないぞ。他意は無い。アルターラ姓さえ隠せれば何でも良かったし」

 名前を偽っても顔でバレるんじゃないか? と思ったけど、そういえば俺はハンドレドの王族の顔を殆ど知らない。ましてや、隣国の王族なんて名前すらうろ覚えだ。メディアによく触れる俺ですら知らないのなら、この世界では王族の顔は簡単に見れないのかもしれない。高貴なる顔は下々の者に簡単に見せていいものではないのか。なるほど。


「そっか。お前が王子様なら、敬語使った方がいいか? それとも、特別扱いは嫌か」

「絶対に後者。俺の正体知った途端に敬語なんて使おうものなら絶好するからな」

 そこまで言うなら、タメ口で話すしかないな。実力とは別の理由で敬われるのが嫌で、ザハドは身分を隠した訳だし。


「了解だ、ザハド。でもとりあえず礼は言わせてくれ。助けてくれてありがとう」

「はははっ! 当然の事をしたまでさ。君なら、ユフィーリカの精鋭からも逃げられただろうけどね」

「いや結構苦戦したぞ……。強いな、この国の魔術師は」

「一応『世界最強』と謳われているからね。リリアンゼ兵士長に至っては『光魔術』の使用を許されているし」

「その『光魔術』って何だ? 具現化魔術の一種か」

「え? 知らない? ユフィーリカと言えば『光魔術』ってくらい有名だけどな」

 ザハドは首を傾げつつも説明してくれた。

「まぁ具現化魔術ではあるな。儀式を終えて神に認められた人間……例えば王族とかだけが使える奥義。俺の切り札だ。人目に付く場所で使ったら正体がバレるって訳で、最近は使用を控えてたけど」

 俺はザハドの『奥の手』について思い出していた。キョウカとの修行で、ザハドは奥の手を隠していると言っていた。何故隠すのか、その答えがこれだ。光魔術がユフィーリカ王族を象徴する技として有名なら、そんなの人前で使ったら王子だってバラすようなものだ。


「さっきのは光魔術の一つ、『オーバーライト・スペクタクル』。相手の目に光を送り付けて、幻覚を見せる技だ。幻覚って表現すると語弊があるかな? 目はきちんと光を感知して、脳はその光を正確に視覚情報として処理したんだから。精神魔術と違って心に干渉せず肉体に干渉する技だし……むしろ光を上書きする技だし……ま、いっか。細かいとこは。要するにそんな感じの魔術だよ」

 面倒臭くなったのか、ザハドは解説を放棄した。後半適当だったけど、先程の現象の原因は理解出来た。リリアンゼ達は目に映る光景を上書きされて、俺達を見失ったんだ。

 一瞬で発動し、広範囲に及ぶ視覚操作魔術。冷静に考えれば強すぎる。『切り札』と呼ぶに遜色無い性能だ。


「さて。そろそろ集合場所だけど。一応君はルールを破った訳だからね。ケジメは付けないと」

 ホテルを前にして、ザハドは真面目な顔で言った。神降宮に足を踏み入れてしまった件についてだ。確かに、このまま何事も無かったかのように終えるのは良くない。

「だな。警察に出頭すべきか?」

「本来ならね。でも折角俺がいるんだ。話は俺が通しとくよ。なぁに、気にするな。王族の俺が連絡したらちょちょいのちょいだ。書類送検で終わるようにお願いするさ」

 それってズルくないか? 王族の権威を使って手続きを省略したり俺に便宜を図るって意味だろ? 王族の力を借りたくないと言っていたザハドらしくもない。

「俺は何もしないのか? いいのかよ」

「どっちみち、この国に帰ってきた時点で俺は『ザハド・アルターラ』としてしか振る舞えない。生まれ持った血筋からは俺でさえ逃れられないんだ。だったらもう割り切るしかないだろ? 使える権利は使わせて貰う。ユフィーリカにいる間は、な」

 矛盾を抱えているように思えるザハドの方針も、彼なりの信念があるらしい。そこまで言われたら、俺も引き下がるしかなかった。


 かくして、俺達は研修旅行の集合場所に辿り着いた。ザハドに耳打ちされ「俺の事は黙っててくれよ」と釘を刺されたけど、そんなの当たり前だった。ザハドの学校での努力を裏切るような行為、俺の良心が許さない。

「ふむ。アレイヤ・シュテローン。ザハド・キーマン。二人とも間に合ったようだな。ギリギリだったから心配したぞ」

 引率の先生は俺らを見つけて出席簿に印を付けた。初日早々、遅刻せずには済んだようだ。


 いきなり騒動には巻き込まれたけど、ようやく始まる。二泊三日の研修旅行が。

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