第46話 「酒と精神魔術」

 魔術を打ち消す魔術。その仕組みを分析すれば模倣出来るかもしれない。その対策も講じられる。絶望的とも思えた打倒グリミラズが現実的になってきた。


 試したい事がいくつもあった。俺は跳ねる足取りで訓練場に向かうと、突然足を掴まれた。

「わわっ!?」

 俺は咄嗟に《傾立かぶきだち》を発動しバランスを保つ。一体誰に掴まれたのかと足元を見ると、床に這いつくばって呻き声をあげるエムネェスの姿があった。


「うう……アレイヤ……アレイヤぁっ!」

 顔を上げて俺に這い寄るエムネェスが、戦死寸前の兵士に見えた。思わず俺は絶叫する。

「うわああああああああっ!」

 すると俺の絶叫の方にビビったのか、エムネェスは思いっきり後ろに転倒。そのままコロコロと転がっていった。

「何やってんだお前ぇ!」

 それ以外の言葉が見つからなかった。訓練場に向かったはずのエムネェスがこんな所で何を。亡者の真似事か? なんでだよ。


「うう……頭痛っ……強く打ったかも」

 エムネェスは頭を押さえてフラフラと立ち上がった。彼女の胸元からスキットルが溢れる。頭が痛い理由は、転んだせいだけじゃないかもしれない。

「また飲んだのか? 学校で」

 俺はエムネェスの体を支える。放っておくとまた倒れそうな千鳥足だった。


「飲まなきゃやってらんないわよ。アレイヤもぉ、お酒飲める歳になったら分かるわ」

「大丈夫か? 無理そうなら帰るか。送るぞ。転ばせた罪滅ぼしだ」

 いや正直エムネェスが転んだのは自業自得な気もするけど、酔い潰れたエムネェスを放置するのは気が引けた。

「大丈夫よぉ。飲酒がワタシの訓練……って言うか実験なんらから」

 飲酒が実験? 何を試してるんだ。

「もしかして、『アルコホリック・パーティー』の効果を確かめてたのか?」

「そうよ。しかも、ワタシにも効く魔術酒をね」


 俺はエムネェスを保健室に連れて行った。顔の赤いエムネェスはまるで熱でもあるみたいだけど、実際はただの酒の飲み過ぎだ。

 エムネェスをベッドで寝かせて水を飲ませる。「ありがとう。落ち着いてきたわ」と言うエムネェスは呂律が回ってきた。


「ワタシにもね、何か出来る事ないかしらって思ったのよ。『アルコホリック・パーティー』がもっと強くなれば、役に立つかもって。だからワタシの体で実験したの。結果はこんなんだけど。ごめんねぇ」

 エムネェスは素面に近い顔つきになった。魔術の効果が切れたのかアルコールの効果が切れたのかは知らないけど。彼女の肌は健康的な褐色を取り戻した。

「それで自分にも効く新しい酒の開発を。そういや、エムネェスの魔術酒ってエムネェス自身には効かなかったもんな」

 他人だけに通じる広範囲精神干渉魔術。『アルコホリック・パーティー』は強力な魔術だ。それをさらに強化する余地があるなんて、本人以外は分からない。


「でも自分に効いて意味があるのか?」

「あるわよぉ。本来お酒ってそういうものでしょ? 自分が飲んで、自分が楽しむためのもの。自分に効かない精神魔術なんてお酒の本質からは遠いわ」

 なるほど、言われてみれば。エムネェスの酒に対する探究心は凄いな。その結果酔い潰れて倒れてたんだから本人的には恥かもしれないけど。


「でもエムネェスがべろんべろんになってたって事は、実験は成功したんだな」

「そうねぇ。結構大発見かも。魔力永久機関が作れるかもしれないわよ。魔力で自分の精神を強化して、それで増えた魔力でまた精神強化する。永遠に魔力が増えるわ」

 そう言うエムネェスの口調はあんまりワクワクしていない。それが空想に過ぎないと知っているからだろう。

「でも無理なんだろ? 魔力永久機関」

「残念ながらね。魔力増大には限度がある。ワタシのパパは、それを否定しようと頑張ってるけど」

 永久機関の歴史は、永久機関の自己否定の歴史でもある。今まで幾多の研究者がロマンを求め、現実に直面したとワットムの授業で習った。


「そうか」

「でも無駄じゃないわ。精神干渉魔術には無限の可能性がある。パパもそう言ってるもの」

 父親について語るエムネェスの声は弾んでいた。年上の女性であるエムネェスが、この時だけ少女のようだった。

「両親が大好きなんだな、エムネェスは」

 何気なく言った、俺の一言。それがエムネェスの笑顔に影を宿した。

「……違うわ。ワタシが好きなのはパパだけ。ママは嫌い」

「え?」

「アレイヤは異世界人だから知らないわよね。ワタシの家庭事情、結構マスコミの話題にされてたんだけど」

 エムネェスはニカっと笑って語った。その笑顔は無理に作っているようにしか見えなかった。


「ワタシのママ、自殺しちゃったの。ワタシとパパを捨てておきながら勝手にね」

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