第45話 「アキマちゃんのちょっと難しい防護魔術のお話」

「そもそもさ。何故防護魔術で魔術を緩和出来るか知ってる? シンキングターイム!」

 アキマは「カチカチ」と時計の音を真似て俺の返答を急かした。

「え、えっと。そういう魔術だから?」

「ブッブー。答えになってないよ。当たり前の現象を当たり前と思ってる内は届かない。それが研究の真髄」

 んー。だったらどう答えよう。どんな魔術も軽減してしまう便利魔術の、その正体とは。

「ヒントをあげようか。防護魔術って、魔術しか防げないんだよ。打撃攻撃とか、魔術以外の炎や電気などの攻撃は止められない。案外融通の効かない通行止めですなぁ」

「魔術だけを防ぐ……」

 それって、魔術だけの共通点があるから防げるって意味だろうか。となると、真っ先に思いつくのは。

「魔力、か?」

「うんうん。今正解に近付きました。キスする距離くらい」

「へ? あ、うん」

 相変わらずアキマの比喩は意味不明だけど、調子を狂わされないように俺は思考を巡らせる。


 防護魔術は『魔術』を……すなわち、『魔力による現象』を弱体化する技。魔力に関わらない攻撃は止められない。

 炎、金属、風、水……それらの『魔力によって生み出されたもの』自体を抑えてるんじゃなく、その現象の魔力に干渉して鎮静化しているんだ。


「魔力に対する抵抗……。力に、反対方向の力を加えて相殺してるような」

「そうそう。アレイヤ君いい線行ってる。焦らさないで答えちゃいなよ」

 焦らしてないけど答えよう。俺の推測を。

「つまりベクトルの和。魔力のベクトルと逆のベクトルを足して、スカラーを減らす……そういう現象を起こせるのが防護魔術か?」

 俺は先程のアキマの解説を思い出していた。大きさと向きを持った量を表すベクトルと、その大きさだけを示すスカラー。グリミラズの教室でも、少し習った知識だ。

 アキマは拍手して、言った。

「お見事。百点満開咲きだよ。魔力を相殺する魔力の流れを作れるのが、防護魔術で具現化した空間さ。もちろん、減らすだけで0には出来ない。減らし切る前に魔術が対象に届いちゃうから。でも防護魔術の理論を応用すれば、魔術消失現象にも説明がつくかもしれないよ」

 グリミラズが用いた、魔術を消す魔術。その正体が白日の下に晒されようとしていた。


「僕が思うに、魔術消失はベクトルの和じゃなくて積なんだよ。内積か外積かは知らないけど」

 アキマは己の仮説を口にした。また難しい事言ってるこの人。

「ベクトルって掛け算出来たっけ?」

「出来るよ。スカラーを求める内積とベクトルを求める外積があって。防護魔術のベクトル演算が一瞬で行われる訳じゃない事を加味すると、方向も変わってくれる外積が可能性としては高いかな。そうして生まれた新たなベクトルを相殺に利用出来れば超効率いいよね。理論上は、だけど」

 やっぱりすぐには理解出来ない。辞書片手に話を聞かないとついて行けなさそうだ。でもアキマの語気からニュアンスは感じ取れる。

 通常の防護魔術より効率的な防御手段が存在するという話だ。基礎理論を理解し、応用すれば防護魔術を強化出来る。頭の良いグリミラズなら軽くやってのけそうな手法だ。


「大きな川の流れを真っ正面から受け止めて止めようと試みるより、川に分岐点を作って水の流れを分けてから受け止める方が、水の威力を抑える点で言えば楽でしょ? そんな感じ。魔術に別のベクトルをぶつけて相殺って考えが、そもそも強引なんだよ」

 珍しくアキマの比喩が分かりやすい。すんなりと想像出来た。

「グリミラズはそうしたのか?」

「って仮説、ね。詳しくは本人に聞かないと分からないんじゃないかなぁ。でも仮説があると対策が練れるでしょ? 魔術消失現象、アレイヤ君も真似出来るかもよ」

 確かに言われてみれば。この世界に来る前、俺はグリミラズの技を真似して強くなった。今だって出来ない道理は無い。


 自信はあった。要するに、防護魔術の過大解釈が魔術消失なのだ。人術を編み出すように、魔術も強化すればいい。

「ありがとう、アキマ! 修行の算段がついた!」

 俺は礼を言い、研究所を後にした。アキマは「どういたしましてー」と言い、ぶかぶかの白衣の袖を揺らした。彼女の満足げな表情を見て、俺も手を振り返すのだった。

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