第59話 「復讐者はこの世界でも頂点を目指す」
フォクセルの生まれた土地は戦場だった。特に珍しい境遇でもない。しかし悲劇である事に変わりなかった。
非魔術国家と魔術国家の戦争は、かつては魔術国家の圧勝と相場が決まっていた。だが最近は非魔術国家の軍事力も上がり、それはすなわち戦争の長期化を意味していた。
当然、人は多く死ぬ。歴史を見れば明らかだ。
魔術国家は非魔術師を奴隷化し、植民地で人はたくさん死んだ。
非魔術師達が独立戦争を仕掛け、やはり人はたくさん死んだ。
独立した国々が魔術国家と国際問題を起こし、結局人がたくさん死んだ。
同じ事を何度も何度も繰り返して、今の世界は成り立っている。
「これも食える。これも。これは……加熱すれば食えるかな」
死体ばかり落ちている戦場で、食料を探す子供が一人。10年前のフォクセルだ。当時彼は9歳にして、既に両親を失っていた。他にも大勢いた孤児達は、子供達だけで助け合って生きていた。大人は誰も頼れない。自分達の力だけが信用出来る全てだった。
「すごいねフォクセル。そんなにたくさんあったら、みんなお腹いっぱいになれるね」
フォクセルと共に食料を探してした少女はラクゥネだった。当時の彼女は非常に痩せていた。フォクセルが食べ物を見つけても、「みんなお腹いっぱいになれるね」と答える。「アタシ達」ではなく「みんな」。彼女はいつも、仲間の孤児達を優先していた。だから自分の分の食事も少しで、彼女は痩せる一方だった。
「……お前も食えよ。今日は、ちゃんとな」
そんな彼女を、フォクセルは心配していた。孤児達のリーダーとして、彼は誰も死なせたくないと強く願っていた。日々痩せていくラクゥネの姿は見ていられなかった。
「うん。心配しないで」
ラクゥネは即答した。8歳の少女が、空腹に苦しみながらも周りの気遣いを忘れない。この優しさと強さを、世間の大人達は持っているだろうか。戦争の勝敗ばかり考えて、民の生死に無関心な権力者達は。
「なんで、こんなに世界は残酷なんだろうな」
フォクセルは毎日必死に生き延びて、僅かな時間を見つけては思考を巡らせていた。学校にも行けなかったフォクセルだが、捨てられた本などから文字を学び、独自に教養を身に付けていた。だからフォクセルは無学ではなかった。その優れた頭脳で、何度も世界の理不尽について考えていた。
フォクセルの生まれた国は非魔術国家だ。国民は魔術を使えない。そんな人々を、大昔から魔術国家の魔術師達は見下していた。
曰く、「自分達は神に愛された一族だ」と。「だから魔術を使える。創生に携わった英雄の末裔だから、圧倒的な力の蹂躙が許される。非魔術師とは格が違う」と。
その理屈を免罪符に、魔術師達は非魔術師を差別し、暴虐の限りを尽くした。昨今はそういった人種差別に反対する声が魔術国家からも多く挙がっているが、未だ原理主義的なレイシストは存在していた。
フォクセルはこの世の理不尽に疑問を抱いた。
「何故、魔術を使えないだけで殺されなければならない」
「『神に愛された聖なる人々』とやらが、何故人々を傷付ける」
「何故、自分達の悪逆を自覚しない」
フォクセルは魔術師達を憎むようになっていた。彼の憎悪の対象は、敵国の魔術師だけではない。自国の権力者達や富豪達も、フォクセルにとっては敵だった。
政治家も軍人も、自国の勝利ばかり目を向けて民衆を犠牲にしている。民から財産を奪い、食料を奪い、家族を奪い、土地を奪い、自由を奪い、言論を奪い、命を奪う。そのくせ、自分達は「大義のためだ」と言い張ってその横暴を反省しない。金持ち達はそんな権力者に媚び、支援金を払い、自分だけいい思いをしている。
本当の敵は、敵国の兵士だけじゃない。自国の支配者層達も弱き民草の敵だ。
フォクセル達の貧困の原因は、貧富の差と不平等にある。フォクセルはそう考え、日に日に怒りを膨らませていた。
ある日、孤児達の一人が病気にかかった。住む家もなく、不衛生な暮らしを強いられていた孤児達が衰弱するのは時間の問題だった。
「アリス! アリス! しっかりしろ!」
フォクセルは病気の少女の名前を叫んだ。藁の寝床で休む少女は、掠れた声で答えた。
「だい……じょうぶ。泣かないで……フォクセル」
息を乱して言うアリスの姿は、とても痛々しかった。早く助けてやりたい。だが、身寄りのない子供が気軽に病院に行ける程この国の社会福祉は充実していなかった。医師に診てもらうには多額の治療費が要る。
「……オレが、何とかする」
それでもフォクセルは諦めなかった。いざという時のために死体漁りを繰り返して獲ってきた金を、全て掻き集めてフォクセルは街に向かった。
金持ちばかりが暮らす都会で、小汚くて臭い孤児の少年は酷く目立った。市民からの軽蔑の眼差しを受けつつも、フォクセルは一心に病院へ走った。
「お願いします! お医者さん! 友達を……友達を助けて下さい!」
病院に飛び込んでフォクセルは叫んだ。静かな病院に響く必死な大声を聞いて、不愉快そうに医師は玄関へ赴いた。
「何事かね。騒がしい」
初老の医者は、玄関の少年を見てすぐに目を細めた。まるで、ゴキブリでも見つけた時のような視線だった。
「お願いです。友達が死にそうなんです。すぐに来て下さい! 治療費ならここに!」
フォクセルは全財産を医師の前に差し出した。しかし医師は唾を吐いてフォクセルの金を蹴飛ばす。
「薄汚い餓鬼が。貧民層の孤児か? こんな端金で治療を受けられる訳ないだろう。さっさと出て行け。儂は忙しいんだ」
医師にとってフォクセルは客ですらなかった。貧乏人の命など助ける価値が無い。それがこの国の『常識』だった。
「そんな……お金なら足りない分も必ず払います! 一生かけても! だから……」
「ええい煩いぞ! どうせその金も盗んだんだろう! 儂はな、お国のために働く立派な兵士様を助けるのに忙しいのだ! 穀潰しの貧乏人などいくら死のうが構わん!」
「でしたら、他のお医者さんでもいいんです! 誰か、誰か助けてくれませんか!」
「いいかクソガキ。うちには三人の医者がいる。一人は儂。もう一人は戦地へ遠征。もう一人は休暇中だ。お前を診れる訳ないだろうが」
「そのお休み中のお医者さんは……」
「馬鹿が! エレミア女医は現在産休だ! いずれこの国の医療を支える立派な子供を産もうとしているのだぞ! 働かせて母体に何かあったらどうする! これだから学の無い貧乏人は! 労働者の人権すら知らんとはな!」
医師は怒号を上げ、フォクセルを蹴った。医師の子供の命は大切で、今まさに死に近付いている貧乏な子供はどうでもいい。人を助ける医者でさえ、明確な差別を口にした。それがこの国の現状だった。
「…………………………」
フォクセルは言葉を失った。絶望の底に叩きつけられ、彼は逃げ出した。誰も助けてくれない。そんなの、分かっていたはずなのに。
無理だと知りながら、フォクセルは他の病院も回った。結果は同じだった。治療費の払えないフォクセルを助けようとする者はいなかった。
日が暮れる頃、フォクセルは孤児達の元へ帰った。アリスの苦しそうな呻き声が聞こえない。代わりに聞こえるのは、他の孤児達の泣きじゃくる声だけだった。
「……フォクセル。ねぇ、フォクセル」
ラクゥネは涙声でフォクセルを呼んだ。気の強い彼女が泣く姿を、フォクセルは初めて見た。
「アリスが……アリスが息してない」
体が凍りつくような感触さえ覚えた。フォクセルは咄嗟にアリスの口元に耳を近付けた。何も聞こえない。命の音が聞こえない。
そこにあるのは、社会に見捨てられた哀れな少女の末路。この世の理不尽に殺された、無垢なる子供の死体。
「……なんで、だよ」
フォクセルは低く呟いた。彼の怒りが、みんなの前だからと抑えていた感情が、ついに爆発する。
「くそおおおおおおおおおおおお! ああああああああああああああああああああああ!」
天に向かって叫んだ。空の上に、魔術師達の言う『神』とやらがいるのなら、そいつにこの怒りをぶつけてやりたかった。
「許せねぇ! なんでアリスが死ななきゃなんねぇんだ! 何の罪も無い子供が! 世間の都合のせいで、苦しまなきゃなんねぇんだよ!」
また、仲間が死んだ。誰が殺した? 憎むべきは何だ?
敵国だ。魔術師だ。権力者だ。富裕層だ。支配者だ。世間だ。社会だ。愚民だ。
人々が『是』とする、この世の正義を独占する連中が、のうのうと命を奪っていく。
許してなるものか。このままでいいはずがない。
『正義』が何も救ってくれないなら、オレは『悪』に堕ちようとも仲間を救う。
もう、誰もオレの前で死なせはしない。
「……みんな。これからはオレがお前らを守る」
叫び終わって静かになったフォクセルは、ここに誓った。
「革命だ。この腐った世界をぶっ壊して、革命を起こす。こんな理不尽な世界に殺されないように!」
孤児達は泣きじゃくってフォクセルを見た。彼の訴えが理解出来る程に子供達は賢くない。だが、その思いは確かに伝わっていた。
「オレは復讐者になる。こんな最悪の世界でも、必ず勝ち上がって支配者共を殺す。あいつらより上の頂点に立って……弱者が救われる世界を作る!」
フォクセルは決意した。新たに生まれた復讐者は、この絶望的な世界でも諦めずに頂点を目指す。
「組織の名は『サブヴァータ』だ。大昔、世界に革命を起こした男の名前だ。オレも覆してみせるぜ。不平等な世界をな!」
それが、世界の権力を脅かすテロリストの始まりだった。何度叫んでも拭えない憎悪を抱いて、彼らは戦い続ける。
魔術も使えない、特別な才能も無い、金も地位も後ろ盾も無い。持たざる者であるフォクセル。だからこそ彼は、弱者達の代表者になれた。努力と執念だけで、彼らは世界と戦った。
地位ある者から疎まれ、地位無き者から支持される。この世の常識に反逆する革命家達。
彼らの名は、『サブヴァータ』。
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