第58話 「『六つ星』の意味」

「必ずや人類を脅かす悪を滅ぼしてみせましょう! ……みたいな事、ほざいてんだろうな」

 公園のベンチで寝転んで、フォクセルは青空を見ながら呟いた。先日行われた六国会議の内容を勝手に想像して。

 しかしながら、当たらずとも遠からずであった。権力者を敵視するフォクセルは、それ故に権力者の思考を理解している。


「ねぇ、フォクセル。掲示板見た?」

 ベンチの横からフォクセルを見下ろし、ラクゥネは言った。

「あぁ? 何だそれ」

 フォクセルは起き上がって町の掲示板へ向かった。ラクゥネも後ろからついて行く。

 掲示板には有名犯罪者の指名手配書が貼られていた。『暗黒の魔女 フルムーン』、『神を冒涜する者 リンネブラスト』、そして最近話題を掻っ攫った『捕食者 グリミラズ』など、名だたる悪党が連なっていた。

 その中で一際目立つ者。どの掲示板でも常連を維持してきた大物が、ついに他と一線を画す領域に達した。


 史上初の『六つ星賞金首』。最も世界を脅かす大罪人の象徴。フォクセルが史上最大の悪名を得たのを知り、彼は憤った。

「六つ星……? 五つ星より上? このオレが?」

 彼の声に怒気が潜んでいるのは、悪者扱いされて迷惑だからなどではない。この『六つ星』の肩書きに、この世の不条理が見え隠れしているからだ。

「どうしたの? フォクセル」

「考えてもみろよラクゥネ! オレ程度が、暗黒の魔女やリンネブラストのおっさんより強い訳ねぇだろうが! なのにオレがあいつらより上の『六つ星』だぜ? その理由、想像が付くだろ」

 五つ星賞金首でさえ、世界各国が対策を練るレベルの大人災だ。どんな軍事力をも上回る大人災。世界最強の一角である犯罪者達をフォクセルが超えた理由が、強さでないのは明白だ。


「オレが、権力者や金持ちだけを狙うテロリストだからだ!」

 誰にも嫌われる人間なんて存在しない。故に、一言に『悪人』と言えどそれが誰に対する悪なのかは各々違う。『暗黒の魔女』は民衆に対する悪。『神を冒涜する者』は神や宗教家に対する悪。

 そしてフォクセルは権力者と富裕層に対する悪だ。王族や貴族には嫌われていても、一般人には然程悪党扱いされていない。むしろ賞賛の声すらある。民衆がサブヴァータを恐れないのは、舐めているからではなく直接的な害が少ないからだ。王族達と違い、他人事だから民衆はサブヴァータ対策のために一致団結などしない。たとえ、フォクセルを『六つ星』にしてもだ。


「この世で最も悪い事は、大量殺戮でも富の独占でも神への冒涜でもねぇ。偉い人に逆らう事だ。……なんて自分勝手な理屈を、王家の連中は世間に訴えてんだ! その象徴が『六つ星』の評価だ! 民衆が何百万人死んでも本気で立ち上がらない権力者共が、自分に唾吐かれた時だけ怒り狂ってやがる! ふざけやがって! ふざけやがってよぉ!」

 フォクセルは激昂し掲示板を蹴飛ばした。ガラガラと音を立て、掲示板は崩れる。最早視界に入れたくもないとばかりにフォクセルは背を向けて去った。


「フォクセル……怒っているのね」

「あぁ、当然だろ。善悪の基準はいっつもお偉いさんが決めやがる。そんな自分勝手な指標を、愚民共は喜んで盲信してやがる! それでいいのかよ自称『善人』共。権力者の犬になって楽しいのかよ!」

 忌々しい。世間に『常識』として浸透した道徳思想が、あまりにも権力者に都合がいいシステムであるのが忌々しい。

「でも、悪名は役に立つって言ってなかった?」

「言った。脅迫には役立つぜ。でもなぁ、それはそれとして気に食わねぇよ。悪人共や馬鹿共に尊敬されても何の意味もねぇ。オレは威張るためにテロリストやってんじゃねぇからな」

 フォクセルがサブヴァータを始めた理由。世界の権力と戦うと決めた理由。


 全ては、10年前の惨劇から。


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