第55話 「サナの葬式」
翌日。メリシアル教総本山、つまりペトリーナの実家でサナの葬式は執り行われた。神降宮とは別の、これまた荘厳な建物……『
本来なら、王族でも金持ちでもない一般人であるサナがコルティ家で葬儀を行うなんて特例らしい。多くは自宅で行ったり、各所のメリシアル教支部で行ったり。規模だって小さなものだ。
にも拘らずコルティ家で大規模にやれたのは、半分は俺のワガママで半分はペトリーナの気遣いだ。コルティ家の権力に俺が甘えた形だ。
これは俺の自己満足に過ぎない。でも、サナにはせめてちゃんとした葬儀で見送られて欲しかった。
サナの死はあまりにも理不尽だった。まだ若すぎるサナが、何も罪の無いサナが、どうして残酷に殺されなければならない。
彼女を幸せにしてやる事は、もう出来ない。ならばせめて、追悼くらいは捧げたい。
葬式の参加者はおよそ30人程度だった。1組生徒を含む、魔術学校の学生が殆どだ。教師も何人か来ている。見知らぬ妙齢の女性達は、サナのバイト先のメイド仲間だろうか。
「……ん?」
違和感。葬式の参列者達を眺めて、誰かが足りないと思った。
そうだ。親族だ。サナの親族らしき人が一人もいない。親族用に置かれた椅子は完全に空席だった。
「ペトリーナ。サナの親御さんはまだ来てないのか?」
他の参列者に聞こえないよう、ペトリーナに耳打ちした。するとペトリーナは悲しげに目蓋を下ろした。
「……来られないそうです。親族の方の、誰一人」
「来れない? どうしても外せない用事でもあったのか」
娘の葬式より大切な用事なんてあるのか。軽い憤慨を覚えた俺だが、この後のペトリーナの返答でさらに冷静さを失いそうになった。
「いえ。来る事が出来ないのではなく、来たくないそうです。サナさんの『アンラッキールート』に巻き込まれたくないからだそうで……」
何だ、それは。
本当に、サナの親がそう言ったのか? ペトリーナを疑いたくなる程だった。
だってそうだろ。自分の娘だぞ? 通り魔のようなグリミラズに娘が無残に殺されて、それでもなお娘を疫病神扱いするのか? 葬式に行ったら自分が不幸になるかもって、一番心配するのがそれか? 他の親族も、誰一人来たくないって答えたのか? 我が身可愛さに。
葬式に親族が来ない。その事実だけで、サナの家庭事情さえも窺えた。死んでも疫病神扱いされる彼女が、生きてた頃どんな扱いだったかは想像に難くない。
こんな理不尽な話があるか。命さえあれば魔術は使えるだろうけど、死んだ人間が魔術を使うなんてあり得ない。サナの葬式に来て『アンラッキールート』の巻き添えを食らうなんて非魔術的な思考だ。そんなオカルトを信じて、娘に怯えて、差別していたというのか。他でもない、肉親が。
ふざけるな。ふざけるなよ。
俺は言葉を失ってその場に座り込んだ。ペトリーナが心配そうに声をかけてくれたけど、何も答える気力が湧かなかった。
サナは、どうして笑っていられたんだろう。不幸の宿命を負って、その不幸がさらなる不幸を呼び込んで。苦しかったはずなのに、何故いつも彼女は笑顔を忘れなかった。
サナは強い人間だ。今になって尚更、彼女の強さが浮き彫りになった。その屈強な精神は、何人も犯してはならない。
俺達は忘れないでいよう。彼女の笑顔を、その強さの象徴を、ずっと胸にしまおう。
「待っててくれ、サナ。お前の仇は、絶対に俺が」
俺は、サナの眠る棺に花を捧げた。
「天に召します女神メリシアルよ。また一人、貴女の御許に信心深き魂が向かいました。善き生を全うした神の子に、どうか安らぎと寵愛を」
神官としての正装を纏ったズォリアが、聖書片手に弔いの言葉を告げた。会場の皆は静かに耳を傾け涙を流した。サナの仕事仲間の女性達は、特に悲哀を現していた。家族以上に、サナの事を想ってくれている。メイドの仕事はサナの居場所になってくれたんだと、俺は少し安心した。
「これより最後の別れの時です。この世に残ったサナ・ヒャララの魂の欠片を、我らの祈りで届けましょう。願わくは、楽園で永遠の救済がある事を」
ズォリアは聖書を閉じ、目を閉じて祈りを捧げた。周りの参列者達も、一斉に黙祷する。まるで信仰魔術の所作のようだった。
俺はメリシアル教の葬式のマナーを知らないので、とりあえず周囲に合わせた。でも一抹の疑問が残る。
この世に残ったサナの魂? それじゃまるで、サナがまだこの世にいるみたいだ。宗教の便宜上の言い回しなんだろうけど、一瞬だけ俺は希望を抱いてしまった。また、サナに会いたい。
黙祷が終わり、葬式は一段落を迎える。続いてズォリア達は火葬の準備を始めた。サナの棺を数人で抱え、魔動力車で火葬場まで運ばれる。俺は初めて見たけど、魔力で動く車だとか。
参列者達は泣きながら車を見送る。その中で一人、真顔で車内を観察している男がいた。
「サナさんの魂は残留してないと思うんですけどねぇ……」
この場において、一人だけ葬式にいないような浮いた印象。空間に欠落した穴のような存在。初めて会うこの男性に、俺はそんな感想を抱いた。
「え?」
思わず俺は声を漏らした。不思議な台詞だったから。サナの死を悼むというよりも、サナ自体に興味を示すような言動だ。それに彼の言及した内容は、俺の疑問と符合していた。
「お宅も気になる口ですか? 変ですもんねぇ。残留魔力が検出されなかったなんてねぇ」
男は若かった。まだ20代くらいか。彼は緑色の髪を掻いてブツブツと独り言を呟く。
「犯人が残留魔力を他に移した? でも人の魔力を直接他者に移すなんて無理ですし、封印魔術でも使ったとか? しかしわざわざ死者から奪う合理性も無いですし、だったら……」
「あ、あの」
サナを運ぶ車を無視して何やら喋り始めた男に、俺は不気味に感じながらも尋ねた。
「あなたは一体誰です? 何故、今そんな話を」
「あぁ、これは失敬。葬式の邪魔をしたかったんじゃないんですよ。ちょっと気になる事がありましてね」
男は名刺を出して俺に渡した。
「自分はヴルセイオス・ロー。魔術学校で研究者をやっている者です。専門は主に魔術理論と魔術考古学になります。お見知り置きを」
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