第56話 「ヴルセイオス博士の考察」

 葬式の後、俺はヴルセイオス博士の研究室に赴いた。どうしても気になったからだ。彼の抱いた『疑問』とやらが。サナの死に残された僅かな違和感が。

「へぇー。お宅が噂のアレイヤ一年生ね。お顔を見たのは初めてでしたよ。まさか葬式で初対面なんて。おっと失礼。座る所が無かったかな」

 ヴルセイオス博士の研究室は書籍だらけだった。本に埋もれていると表現しても半分正しい。ヴルセイオス博士は本を退かして俺の座る場所を用意した。

「ありがとうございます」

「お礼の言えるいい子だ。社交性のある人は輝いて見えるよ。さて、そんな事よりサナ一年生の死についての話だったね。違和感にお宅も気付いたかな?」

 ヴルセイオス博士はよく喋る人だった。ここに来るまでも彼の舌が止まる事は無かった。


「俺は何も気付きませんでしたけど、ヴルセイオス博士は何か発見したんですか」

「自分じゃなくて検死班がね。あと、魔流眼のワントレイン一年生も。君のクラスメイトだったよね?」

「はい」

 ワントレインは魔力を見れる特殊な目を有している。彼がその目で謎を見つけたのか? だとしたら、その謎とは。

「残留魔力が無いとかおっしゃってましたね。それと関係が?」

「うんうん。知っての通り、人は死んですぐ魔力を失いはしない。精神のエネルギーである魔力は死亡と同時に新規供給を断たれるけど、既に生成された魔力が一瞬で肉体から離れるなんて無いからね。徐々に徐々に、死後の魔力は分解されて別のエネルギーに変換されていく」

 そうなんだ。異世界人の俺からすれば常識でも何でもないけど、ここは黙って頷いておいた。

「死亡直後の遺体に残る魔力を残留魔力と呼ぶよね。魔力と心は同一視されるから、多くの宗教で残留魔力は死者の魂の残滓……まぁ、成仏できない亡霊みたいな扱いかな? それを正しく神の御許に送るのが葬式って行事さ。昨日見たようにね。でもたまにいるんだ。葬式時点で魔力がゼロになった遺体が」

「サナの魔力は無くなっていたと?」

「そーそー。不思議だよねぇ。何か裏があると思わない?」

 矛盾を見出した理屈は理解した。あるはずの魔力が無い、それは確かに不可解な現象だ。

 でも、もっと気になるのは。


「今『亡霊』って言いました? まさか、この世界では人は死んでもこの世に残れるとか……ですか?」

「へ? 変な聞き方しますね。もしやお宅、死後精神生命体化説の支持者? 今時の若者にしては珍しいねぇ」

 ヴルセイオス博士は訝しんだ。きちんと答えてはくれたんだろうけど、専門用語が初耳で訳が分からなかった。

「死後……何ですって?」

「あぁ、支持者ではないのか。いえね、『死後精神生命体化』はその名の通り、『人間は肉体が死んだ後、精神だけで活動する生命体になる』という説ですよ。昔は定説だったんだけど、今は反証が多く出て、非魔術的だって言われてる。肉体の死と精神の死は同じ。残留魔力に意思は無く、単なる魔力でしかない。それが今の定説だねぇ」

 ヴルセイオスの説明を聞いて、俺は少し落胆した。もしかしてサナは殺された後もまだ生きてたんじゃないかって、僅かな希望を抱いてたけれど。そんな都合のいい話は無かった。

 人は死ねば終わりだ。そんな当たり前の事、言うまでもない。この世界でも通じる常識だ。


「そうですか。すみません。愚問でした」

「いえいえ。愚問なんてこの世にありませんよ。聞き方は面白かったですけど」

 ヴルセイオス博士は満面の笑みで頷いて「話を戻しますけど」と言った。

「残留魔力が無い理由として、二つ思い付きました。誰かが奪ったか、どこかに封印したか。でも人間から人間に直接魔力を移すのはまだ実現してない技術なんだよねぇ。『封印魔術』を使えば非生物に魔力を保存出来るけど、わざわざ死体から奪う合理性も無いからなぁ」

「あ、あのすみません。封印魔術って何ですか?」

 話の腰を折るようで申し訳ないけど、素人の俺に専門用語を挟んだ説明をされても理解が追い付かない。知らない部分は正直に知らないと言わなくちゃ。

「あぁ、ごめんごめん。一年生はまだ習ってないよね。封印魔術は、魔術に変換してない魔力そのものを物体に紐付けして保持する技術です。イメージとしては水筒だね。水じゃなくて魔力を入れる水筒。戦時中はよく使われましたよ。魔力が枯渇しそうな時、すぐに魔力補給が出来る便利な代物だからねぇ」

「そんな魔術もあるんですね」

「あるよー。で、一応封印魔術って死体の残留魔力も保管出来るんだよね。だからサナさんの遺体から魔力を奪ったのかと思ったけど、生きてる人間から奪う方がよっぽど効率がいいのに! 全くもって理解し難いなぁ! いははははは!」

 個性的な笑い方をするヴルセイオス博士だった。面白さは微塵も伝わらないけど、奇妙さは実感出来る。サナの遺体に残留魔力が無かった理由……どの仮説も不自然だ。


「じゃあ、ヴルセイオス博士はどうだと思うんですか?」

「『ヴィー』って呼んでくれ。みんなそう呼んでる。『ヴルセイオス』なんて仰々しい名前、自分には似合わない」

「あ、はい。じゃあ、ヴィー博士」

「うん。自分の考えはね、『結果的に魔力が無くなっただけ』だと思うんだ」

「それって、つまり?」

「誰かが意図的に魔力を奪った訳じゃなくて、別の行動の副作用として残留魔力も奪われた。だとしたら、魔力強奪に合理性が無くても当然ですね」

 なるほど。『残留魔力が無い』結果は、誰の目的でも無かった。そういう考え方もある。

「では、その『別の行動』とは?」

「さぁ」

 即答だった。そこまでは考えてないらしい。

「そうですか……」

 では代わりに俺が考えよう。この現象はグリミラズが関わってる可能性が高いからだ。

 サナの魔力を奪ったのがグリミラズだと仮定しよう。ならばグリミラズの人術や、殺害行為が結果として魔力を奪う事に繋がった……そういう説もある。


 俺はまだ、グリミラズの独自人術について無知だ。

 唾を付けた対象に歯を突き立て食らう人術、《歯蝕ししょく》。

 食った命をエネルギーとして吸収する人術、《死食ししょく》。

 奴の人術がサナの残留魔力消失と関係があるかもしれない。これは無視出来ない疑問だ。今後グリミラズと対決する際にも影響してくるはずだ。


「ヴィー博士。もっと知りたいんです。サナの死の真相。あいつに、何が起こったのかを」

「おっ、素晴らしい探究心だねぇ。そんなお宅にオススメのイベントがあるのですわぁ」

 ヴィー博士は書類の束を荒らし、その中から一枚のチラシを取り出した。くしゃくしゃになったそれは、学校主体の研修旅行の知らせだった。

「たまにうちの学校でやってる企画でね。学生から参加者を募って、魔術六国のどれかへ二泊三日のプチ留学に行くんですよ」

「魔術六国……」

「そう。創世神話に記された、人類を率いて悪魔と戦ったとされる6柱の神々。その神が降臨する神降宮を守護する六つの国が、『魔術六国』。ここハンドレド王国もその一つだね」

「へぇ。そうなんですね」

「ふーん。こんな当たり前の事にその反応……やっぱりお宅、群を抜いた世間知らずだよね。もしかして異世界人?」

 ヴィー博士は俺をじっと観察した。まだ俺の出身は話してないのに、すぐに見抜かれてしまった。

「はい、そうです」

「ほほー! これは興味深い。異世界人が魔術師になるなんてねぇ。お宅、たまにはこの研究室においで。歓迎するよ。お宅の話、是非聞きたいし」

 ヴィー博士は子供のようにワクワクして言った。ヴィー博士の話は含蓄に富んでいて学びが多いので、ここに来るのは悪い気はしない。

「はい。お邪魔させて貰います」

「本当? 僥倖ですなぁ。あー、そうそう。魔術六国の研修旅行の話だったよね。まだ参加者枠は残ってるし、お宅も応募したら? 他の国の研究者と情報交換すれば、もっと真実に近付けるかもしれないよ。ハンドレドの研究所だけじゃ限界がある。自分に限らず研究者って生き物は、専門外には詳しくないから。……少なくとも、本人は『詳しくない』って自称するから」

 ヴィー博士からの提案は非常に魅力的だった。俺はまだ、この世界に来てからハンドレド王国にしか滞在していない。他国へ足を伸ばせば、もっと得られるものがあるはずだ。


「旅行……旅行かぁ」

 今から期待が膨らんだ。より強くなるための一歩。その新たな目的地が、見つかった。


              *  *  *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る