第62話 「罪を認める訳にはいかない」

「おかしいだろ! 俺が何をしたって言うんだ!」

 これには俺も文句を言わざるを得なかった。いきなり犯罪者扱いされて武器を向けられたとなれば。

「しらばっくれるな悪人めぇ! 神降宮への宮守以外の入場は禁じられている! そんなの赤子でも知ってる常識だろうが!」

 唾を飛ばす勢いで、リリアンゼと名乗る男は激昂した。奇妙な化粧と抑揚激しい言動のインパクトが壮絶だ。

 俺はハッとした。神降宮には本来、宮守の一族しか入れないんだ。前にペトリーナに神降宮へ入らせて貰った時に教わった。あの時は「本当はダメですけど」と悪戯っ子みたいに言われたから、軽度のタブーだとばかり。

 リリアンゼ達警備兵の形相を見る限り、神降宮への侵入は大罪だ。「処刑する」と宣言する程に。


「しかも現宮守殿の妹君への暴行、及び神降宮の破壊まで! 罪に罪を重ねるとは、これは確実に処刑する他無し!」

「……!? ま、待てよ! それは俺じゃない!」

 リリアンゼは女性の悲鳴の原因が俺にあると勘違いしたらしい。それどころか、神降宮の壁を壊したのも俺のせいだと。完全な濡れ衣だ。

「言い訳無用! 我々には神に仇なす者の抹殺が許されている! 何故なら我々はユフィーリカ軍、神降宮の守護部隊! 神の忠実なる僕なり!」

 軍人達は一切俺への嫌疑を取り払おうとしなかった。この国には逮捕状も裁判の自由も無いのか? 疑わしきは罰する、がユフィーリカ流らしい。


「こいつら……」

 困惑や焦燥を通り過ぎて、俺は怒りが込み上げて来た。偉そうに言うこいつらは何だ? 神降宮不可侵のルールに縛られ、死にかけている人を助けようともせず、現状を正確に把握する事も出来ず、後からノコノコやって来てようやく職務に精を出す。誠実なフリをして、こんな不誠実な事があるか。

 確かに神降宮に入ってしまったのはルール違反で、俺が悪い。でも殺そうとする程の事か? 極論が過ぎる。これじゃ軍人というより殺戮者だ。


「リリアンゼ兵士長! ご覧下さい! 宮守殿の妹君いもうとぎみがいらっしゃいません!」

 警備兵の一人が神降宮の入り口を指して言った。堂々と開けられた門に視線を向ければ、中に誰もいないのが誰でも分かる。

「な、何ぃ!? おい悪党! 貴様、妹君をどこへ隠したぁ! 転移魔術を使ったかぁ? おのれおのれ! 誘拐罪まで重ねるとはぁ!」

「だから! 俺はやってないんだよ! フード姿の奴が拐って行ったんだ! 見てないのかよ!」

 リリアンゼは俺が全ての犯人だと信じて疑わない。俺が真犯人を教えても落ち着こうとすらしなかった。

「はぁ? フード姿の奴? そんなの本官は見てないな。どうだ諸君? 見たか?」

 リリアンゼは部下達を見渡して行った。返答は無かった。リリアンゼは得意げにニヤける。

「ほらな! 誰もそんな奴見てない! 見てないって事はいないって事だ! すぐバレる嘘を吐くな悪人がぁ!」

 いやいやいや。お前らが見逃しただけだろ。確かにフードの不審者は目にも留まらぬ速度だったけども。


「諸君。断罪の時間だ。だが最後に罪人の懺悔を聞こうじゃないか」

 リリアンゼはケタケタと笑い前に進んだ。

「謝罪。謝罪だ。大事だぞぉ、謝罪は。悪い事をしたら謝りましょうと、ママに教わっただろう?」

 まだ警備兵は攻撃を仕掛けてこない。俺に謝るチャンスを与えてくれるらしい。

 謝るのは別に嫌じゃない。それで済むなら安い話だ。でも、リリアンゼの態度を見るに一つ気になる点がある。

「謝ったら見逃してくれるのか?」

「は? 馬鹿言うな犯罪者が! 謝って済むなら警察は要らないと、ママに教わっただろう?」

 正論のごとくリリアンゼは言った。先程の発言と矛盾してるのは自覚してなさそうだ。

 では何故謝る? 許しを乞う行為で許しを得られないなら、謝る意味なんて無いじゃないか。俺の謝罪が見たいだけか?

 「謝罪で済むなら警察要らない」はつまり、「謝罪で済まないから謝罪は要らない」を意味する。分かっているのだろうか。


「どうだ。降伏するか?」

 リリアンゼは問う。「馬鹿を言うな」はこっちの台詞だ。降伏しても俺を殺す気満々だろ。

「さっきまでは謝ろうと思ったんだけど……」

 俺は五感強化系の人術を全開し、周囲を警戒する。

「そっちがその気なら、謝る訳にはいかなくなった」

 俺はまだ死ねない。グリミラズを殺すまでは。

 だから俺は謝ってはいけない。降参なんてしない。


「……貴様。貴様ぁ! 懺悔をせんとは神を愚弄するかぁ! ならば覚悟せよ! 大人しく殺されないのなら殺してやる! 諸君、武器を取れ!」

 命令と共に警備兵達は戦闘態勢に移った。警備兵の総数はおよそ30。しかも武装しているとなれば、俺が全力で挑んでも勝てる相手かどうか。

 いや、「勝とう」なんて思わなくていい。ここから逃げ出せれば上々だ。後は弁護士なり大使館なりに連絡してこの冤罪を取り払って貰おう。

 全く、面倒な事に巻き込まれた。元はと言えば人助けしようとしたのが原因だけど、なかなか理不尽な話だ。

「集合時間に遅れないといいけど」

 研修旅行早々、現地の兵隊と戦闘なんてな。旅にトラブルは付き物だけど、こんな物騒なのは想定外だ。


「抗う気か愚か者! 見せてやる。ユフィーリカ王国に代々伝わる秘術、『光魔術』の威光をなぁ!」

 リリアンゼは装飾の凝った服をはためかせ、両手を大きく掲げた。その瞬間、彼の手の先が太陽のように眩しく光る。

「ぐっ……!」

 思わず俺は目を閉じてしまう。その隙を彼らは見逃さなかった。

「今だやれぇ!」

 リリアンゼの号令に従い、一斉に警備兵達が俺に襲いかかる。リーダーが目潰し担当で、数の暴力で押し潰す。悪くない戦法だ。でも残念ながら俺は耳と鼻が利く。

 敵がどこにいるか、どう攻撃してくるか、目を閉じていてもハッキリしていた。俺は全方位からの攻撃を全て避ける。まさか避けられるとは思ってなかったようで、警備兵達の動揺の声が聞こえた。


「おらぁっ!」

 光が止んだおかげで俺は目を開けられる。周囲の警備兵を、俺は回し蹴りで払い除けた。

 数の不利は圧倒的とは言え、こちらの攻撃が通用するのは救いだ。リリアンゼの光の目潰しは厄介だけど、しっかり目を瞑れば問題ない。あまりに眩しい光を視界に入れると方向感覚が狂ったりするからな。あの光属性の具現化魔術と思わしき技は、多分スタングレネードと同様の効果がある。注意が必要だ。


「おのれ反撃するとは! 反省の意思無しと見なす! 処刑せねば!」

 そうかよ。どうせ反省しても処刑するんだろ? だったら精一杯反撃させて貰う。

 警備兵達は絶え間なく攻撃を続けてきた。俺は冷静に一つ一つ対処する。

 剣で斬りかかってくる奴には、剣を《あく》で握り潰してやった。槍で突いてくる奴には、槍を叩き折ってやった。銃で撃ってくる奴には、銃弾をキャッチして捨ててやった。

 防戦一方の数秒間。それでも、相手の判断力を奪うには成功したようだ。

「何だあの少年は!」

「鉄製の武器を素手で防ぐなど!」

「強化魔術か!? 四つ星級ではないか!」

 みんな一様に驚いてくれた。作戦成功だ。人術の身体強化はどうやら「魔術師っぽくない」現象らしく、魔術を常識とするこの世界の人々には驚愕の光景に映る。常識を覆された人間は思考能力を欠如し、そこに隙が生じる。「驚かせる」のは立派な戦術の一つだ。


「ぐぐぐぐ……何をやっている貴様らぁ! たった一人の曲者如きにぃ! さっさと魔術で応戦しろ! 許可する! 多少聖地を傷付けても構わん!」

 警備兵がびっくりしてる間に逃げようかと思ったら、そうは問屋が下ろさなかった。リリアンゼが激昂するや否や、部下達は慌てて魔術の準備を始めた。どうして魔術を使わないのだと思ったら、観光地であるここ一帯を壊したくなかったのか。魔術攻撃はどれも広範囲で高威力だからな。そりゃ、戦場でもない観光地で撃ちたくはないはずだ。

 上司の命令ですぐさま戦意を取り戻した警備兵達は、簡単に俺を逃げさせてはくれなさそうだ。手の上に様々な属性の具現化魔術を発生させ、いつでも俺を攻撃出来る体勢になっている。


「ハハハハハ! 刮目せよ! これがユフィーリカの光魔術だぁ!」

 リリアンゼは高らかに叫び、前屈姿勢になった。すると、彼の両肩から翼らしき物体が生える。神々しく光るそれは、まるで天使の羽のようだった。

「こ、これは!」

「ハハハハ! どうだ驚いただろう不届き者め! これが本官の光魔術『シャイニー・エンジェルフォーム』! 神の代行者に相応しき力に屈服せよ!」

 自慢げに魔術名を語るリリアンゼ。彼の魔術を解放した姿は、本当に……。

「似合ってない!」

 あまりにもミスマッチだった。ピエロのような派手な化粧や服装と、可愛らしい天使のような羽。不似合いにも程があった。笑わせに来てるんじゃないかとさえ思える。


「……な、な、なななななな! 何だとぉ!? 貴様もう一回言ってみろ!」

「似合ってない!」

「何だとぉ!? 貴様もう一回言ってみろ!」

「似合ってな……」

「何度も言うな! 外道か貴様は! 悪口は何度言われてもショックなんだぞ!」

 いやお前が「もう一回言え」って命令したんじゃん。三回言ったけど。

「こんな屈辱は初めてだ! 最高に似合ってる本官の翼をぉ! 侮辱するとはぁ! ……泣きそう」

 リリアンゼは急に落ち込んで肩を落とした。そんなに自分の格好に自信があったのか。何か……申し訳ない。そこだけは謝ってもいいかもしれない。


「ごめん」

「今更許さんわぁ! 貴様には屈辱的な死を与える! 総員、全力で魔術をぶっ放せぇ!」

 リリアンゼは飛んだ。飛んだ!? その羽、飾りでも悪ふざけでもなかった! いや、常識的に考えれば羽があれば飛べるのは普通だけど!

「食らえぇ!」

 リリアンゼは俺の真上に立ち、翼をはためかせ羽を発射した。さながら機関銃のように、羽の一枚一枚を弾丸に見立て撃つ。

「うおぉっ!?」

 予想だにしない攻撃を、俺はすんでの所で躱した。羽の一発一発は、地面の岩に穴を空ける程の威力があった。それが地上の広範囲に連射されるのだから、機関銃より恐ろしい。


「この国じゃ天使は羽を撃ってくるのか!? 天使って言うより悪魔だろ!」

 軽口を叩きながら俺は逃げ出した。そんな余裕を後悔する程に、警備兵達の攻撃は容赦無い。炎、水、岩、氷、風……様々な属性の具現化魔術が、俺だけを狙って全力疾走だ。とっくに避難勧告は出れるらしく、周囲に観光客はいなかったけど、もし誰かいたら絶対に巻き込まれてる。だって周辺の建物が、この猛攻撃で穴だらけになるくらいだから。


「くっそ……。各個撃破で火力を落とすしか」

 俺は追い詰められていた。防護魔術や人術で防御はしているけど、この調子で攻撃を食らい続けたら流石に死にかねない。魔術の飛んでくる方向や種類がバラバラだから、『マジック・ネグレクター』も使えない。ハッキリ言ってピンチだ。

 俺は風魔術の準備をした。一旦暴風で敵を吹っ飛ばし、連携を取りづらくさせてから一人ずつ戦闘不能にする。そして敵の攻撃頻度が落ちてから《しつ》で全力逃亡だ。これしか無い。

 俺は作戦を決めて覚悟も決めた。この間にも前方の警備兵は魔術を撃とうとしている。間に合うか。いや、間に合え!


「そこまでだよ。ユフィーリカの勤勉なる戦士諸君」


 よく通る声が、この場全ての人間の手を止めた。まるで時が停止したみたいだった。

「あ、あのお方は……」

 警備兵達は響めく。俺への戦意だけを宿していた彼らの瞳は、一斉に動揺と畏怖に染まった。狂ったように俺を狙っていたリリアンゼさえも、この場に乱入した『彼』の声と姿に震えていた。

「この人はハンドレドの学生で、俺の友人なんだ。手荒な真似は許さない。もし事件発生だと言うなら、正式な手続きを踏んで裁判をしてくれよ。な?」

 『彼』は……ザハドは、俺の肩を叩いて言った。いつも通りの軽い声は、それでいて有無を言わさぬ覇気があった。


 リリアンゼは口を開閉させて、慌てた声で叫んだ。

「い、いつお帰りになられたのですか! ザハド王子!」

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