第60話 「革命家が守りたかったもの」

 フォクセルは昔を思い出していた。反逆の始まりとなった日の事を。

「10年経っても世間様は変わらねぇ。よぉく分かったぜ。そろそろ決定打を叩き込まねぇとな」

 サブヴァータの活動は実を結ぼうとしている。世界の基盤を揺るがす革命が起きるのだ。

 ザガゼロール王国は来たる休戦破棄の時に備え、極秘で兵器の研究を進めていた。その情報を独自のルートで知り得たフォクセルは、ザガゼロール王国に近付いた。『新兵器』を奪えれば、あるいはその製造法を得られれば、サブヴァータの革命は大きな一歩を踏み出せる。

 六国会議という、支配者達の集まる機会……すなわち首脳暗殺の絶好の機会をあえてサブヴァータが見逃したのは、もっと大きな革命が待っているからだ。今は準備を整える段階。急いては事を仕損じる。


「クライアントからの連絡はどうだ? ラクゥネ」

 クライアント、つまりザガゼロール王国の通達をフォクセルは待っていた。新たな任務がそろそろ来るはずだ。

「今朝来てたわよ。13時に城門に来いってさ。後は守衛の指示に従って裏口から入るようにって」

 サブヴァータはあくまで、誰の傘下にも下らない自由な組織だ。ザガゼロール王国に従っているのは今だけで、それも金と情報を得るために利用してるに過ぎない。王国としても、サブヴァータと協力しているなんて知られる訳にはいかなかった。堂々と客人のように王城へ迎えては、犯罪組織との関係が公になってしまう。だから面倒な手続きを踏んでコソコソとサブヴァータを呼ぶ。


「どうせ例の件だろ? ザガゼロール王城に襲撃者が来たってやつ。この前話題になった……グリミラズ・バーハウベルゲだっけか?」

 クライアントに呼ばれる理由は大方分かっていた。グリミラズが魔術体育祭に訪れる前、彼はザガゼロール王城を攻めていた。深い動機は無い。この世界における自分の実力を測るため、それなりに力のある軍隊に喧嘩を売っただけだ。

 結果として、ザガゼロール軍は一小隊を病院送りにされる打撃を受けた。死者こそいなかったものの、ザガゼロール軍としては無視出来ない事件だ。たった一人の人間に、自国の軍人が叩きのめされたのだから。

 これを看過するは恥として、ザガゼロール王はサブヴァータにグリミラズ捜索を依頼した。手がかりとなるのは、グリミラズが落としたノート。彼自作の『参考書』。そこには、軍人との戦闘で得たデータが記録されていた。自国軍の情報を知ろうとしている男など、危険分子でしかない。怪しさに塗れているグリミラズを、ザガゼロール王は敵国のスパイと推察した。放ってはおけない。

 結論を言えばグリミラズは政治や軍事とは一切関係無い。純粋に戦闘データに興味があっただけだ。それを知らないザガゼロール王家は、ハンドレド王国を疑い、宮守暗殺のついでにグリミラズとの関係を探った。調査が不発に終わったのは、フォクセルも知る所である。


「ハンドレドの魔術体育祭で学生が殺された事件の犯人も、確かグリミラズだったわね。滅法強いって聞いたけど」

「まぁ、一国の王がオレらみてぇな犯罪者に縋るくらいだからな。変な魔術使うらしいが……」

 聞く所によると、グリミラズは何も無い場所に歯を出現させて鎧ごと軍人を噛みちぎったらしい。具現化魔術だと思われたが、咀嚼のような複雑な動きは具現化魔術には難しい。歯を生成したとして、敵に向かってまっすぐ投げつけるのが精々のはずだ。

 それに、グリミラズの動きは軍人の戦闘を二倍速にしたような洗練さがあったとされている。人体強化の魔術を使ったのか。だが『アイ・ワナ・ビー』で速度強化すれば足の速い生き物と似た動きになるはずだ。人の動作を維持したまま役割追従魔術を使うなんて話は初耳だ。

 グリミラズが単なる魔術師だとしたら生じる、複数の違和感。それを解決する答えを、フォクセルは知っている。


「人術使いかもな。グリミラズって野郎は」

 魔術を使わずして人ならざる力を行使する術。アレイヤとの戦闘で、フォクセルは人術を知った。アレイヤだけが人術使いであるとは限らない。

「またあの少年みたいな厄介な敵が来るって訳?」

「安心しろよ。人術対策は練ってある。今度ザガゼロール城にグリミラズが来たらオレが殺してやるよ」

 虚勢ではない。敗北から学ぶのはフォクセルという男だ。同じ相手に二度は負けない。その覚悟を持って彼は戦ってきた。本気で考え、全力で準備する。それがフォクセルの生き残る術だった。


「で、集合は昼頃か。ちょっと時間があるな。飯でも食いに行くか? ラクゥネ」

 ここはザガゼロール城下町の繁華街。美味しいレストランは何軒もある。ラクゥネは顔を明るくして「行こう行こう!」とはしゃぐ。

「ここの料理は絶品だって評判なの! フォクセルと一緒に行きたいって、前から思ってた!」

 ラクゥネは食べる事が大好きだった。10年前は痩せこけていたラクゥネも、今やふくよかな体型だ。それをフォクセルは誇らしく思っている。もう飢餓に苦しむ事は無い。金持ちから奪った資産でサブヴァータは腹一杯食えている。

「あぁ、食うぞ! 一緒に食うぞ! お前はオレよりもっと食え! オレがいる限り、オレの仲間は二度と飢えさせねぇ」

 気分良くフォクセルは、ラクゥネの背をポンポン叩く。フォクセルはラクゥネの笑顔が好きだった。貧困時代の苦しみを忘れさせてくれる微笑みが好きだった。


「どこ行こう? アタシ、東オンデネ魚の香煙焼きが食べたい!」

「かかかっ! ラクゥネはそれ好きだなほんと」

 何気ない平凡な日々がフォクセルの安らぎだった。闘争ばかりの仕事で、いつ死ぬかも分からない毎日で、だからこそ気の置けない仲であるラクゥネとの団欒が喜ばしい。

 早く。早く革命を起こさなければ。世界からこの笑顔が消えてしまう前に。格差から人々を救うために。


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