第五章 〜魔術を使える国、使えない国〜

第57話 「魔術師の国々」

 魔術六国首脳が一堂に会する機会は実に稀だ。

 『六国会議』。年に一度開かれる会談だ。会場は、六国の中心に位置する非国家領域『英雄の地』。創世神話にて神と共に戦い、悪魔を倒した英雄達が永遠の繁栄を誓った場所とされている。


 6人の英雄達は別れ、各々の土地で王となった。その子孫が、今の六国の首脳である。創世初期は首脳同士で頻繁に話し合い、六国の行く末を決めたという。しかし慣習が廃れつつある現在は、年に一度の会談のみとなっていた。


「これは由々しき問題でありますぞ」

 険しい顔で言ったのはハンドレド王国君主、タリオだった。

「昨今さらに過激化している『サブヴァータ』のテロ行為。我が国の優秀な魔術師達も大勢命を奪われた。魔術師に対する冒涜、これ以上野放しにしておく訳にはいきますまい」

 今回の議題の一つは、世界的テロリスト『サブヴァータ』の件だった。魔術師や権力者、富豪などを主に狙う彼らの犯罪行為は、既に六国の君主が動く程だった。


「ふん。最近、弛んどるじゃあないか? ハンドレド王。たかが非魔術師の数人ごときに遅れを取るとは」

 厳しい指摘をしたのはユフィーリカ国王だった。彼はテロリストに対しては徹底抗戦の意向を示している。魔術六国の精鋭が、非魔術師の犯罪組織に敗北するなど、彼には認め難い事だった。


「……なかなか手厳しい。しかし報告によれば、奴らは魔術師対策の武具を所有しているという。たとえ五つ星の精鋭であれど、魔術師である以上不利を負う事になると」

 ハンドレド国王は激昂し反論したい本心を隠しつつ、冷静に答えた。国王とて人の子だ。部下を虐殺されて平気でいられるはずがない。部下の死を『弛んどる』の一言で済ませようとしたユフィーリカ国王にも、ハンドレド国王は静かな怒りを浮かべていた。

「言い訳にしか聞こえんな。まぁ良い。六国最強のユフィーリカが、いずれテロリスト共を殲滅してみせよう」

 ユフィーリカ国王は自信に満ちていた。建国以来『世界最強』の名を冠してきた実績が、確固たる優越感を代々受け継がせてきた。


「心強い。しかし慢心は国益を損ないますぞ。非魔術師が弱い時代は終わりつつある。兵器開発力で言えば、六国以外の国家の方が優れている。これは認める他ありますまい」

 隣国がテロリスト対策に乗り気なのはハンドレド国王としても幸運だった。しかし同盟国であるからこそ警告は忘れなかった。

 魔術を使える方が強い……そんな『常識』は過去のものだ。銃を上手く扱う才能は、時として魔術を扱う才能よりも軍事的価値を生む。非魔術師であるサブヴァータの構成員も、魔術師より弱いとは限らない。現に、サブヴァータは多くの魔術師を殺してきた。


「慢心だと? 言いおるわ。貴国はむしろ怯えすぎているんじゃあないか? 宮守の娘が誘拐された事件、我が国の耳にも届いておるぞ。貴重な守護者が危険にサブヴァータに危険に晒され、冷や汗をかいているところか。一国の長が犯罪者に弱気になってどうする」

「それは……」

 ユフィーリカ国王にペトリーナ誘拐事件を言及されて、ハンドレド国王は言葉を詰まらせた。あれは確かに国家を揺るがす事件だった。神降宮の守護者は、魔術六国にとって最重要人物だ。王族に匹敵する特権階級で、故に王族との癒着も強い。それだけの人物が容易く誘拐され命の危機に晒された事実は、ハンドレド王国を震撼させた。

 故に、恐れていないとは言えない。だがハンドレド国王の懸念が過剰だとは、本人は思っていなかった。


「確かに、朕はサブヴァータを恐れている。それは認めましょうぞ。しかし、しかしだ! この警戒は弱気ではない。むしろ我々は、強気になって奴らと戦わねばならない! 気を抜いてはならないのでありまするぞ!」

 ハンドレド国王は本心で訴えた。それは国民に向けてのスピーチとは違い、原稿などないリアルタイムの言葉だった。

「ほぅ。ならば具体的な対策、考えておるのだな? ハンドレド王」

「無論。まず敵への意識から変えていかねば。国家をも脅かし、五つ星魔術師さえ殺す未曾有の人災……奴らの悪評は、『五つ星賞金首』程度では収まらぬ!」

 賞金首の脅威度は、魔術師の評価になぞらえて『星』で例えられた。つまり『五つ星賞金首』は、最も恐ろしい犯罪者を意味する。

 だが。ハンドレド王は『それ以上』を示す名を求めた。


「前代未聞。『六つ星賞金首』の誕生を、ここに宣言する! サブヴァータの指導者フォクセルがその一人目でありますぞ! この異名を以て、世界への警告と致しましょう!」

 世界で初めての、『六つ星賞金首』。それはすなわち、五つ星魔術師でも対応出来ない最強最悪の敵を意味する。

 考えるも恐ろしい、誇大な名だった。しかしハンドレド王は、それでこそ適切だと結論付けた。数々の歴史的犯罪を繰り返しているのに、未だ民衆から脅威と思われていないサブヴァータ。今ここで六つ星を与える事で、国が一致団結してサブヴァータと戦うよう仕向けたいのだ。


「ふ。ふはははは! 面白い! 六つ星とな。良かろう。貴国がそれ程までにサブヴァータを……いや、そのリーダーであるフォクセルを敵視しているのは理解した。それでこそ、奴らは我が国が鉄槌を下すのに相応しい相手!」

 ハンドレド王の宣言は、真っ先にユフィーリカ王の心を動かした。他の四国、『アヴァスッド王国』『ポウポウ王国』『ワレモール公国』『ザファ民国』の代表も、ハンドレド王の言葉に耳を傾けていた。


「ご理解頂けたようですな。ならば続けて話しましょう。我が国の編み出したサブヴァータ対策を。是非とも、魔術六国が一丸となってこの脅威に立ち向かって頂きたい」

 他の国を協力者にするための材料は、この会談のために用意してきた。ハンドレド王は手札を明かし、裏表の無い本心で協力を提案する。

「これは最早、世界全ての問題。非魔術国家との提携は現実的でなくとも、同盟たる魔術六国の皆様と手を取り合うのは難しくないはずですぞ。必ずや、人類を害する悪を滅さねばなりませぬ!」

 魔術国家の意向を決めるこの机。流れを掴んだのは、ハンドレド王だった。


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